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第2話 英国淑女の面接官と、月給100万円の「設定」

「で、アイドルのマネージャーって具体的に何をするんです?」


 薄暗い応接室のアンティークソファに深く腰掛けたまま、田村範朝は極めて事務的なトーンで尋ねた。

 つい数秒前まで腹を抱えて笑い転げていた面接官の少女――自らを「タマモ・ヴィヴィアン・フォックス」と名乗った彼女は、田村のあまりにも冷静な切り返しに、ピタリと笑いを止めた。


「……あなた、本当に図太いわね。普通、この状況でそんな冷静に仕事の話に入れないわよ」


 タマモは呆れたように息を吐き、コホンと一つ咳払いをした。

 そして、足を組み直し、背筋をピンと伸ばして「優雅な面接官」の態度を取り繕うとする。薄明かりの中でも、彼女が整った顔立ちのハーフの美少女であることはよく分かった。金糸のようなブロンドの髪と、透き通るような白い肌。どこぞのお嬢様学校の制服のような、品の良いチェック柄のセットアップを着こなしている。


 だが、田村の目は誤魔化せなかった。

 彼女の背後でゆらゆらと揺れる、九つの尻尾のような影。そして、部屋の空気を重くしている不快な湿気。


「いや、面接に来たんですから仕事の話をするのは当然でしょう。プロジェクションマッピングで狐の尻尾を投影したり、低気圧発生装置か何かで部屋の空気を重くしたりと、ずいぶん大掛かりなドッキリを仕掛けられたみたいですが……俺は前職で、もっと理不尽な目に遭ってきましたから」

「り、理不尽……?」

「ええ。深夜2時に上司から『明日までにこの仕様書を全部書き直せ、できなきゃクビだ』と言われながら、顔面に分厚いガラスの灰皿をフルスイングで投げつけられるような職場でした。それに比べれば、ちょっとしたお化け屋敷風の面接なんて、可愛らしいエンタメですよ」


 田村が淡々とブラック企業のエピソードを語ると、タマモの端正な顔がわずかに引きつった。

 どうやら、田村の生きてきた人間社会の闇の深さにドン引きしているらしい。


「そ、そう……。人間の世界も、なかなか修羅の国なのね……。まあいいわ。あなたが妾の威圧……じゃなくて、この『ドッキリ』に全く動じない強靭な精神力の持ち主だということは分かったから」


 タマモは手元のバインダーを開き、田村が提出した履歴書に目を落とした。


「さて、タムラ。あなたがこれからプロデュースすることになる私たちのアイドルグループ……その名も『神無月』のコンセプトについて説明しておくわ」

「コンセプト、ですか」

「ええ。昨今のアイドル業界は群雄割拠。ただ可愛いだけ、歌が上手いだけでは天下は取れない。だから私たちは、他にはない強力な『設定』を背負ってデビューするのよ」


 タマモはそこで言葉を区切り、まるで世界の真理を明かすかのように、ゆっくりと、そしてひどくもったいぶった様子で告げた。


「私たちの正体は、古より日本を裏から支配し、人々に畏れられてきた『祟り神』……その封印が解け、現代に顕現した姿なのよ! ふふふ、驚いたかしら?」


 タマモはドヤ顔で田村を見た。

 部屋の照明がわずかに明滅し、田村の背後でパチパチと青白い火花のようなものが弾ける音がした。これ見よがしな演出である。


「……なるほど」


 田村は、太い腕を組んで深く頷いた。


「悪魔系とか、地雷系とか、そういう路線の延長線上にある『妖怪・祟り神コンセプト』のアイドルグループってことですね。いや、悪くないと思いますよ。和風ファンタジーの要素を取り入れたゴシックな衣装とか着せれば、一定のコアなファン層には間違いなく刺さります。オタクはそういう厨二病っぽい設定が大好物ですから」

「ちゅ、ちゅうに……?」

「ただ、一つ気になったんですが」


 田村は真剣な顔つきでタマモを指差した。


「さっきから、タマモさんの言葉遣いが設定とブレてませんか?」

「は?」

「名前は『タマモ・ヴィヴィアン・フォックス』で、見た目も金髪の西洋人風。なのに、自分のことを『妾』って言ったり、『修羅の国』なんて古臭い単語を使ったり。和風の祟り神設定なのか、外国から来たお嬢様設定なのか、どっちつかずでキャラが渋滞してますよ。そういう設定のガバさは、デビュー後にネットの掲示板とかでアンチに突っ込まれて炎上する原因になります。やるなら徹底した方がいい」


 田村がプロのビジネスマンとしての正論をぶつけると、タマモの顔がボフッと赤くなった。

 図星を突かれたらしい。


「こ、これは違うのよ! 私は由緒正しき英国で生まれ育ったブリティッシュな淑女なんだけど、日本という国の文化に敬意を表して、あえて古式ゆかしいジャパニーズ・トラディショナルな言い回しをマスターしてあげたの! そう、いわゆるローカライズのあやよ!」

「ああ、帰国子女が変な日本語を覚えちゃった系のアニメキャラみたいな。なるほど、それはそれで『ポンコツ可愛い』という属性が付与されてアリかもしれませんね」

「誰がポンコツよ!!」


 タマモが怒鳴った瞬間、部屋の温度が急激に上がり、ビリビリとした静電気のようなプレッシャーが田村の全身を撫でた。

 普通なら不快に感じるレベルだろうが、田村は「おっと、空調の調子が悪いな。これだから古いビルは」と首をポキポキと鳴らすだけで、全く意に介さない。


 タマモは肩で息をしながら、信じられないものを見るような目で田村を凝視した。

 彼女の目には、明らかな困惑が浮かんでいる。田村が本気で「祟り神」という存在を信じておらず、すべてを「アイドルのコンセプト設定」や「舞台装置の不具合」として都合よく解釈していることに気づいたのだろう。


「……タムラ。あなた、本当に霊感がないのね。それに、その無駄に分厚い筋肉……私の放つ気配を、全部物理的な圧力として相殺してるんじゃないかってくらい頑丈だし」

「筋トレは裏切りませんから。週に5日、ベンチプレスとスクワットを限界までやっていれば、大抵のストレスや気圧の変化には耐えられるようになります」

「そういう問題じゃないと思うんだけど……」


 タマモはこめかみを押さえて深いため息をつくと、テーブルの上に一枚の書類を滑らせた。

 それは、求人広告にあった『月給100万円』の雇用契約書だった。


「まあいいわ。あなたがどれだけ勘違いしていようと、その『鈍感さ』と『頑丈さ』は、いまの私たちにとって喉から手が出るほど欲しい才能よ。サインしなさい。今日からあなたが、私たち『神無月』の専属マネージャーよ」


 田村は契約書を手に取り、ブラック企業で培った契約リテラシーをフル稼働させて隅々まで読み込んだ。

 給与体系は嘘偽りなく月給100万円。残業代も別途支給されるという、超絶ホワイトな待遇だ。

 ただ、特記事項の欄に小さな文字で不穏なことが書かれている。


『※業務中、所属タレントの不可抗力(物理的破損、凍結、精神汚染、丸呑み等)による負傷・精神的ダメージを負った場合、労災の適用範囲外となる場合があります』


「……丸呑みって何ですか? あと凍結って」

「文字通りの意味よ。私たちのライブやレッスンは、文字通り『命がけ』なの。前のマネージャーたちは、みんな耐えきれずに1日で逃げ出したわ。あなたも、命が惜しかったら今のうちに辞退することね」


 タマモは挑発するように口角を上げた。


「なるほど」


 田村は顎をさすりながら思考を巡らせた。

 アイドルとはいえ、ダンスのレッスン中に激しくぶつかって骨折したり、舞台装置のドライアイスで火傷をしたりするリスクはあるだろう。熱狂的なファンに囲まれて揉みくちゃにされることもあるかもしれない。

 だが、そんなものは前職で上司に灰皿を投げつけられたり、三徹でキーボードを叩き続けたりした日々に比べれば、大した物理ダメージではない。


「問題ありません。俺の体は、ちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れませんから」


 田村は胸ポケットから愛用のボールペンを取り出すと、迷いなく契約書のサイン欄に「田村範朝」と力強く書き込んだ。


「……ふふっ。言ったわね、タムラ。後悔しても遅いからね」


 タマモは満足げに契約書を受け取ると、ゆっくりと立ち上がった。

 先ほどまでの胡散臭い面接官の態度は消え、そこにはアイドルグループのセンターとしての、圧倒的で華やかなオーラが漂っていた。田村もそれに合わせて立ち上がる。パツパツのスーツの下で、筋肉が躍動する。


「それじゃあ、さっそく初仕事よ。まずは、他のメンバーたちに挨拶してきなさい。みんな、地下の防音スタジオでレッスン中のはずよ」

「了解です。ちなみに、タマモさん以外のメンバーはどんな人たちで?」

「そうね……一言で言えば、問題児の寄せ集めよ。私がリーダーとして引っ張ってあげなきゃいけないくらい、手のかかる連中ばかりなんだから」


 タマモはやれやれといった様子で肩をすくめたが、その言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうに見えた。


「引きこもりで表に出たがらない『雪女』。すぐキレて暴れる脳筋の『酒呑童子』。そして、愛情が重すぎてすぐに人を巻き込もうとする『八岐大蛇』。……あいつら、前のマネージャーがいなくなってから機嫌が悪くて、まともにレッスンも進んでないのよ」


 タマモの言葉を聞きながら、田村の脳内では瞬時にプロファイリングが行われていた。


(なるほど。雪女=クール系のインドア派。酒呑童子=ヤンキー系の元気娘。八岐大蛇=重いメンヘラ系のお姉さん、といったところか。王道の属性を押さえているな。バランスの良いグループ構成だ)


「分かりました。俺がガツンと気合を入れてきますよ」

「気合……? まあ、せいぜい殺されないようにね。スタジオは廊下を出て右の階段を降りたところよ」


 タマモの物騒な警告を「オタク特有の大げさな表現」として右から左へ受け流し、田村は応接室を出た。


 薄暗い廊下を歩き、地下へと続く階段を降りる。

 地下の防音スタジオに近づくにつれて、信じられない音が響いてきた。


 ドォォォン!! バキィィッ!!


 まるで工事現場でダイナマイトを爆発させたような重低音。

 さらに、階段の途中から空気が急激に冷たくなり、壁には霜が降り始めている。吐く息が真っ白になるほどの異常な冷気だ。

 加えて、首筋にネットリと絡みつくような、生臭くて重苦しい気配が漂ってくる。


(ずいぶんと活気のある連中だな。ベースの音が大きすぎるし、冷房の設定温度も低すぎる。体調管理もマネージャーの仕事だ、きっちり指導してやらないと)


 常人であれば、恐怖のあまり階段を転げ落ちて逃げ出すであろうその異界の入り口に立っても、田村の心拍数は1ミリも乱れていなかった。


 田村はスーツのネクタイを少しだけ緩め、太い腕を振り上げると、霜の降りた重厚な防音扉に手をかけた。


「失礼します! 本日付けでマネージャーに採用されました、田村です!!」


 腹の底から響く野太い声と共に、田村は勢いよく扉を開け放った。

 月給100万円の、規格外のマネージャー生活が、いよいよ本格的に始動した瞬間だった。

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