表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

カモにされる老舗ダンジョンを救うため召喚された私が、モンスターを全部猫にして最強の「もふもふ要塞」を作り上げた件

掲載日:2026/02/22

 石造りの床が、規則正しいブーツの音を弾き返す。  

 カチ、カチ、と小気味よい音。  

 それはかつて「死への秒読み」と呼ばれた。


 しかし今は違う。


「はい、右見てー。矢のトラップくるよー」

「お、マジだ。三、二、一……はい回避」


 パシュッ、と虚しい音を立てて壁から矢が放たれる。  

 冒険者たちは欠伸をしながら、それを半歩でかわした。    

 

 水晶モニターの前に座る少女、リリア=ノクスは、

 その光景を苦虫を噛み潰したような顔で見つめていた。 銀色の髪が、怒りに震える。


「……三層、突破。記録、十一分。また縮まったわね」


 かつてここは、王都の騎士団ですら全滅を覚悟した《嘆きの迷宮》だった。  

 しかし百年という月日は、迷宮を「伝統工芸」へと変えてしまった。


 冒険者が落とす汗の匂い。  

 鉄の擦れる音。  

 それらすべてが、リリアには「賞味期限切れの嫌な臭い」に感じられた。


「リリア様、また『金策ルート・まとめサイト』の閲覧数が伸びております」  


 使い魔の蝙蝠が耳元で囁く。


「黙れ。わかっているわ」


 モニターの中では、最下級の冒険者がスライムを流れ作業で斬り伏せている。  

 素材すら拾わない。  

 ただ、最速でボスへ至るための作業。  

 リリアが百年前、心血を注いで配置したトラップは、今や「目印」に過ぎない。


「屈辱……。わたくしのこだわりが、あの程度の輩にいいようにやられるなんて」


 かつて、冒険者の嘆き声がこだましていた難攻不落のダンジョン、その支配者が嘆いている。


 リリアは椅子を蹴って立ち上がった。  

 埃の舞う奥義の間。  

 床に刻まれた古代召喚陣が、青白い火を灯す。


「わたくしのこだわりが古いというのなら、異世界から持ってきてやるわ。現状を打破する、劇薬を!」


 轟音。  

 紫煙。    

 魔法陣の中心で、一人の少女が鼻をすすっていた。  

 猫耳がついた薄汚れたパーカー。  

 手には、光を放つ小さな板。


「うわ、なに。スマホの電波死んだんだけど」


 それが、猫宮ひかるとの出会いだった。


---


 ひかるは迷宮の内部を一瞥し、鼻で笑った。  

 

「ここ、『死にゲー』を目指してるんですか? それとも『観光地』?」


「なっ……! 畏怖の象徴よ!」


「無理ゲーですね、それ。攻略法がWikiに載ってる時点で詰んでます」


 ひかるはスマホ――の形をした異世界の道具をリリアの鼻先に突きつけた。  

 そこには、迷宮の地図に真っ赤なバツ印が書き込まれている。


「プレイヤー……じゃなかった、冒険者は『報酬』と『効率』しか見てません。

 リリアさんのこだわり? そんなのスキップ対象ですよ」


「スキップ……」


 リリアの喉が鳴った。  

 百年の自負が、十五歳の少女の言葉に切り裂かれていく。


「じゃあ、どうしろというの。罠を倍にして、即死攻撃を増やす?」


「逆です」


 ひかるは猫耳パーカーのフードを深く被り、不敵に笑った。


「戦う理由を奪いましょう。攻撃できなくなる、最強のデバフをかけるんです」


「最強のデバフ……?」


「『可愛さ』ですよ」


 ひかるは鞄から一冊の雑誌を取り出した。  

 そこには、もふもふとした毛並みの、丸い瞳をした獣が映っている。


「これ、なんという魔獣?」


「猫です。最強の癒やし兵器です。こいつを、すべてのモンスターのベースにします」


 リリアは頭を抱えた。  

 迷宮の守護者たちが、そんな腑抜けた姿になる。  

 

 想像するだけで、胃のあたりが重くなった。


---


 三日後の第一層。  

 ベテラン冒険者のガイルは、重い大剣を担いで扉を蹴破った。


「おい、今日もサクッとスライム狩って先に進むぞ」


 だが、通路の先にいたのは、緑色のドロドロした塊ではなかった。    

 ぷるぷる。    

 半透明の、ゼリーのような質感をした「子猫」だった。  

 それが、ひょこひょこと短い足で歩き、ガイルのブーツに体を擦り寄せた。


「……にゃん」


「なっ……!?」


 ガイルの大剣が、空中で止まる。  

 スライム猫は、ぱちくりと大きな瞳でガイルを見上げた。  

 そして、その喉を「ゴロゴロ」と鳴らした。


「……おい、ガイル。早く斬れよ」


 後ろから仲間が急かす。  

 だが、ガイルの腕は震えていた。


「無理だ」


「はぁ?」


「こんなもん、斬れるわけねぇだろ! 夢に見るわ!」


 ガイルは剣を鞘に叩き込んだ。    

 奥からは、本来なら棍棒を振り回すはずのオークが現れた。  

 しかし、その姿は二足歩行の、少し太り気味な三毛猫だった。  

 手には棍棒ではなく、大きな「またたびの枝」を持っている。


 オーク猫はトコトコと歩み寄ると、ガイルの膝を肉球で「ぺしっ」と叩いた。


「にゃっ」


「痛……くはないな。

 だが、なんだこの気持ちは……もっとやってほしい……」


 ガイルはその場に崩れ落ちた。  

 背後では、魔法使いの少女が「きゃあ、可愛い!」と叫び、杖を捨ててオーク猫を抱きしめている。


 その光景を水晶で見ていたリリアは、開いた口が塞がらなかった。


「……なんだこれは。本当に、誰も攻撃してこないわ」


「いえ、ここからが本番ですよ」


 ひかるがモニターの数値を指差す。  

 冒険者たちが「撫で」たり「餌」を与えたりするたびに、

 迷宮の魔力タンクが異常な速度で充填されていく。


「魔力変換効率、従来の三倍です。恐怖で絞り出すより、愛着で吸い取るほうが安定するんです」


---


 一ヶ月後。  

 《嘆きの迷宮》の周囲には、王都まで続く行列ができていた。    

 かつての殺伐とした空気はない。  

 冒険者たちは武器を預け所に預け、代わりに「高級鰹節」や「特製ブラシ」を装備している。


 第二層のボス、レッドドラゴンは、今や巨大なメインクーンに姿を変えていた。  

 体長十メートルを超える巨体が、ゴロゴロと鳴るだけで床が地震のように揺れる。  

 

 「ひっ……!」    

 

 新人の冒険者が、巨大な肉球に押し潰される。  

 

 だが、死なない。  

 

 ただ、圧倒的なもふもふの圧力に包まれ、恍惚とした表情で昇天(強制送還)していくだけだ。


「これ、もう迷宮じゃないわ……」  

 

 リリアは、自分の膝で眠る漆黒の子猫(元使い魔)を撫でながら呟いた。


「差別化の勝利ですね」  


 ひかるはスマホでSNS――のような魔術掲示板をチェックしている。


 そこには、《嘆きの迷宮》の猫たちの写真が溢れていた。  

 『今日も推し猫に踏まれてきた』  

 『三層のシャム猫様、ツンデレすぎて魔石溶ける』  

 

「王都の他のダンジョン、閉鎖に追い込まれてるらしいですよ。みんなこっちに来ちゃうから」


「市場独占……。

 わたくし、歴史に名を残す魔女になるはずだったのに……。

 最近、他のダンジョンマスターから『猫の楽園の管理人』って呼ばれてるんだけど」


「最強の防御は、攻撃させないこと。ね、言ったでしょ?」


 ひかるはそう言って、リリアの隣に座った。    

 迷宮の奥深くに響くのは、嘆きの声ではない。    

 穏やかな寝息と、無数の「にゃー」という合唱。    

 

 百年の静寂を破ったのは、最強の癒やしという名の暴力だった。  

 

「リリアさん、『キャットタワーエリア』、いっちゃいます?」


「……予算を計算しておきなさい」


 銀髪の魔女は、少しだけ口角を上げた。    

 ――それは、もはや伝統工芸だった。  

 誰も斬れない、誰も勝てない、世界で最も幸せな敗北の物語。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なんて恐ろしいダンジョンでしょう……自分がこの世界にいたら毎週のように通いますね
な、なんてオソロシイ場所なんだ(笑) こんな場所こそ、我が死に場所に相応しい! と、コワモテの方々が言ってません(笑) ドラゴンが巨大メインクーン……猫のバスは何時やって来るのですか(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ