表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

豊足姫と大入杵(とよたりひめとおおいりき)

作者: おたたま
掲載日:2026/02/14

 ずっと、幼い頃からなんでも知っている、なんでもできる優しい兄。

豊足姫は、そう思っていた。


 突然の優しかった兄が、何かに取り憑かれたのかと恐怖を覚えるような表情で、自分に手を伸ばしてくる姿が恐ろしくて、豊足姫は逃げた。

 棘のある橘の薮も、目を射るような藪萱草やぶかんぞうも、踏み倒し、それこそ《駆け裳姫》の名に恥じない敏捷な足取りは、まるで狩人から逃げる若い牝鹿のようだった。


 しかし牝鹿の自由は、一人の大人になろうとする少年の手で奪われた。



「とよたり…」

苦しげな兄の声が、耳元から囁かれた。

背後から自分を抱擁する兄の腕は、先ほどまであんなに優しく、どんなものからも守ってくれそうだと安心できたのに、いまや岩のように硬く、豊足を締め付けていた。

 あのほっそりした兄のどこにこんな力が秘められていたのか。


 兄の若木のような汗の匂いが豊足の全身を包み、豊足はそれに抗うように手足に力を込めた。

 自分の乱れた額髪からも汗が流れおちて、どんなにみっともない姿になっているだろう。


「お兄様…」


 豊足は、小さく震えながら、それでも無理に明るい声で背後の兄を呼んだ。

 普段であれば、すぐさまあの春の空のような優しい笑顔で腕を離し、冗談だと笑ってくれるはず。


 しかし兄の腕の力は、一切揺るぎもしなかった。


 それどころか、骨が軋むような痛みを感じるほどさらに強く抱きしめられた。


「とよ、たり…」


 兄の声は、ますます何か怪我でもしているのではと思うほど、苦痛に満ちて豊足の心を締め付けた。


怖い。

痛い。

 それでも兄に何かあったのかもしれないと不安になる。


 おにいさま、もう一度そう呼びかけようと思った瞬間。


「ひっ」


 自分の口から出たことのないような悲鳴が漏れた。


 苅安と藍を薄く染め上げた、若草色。大好きな自分の色だ。

その優しい草色の衣の上から、兄の手が何かはっきりとした意思を持って、自分の身体を這っている。

大入杵の右手は、今や上着の裾や、下袴の裾から入り込み、そこだけまるで滑らかな蛇になったように、その硬い果実を味わうように、豊足の体を自由に這い回り絡みつき始めた。


「いっ」


まだ膨らみの乏しい真っ白な乳の先を、大入杵が摘んだ。

その手をなんとか外そうとするのだが、張り付いたように剥がれない。


「嫌、嫌です、いや」


 恐ろしいのに、体に力が入らない。

嫌なのに、蛇が蠢くたびにどこか体の深い奥から、何か得体の知れない甘い蜜が生まれ、力を奪われて行くような気がした。


 それは、豊足にとって許すことはできない甘さだった。

 こんなのは自分の身体じゃない。


 なんとかその腕の中から逃れようとするのだが、背後から両の手を後ろに回され、兄の左手一本で、その自由を奪われてしまった。


 思わず、草の上に膝をつき、身をかがめてその手をかわそうとする。しかし、かえって地の上に膝をついてうつ伏せになるように、背後から兄が覆い被さってきた。

膝が地面の小石を踏んで痛い。

怖い。


「姫様ー、豊足様ー」


遠くで於比の声がする。

そろそろ戻らなくては心配する。


於比、そう声を出そうとした豊足の口を、大入杵がその大きな手で塞いでしまった。


「とよたり!」


その瞬間、

大入杵の声が、豊足の頭の後ろから噛みつくように降ってきた。


こんなに嫌だと言っているのに、兄の声は、自分の方が泣きたくなるほど痛みに満ちていた。


自分の口を塞ぐ兄の指が、口の中を蹂躙し始めた。まるで細い蛇が何か獲物を探すようなしつこさで、舌や歯茎を蠢いている。


「あぁ、とよたり、とよたり、とよたり」


狂ったように自分の名を呼ぶ兄の指を思わず力一杯噛んだ。


一瞬、指はそに動きを止めたが、かえってその残虐さを増したかのように、その数を増やして口の中を侵し始めた。


口の端からはとどめなく涎が流れ落ちた。

豊足の目から流れる涙も、鼻水も止まらなかった。


恥ずかしくて怖くて、それでいて、身体中が火に炙られているかのように燃え盛っていた。


ぐい、と力づくで顔を振り向かされた。


背後の男と目が合った。


それは、豊足が知る兄の顔ではなかった。


目は血走り、戦慄く唇は切れ、血を流していた。


思わず自分は殺されるのかと思ったほどの強い視線で、自分を見つめる兄の顔。


自分は酷い顔をしていたはずだ。

そんな自分の顔を、兄は両手で掴み上げ、口を吸った。


自由になって両の手で、兄の固い胸を叩いたが、許されなかった。


兄の舌が新たな蛇となり、豊足の口の中を這い回った。


まだこの時、蛇の毒がその身に回り始めていることを、妹は知らなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ