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落とし物〜あなたはどこまで拾いますか?

掲載日:2026/01/29

手袋が。

落ちていた。


道の真ん中にポツンと、溶け残った雪の上に。

近づけば、それはまだ真新しい、茶色の革の手袋だった。


顔を上げて見回した。

閑散とした住宅街、片側一車線の一本道に、人の影は見当たらない。


「目立つ場所に置いておくか」

間もなく日が暮れる。

帰宅ラッシュの車に轢かれてしまっては悲しいだろう。


俺は、落とし主が取りに戻ることを祈って、近くのバス停の時刻表に、片方だけの手袋をかけようと――


「お?」

バス停よりもさらに向こう、道路の隅に何かがポツンと落ちている。

いそいそと歩み寄れば、それはもう片方の手袋だった。


「まだ新しい……気がする」


道端に残った柔らかな雪の上に、手袋と共にシューズらしき足跡が。


「これ、急げば追いつけるかも?」


俺は対の革手袋を拾い上げ、一本道を足早に進んでみた。

するとすぐに、帽子が見つかった。


「おいおい、随分どじっこさんだな」

忘れ去られた、毛糸の帽子。

道の真ん中で風に吹かれ、耳当て部分がはためいている。

俺は苦笑しながら、帽子を拾い、汚れを払った。


俺の手よりも少し小さな細身の手袋、そして、耳当て部分に可愛らしい毛糸玉が施された毛糸の帽子。


まず間違いない。

きっと女子学生か、若いお姉さんのものだろう。


緩む口元を引き締める。

"『落とし物ですよ』とクールに差し出す俺"を脳内で予行練習しながら、俺の足は自然と早まった。



やがて前方に人影が見えた。

追いすがって声をかけようとして、出かけた言葉を飲み込んだ。

ヘッドホンをつけた女子大生が、不審そうに俺を振り返る。

スマホをいじる両手には、しっかり手袋がはまっていた。


彼女の冷たい視線に耐えられず、さも「なんでもありませんよ」という風に、俺は女子大生を追い抜いた。


(どうしよう……いっそ、ここらの塀に掛けておくか)


落とし主は見つかりそうにない。

そう思い、俺は近くの民家の石塀に、手袋と帽子を載せようとして――


「おい、あんた何用だい?」


民家の庭にいたおばあちゃんが、じろりとこちらを睨めつける。


「あ、これ、落とし物で。その、ここに掛けさせてもらおうかな、と……」 

「人んちの壁に置くんじゃないよ、迷惑な。ちゃんと交番に届けておやり」

気まずさに小声で言い訳する俺に、老婆はけんもほろろにそう言った。


(くそ、いっそ戻るか?)


しかし、先ほどすれ違った女子大生が頭をよぎる。

絶対に気味悪がられるだろう。

来た道を振り返る。

なお悪いことに、先ほどの老婆が勝手口から頭を出して、こちらをじっと見ているではないか。


退路を断たれた俺は、仕方なしに足を進めた。

右手に手袋、左手に帽子、そして――


「財布……?」

今度は財布が落ちていた。

持ち主の情報がないかと中を検める。


「千円札が4枚。小銭とカード、あと鍵か」

残念ながら、個人情報が読み取れるものがない。

(くそ、誰だよナンバーレスカードなんて考えたやつ。名前も何もないじゃないか)


色々面倒になってきた。

老婆の言う通り、交番に届けたほうが良いだろう。


二つ折りの財布を閉じようとして、「チャリ」と金属音がした。

キーリングがはみ出して、鍵がうまく収まらない。


(……家の鍵、だよな)

雪が残るこの季節、寒空の下で途方に暮れる美少女の姿が、頭を過ぎる。


『困っている人がいたら、助けてやるんだよ』

そうだ、じっちゃんも言ってたじゃないか。


(待ってろ、今俺が届けてやる)

俺は財布を掴み、反対の手で手袋・帽子をしっかり握り直すと、一本道を駆け出した。


(幸先良いぞ!)

少し走ったところで、まだらに残る雪の上に、スニーカーの跡が見えた。

持ち主は近い。

そう確信し、走り続けた俺だったが――



靴が落ちていた。

驚愕に、思わず俺は足を止めた。


丁寧に、道端に揃えられた一対のシューズ。

そこに、持ち主のただならぬ心境が込められているようで。


「いやいや、鞄に穴が空いてたんだよ。部活かなんかのシューズが落ちて…」

俺と同じように親切な人が揃えて置いてやったのだろう。


そう言い聞かせる。

どうしたものかと思い、靴には手を出さずに俺は駆け出した。


まだ間に合った。

そこで、進むのをやめていれば――



晩冬の風が一本道を吹き抜ける。

既に日は半分地平線に埋もれてしまい、街灯の明かりが灯る。


薄暗くなった住宅街の通りでも、それは遠くから目についた。


ダウンコート。

白くてふんわり、首元にファーがついた、おしゃれなコート。

道の真ん中にこれ見よがしに落ちている。


「いやいや、さすがにこれは……」


ただごとではない。

落として気づかぬ訳ないだろう。


(もう全部放っぽって、帰ろうかな)

けれども、それで納得できるだろうか。

後悔、しないだろうか。


「ええい、ままよ」


コートは放置だ。

まずは持ち主を確認する。

俺は再び走り始めた。



せめてこのとき、コートだけでも拾わなかったことを。

俺は後悔してもしきれない。



***

ついに、足跡がはっきり見えた。

高級住宅街のこの辺りは、両脇の塀が高く、しっかり雪が残っている。


街灯の明かりに照らされて、ポツポツと続く小さな足跡はおそらく――靴を履いていない。


一度、大きく息を吐いた。

夜の冷え込みが強く、蒸気のように吐息が白い。


俺はスマホを取り出した。

万が一に備え、110番の準備だ。


走って乱れた呼吸が整うと、意を決して俺は前に進み始めた。

素足の跡をなぞるように進む。すると今度は――



「ブラウスと、スカート。その下は……」

制服だ。

闇に溶け始めた道の上に、異常の塊が落ちていた。


白いブラウスに紺のプリーツスカート。

まるでその場で脱ぎ捨てたように、くしゃりと無造作に重なっている。

そして、上下の服の下には何やら細い紐と薄い布地。


ばっと視線を反らした。

その瞬間、何かが聞こえた気がして、道路の先を見つめた。


「助けを……呼んでいるのか?」


正直、怖かった。

しかし、確証もなく通報するのも躊躇われる。


俺は、勇気を振り絞って、一本道を全速力で駆け出した。


遂に、人影が見えた。

ゆっくりと振り返ったその人は――



華奢な、小さな黒い影。


「あら。拾ってくださったの?」

優しげに微笑みながら問いかける、レオタード姿の小さなおじさん。


雪の寒いこの冬に、剃り残しが見える白い素肌を、惜しげなく晒している。

身につけるのは、真っ黒の光沢のあるレオタードのみ。


濃い唇の赤が、妙に艶めかしい。


俺は、戦慄した。

震える体をなんとか動かし、ロボットみたいにカクカクした動きで、財布と、手袋、帽子を差し出した。


「ありがとう。あら?」

おじさんの声が、冷たさを帯びた。

ぞくり、俺は震えて動けない。


「他にもあったでしょ?」

「ちょうだい?」とでも言うように、レオタードおじはこちらに手のひらを差し出した。


「……拾わなかったのね」

おじの声が豹変した。

凍てつく声、表情が消え、口元だけが動いている。

見開いた目は瞬きをせず、焦点が合っていない。


「中途半端な善意だこと」


今すぐにも逃げ出したい。

けれどもちっとも動かない身体が、おじの方に吸い寄せられる。


「拾ってくれたものは返してあげる。でもね、拾わなかったものは――」


耳元で囁かれた瞬間、意識は途切れ――




***

新聞の片隅に、小さな記事が載っていた。

若い会社員の男性が、帰宅途中に行方不明になったらしい。


そして同時期、奇妙な都市伝説が広まった。


"一糸まとわぬ男の怪異"

帽子と手袋、そしてなぜか片手に財布をもった()()は、夕暮れ時に現れるらしい。



「拾って――誰か、拾ってくれ」


皆さんは、どこまで拾いますか?

(ちなみに、全部拾うと……)

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― 新着の感想 ―
いやー、予想外の展開で笑いました。 これは怖いですね。 最後の方はちょっと意味がわからなかったですが……
へ、へ、へ、変態だあぁぁぁぁぁぁっ! と思ったら、その先!!! あれだ、きっとおじいちゃんだったんだ。孫が自分の言いつけを守るか試していたんだ! きっとそう。
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