私、寝取り悪女でした。出家しまーす
注意
えちえちな描写あり(sound only)
「なんやこのドスケベボディは!」
それが、前世の記憶が蘇った私の第一声だった。
だってヤバいんだ、このボディ。
濡羽の黒髪に、切長ながら潤んだ目元、形の良い鼻にぷるんとした唇、シミひとつない高級陶器のような肌、形の良い巨乳、なんかいい匂いまでするし、声だって艶っぽい。
そして極め付きは、目元、口元、胸元にあるセクシーなホクロ。色気の三連星!
「どう見てもオルテ・ガ・マッシュガイアだわ……」
どうやら私は、前世嗜んだ18禁乙女ゲーム世界のお色気悪役令嬢に転生したらしい。
『聖女様の秘蜜』
通常『せいみつ』は中々癖の強いゲームとして女性向けエロゲ界隈で有名だった。
と言うのも、中々高難易度な上に、エンディング時に攻略対象の好感度が足りないと敵キャラであるオルテ・ガ・マッシュガイアに攻略対象を寝取られる、バッドエンドに突入するから。
『疑似恋愛していたイケメンが寝取られる』
これは大きな反感を呼んだ。
そして同時に、性癖を歪まされて頬とそれ以外の場所を同時に濡らすユーザーも大量に生んだ。カスの名パティシエかな?
「私は大嫌いだったけどね。寝取られエンド」
というか、あれだけヒロインと絆を育みながらあっさり寝取られる攻略対象達に「猿か貴様らは!」とプンスコしていたものである。
「でも、王子とか18歳でしょ?これはしゃあないわなぁ……」
三次元になるとよく分かる。前世28歳の女だった私ですらクラッときてしまうオルテの外見。裏設定ではちょっとサキュバスの血も入ってるんだっけ?
うん、こんなエロ冠位十二階下着紫に誘惑にされたら無理無理。むしろグッドエンドではよく我慢したねヒーロー達、男性機能を疑うレベル。
「とは言え……」
呟きながら考える。
悪役令嬢に転生したとは言え、物語の通りに振る舞うわけにはいかない。『せいみつ』は初見プレイ時のバッドエンド率は80%を超えると言われていて、しかもバッドエンドでは愛を失った聖女が力を失い、復活した邪神によって国ごと滅ぶことになるのだ。
今の私は前世の記憶と人格が蘇ったとはいえ、オルテとして生きてきた記憶や感情もある。
そして両親や兄は私にゲロ甘だが、特に悪人と言うわけではない。ゆえに、家族を愛する気持ちがきちんとあり滅国エンドは困る。
なので、脱正規ルートで行きましょう。
私は学園に入学なんてしない。
オルテ、出家しまーす!
◇◇◇
両親は深い事情を聞くことなく私の願いを叶えてくれた。『いつでも戻って来れるように』と貴族籍を残したまま、平民と偽って聖教会に入れるように手配してくれたのである。
齢16にして悪目立ちしすぎる美貌をしており、周囲から好色な眼差しとヘイトの両方を集めてしまう私を心配してくれていたらしい。
そうして無事、悪役令嬢からシスターにジョブチェンジしてはや半年。教会の雑用をしていると話し声が聞こえてきた。
どうやら、いつもステンドグラスや天井の宗教画の点検を行ってくれている工房の人達みたい。
「はあ、あのレイちゃんってシスター本当に可愛いよなぁ……」
「ホントホント。明るい子だし、俺達みたいな下働きにも優しいしな」
レイちゃんと言うのは私の後輩で、この世界の正ヒロインだ。どうやら転生者とかそう言うのでは全然ないらしく、原作通りの超いい子。
たぶんここから聖女の力に目覚め、学園に入って王子とかと絆を育んでいくのだろう。
「全く、あの根暗シスターとは大違いだよな」
「あー、オルテだっけ。目隠れの」
本来なら嬉しくないタイプの陰口だったが、私はニンマリする。よしよし、上手く正体を隠せているようだ。
これは出家していないと使えない手である。
だって貴族のまま学園に通う場合は、派手で妖艶な格好をしないとしても、家の格を落とさないように綺麗な格好や良識ある言動はしないといけないから。
そんなんあかんわ。普通に超優良物件やもの。攻略対象に惚れられて国がかたむいてまうわ。
それに対して今は、目元を前髪で隠し、肌や唇はあえて血色が悪く見えるおブスメイクでごまかしている。
さらに猫背にして修道服を首までカッチリ着込み、無口キャラを演じることで胸と艶のある声を消した今の私に死角はない!
「でもよ、あの子よく見ると結構胸はあるよな」
「わかる、鼻筋と口元のホクロもなんかエロい」
「うっかりやらかしてお仕置きされるタイプとみた」
「ははは、ぜってーMだな」
と思ったら死角だらけじゃん。お色気要素にデバフかけまくったのに、それでもエロいって……
「口ではなく手を動かしてくれませんか」
そんな空気を変えたのは、冷徹な口調の男性の声だった。
「「し、失礼しましたッッ!」」
声の主はリック・テスタント様。
若くして枢機卿にまでなったこの教会のトップで、ダウンロード追加シナリオで攻略対象になった銀髪碧眼のナイスガイ。ちなみに、作中屈指の人気者で、前世の私が推していたのもこの人。
と言うのも、彼は作中で唯一オルテに寝取られない、誠実で実直な男なのだ。寝取りエンドへの批判に製作陣が日和った結果、実装前に『彼は敬虔なる神の信徒。意中でない女からふしだらに迫られると嫌悪感を覚える』という設定を追加したらしい。
私が教会行きを希望したのも、彼がいたからだ。平民になることも考えたが、町を牛耳る大商人が攻略対象にいるし、シナリオの進行状況がわからないのも怖い。
……というわけで、ヒロインであるレイちゃんが誰を選ぶかわからないあいだは、間違いが起きないようにリック様のそばで働くのが一番だと思ったのだ。
ちなみにバッドエンドでは彼、命と引き換えに邪神を再封印して死ぬ。初見では全私が泣いた。
「あと、オルテは勤勉で優秀なシスターです。下世話な噂話は慎んで頂きたい」
「「す、すみませんでした……」」
やっぱりリック様ったらいい人。
それに、私のこと陰でも褒めてくれるなんて……ぽっ。
◇◇◇
教会に来てから一年とちょっとが過ぎた。
レイちゃんは無事聖女の力に目覚め、毎日元気に教会から学園へと通っている。順調に王子達との絆も深めている(意味深)らしく、たまにフラフラになって赤い顔をして帰ってくる。
聖女がそんなことやっちゃって良いのかって?
良いのだ。
だってここは、そう言う世界観だから!
「あら、また昼休み中にまでお仕事ですか?」
「ああ、君も来たのか」
書類から目を離して微笑むのはリック様。
今私たちがいるのは、主祭壇の隣にある予備室である。広い机と椅子があってあまり人が来ないから、静かにゆっくりしたい時や急ぎの仕事がある時、私達はよくここに来る。
気がつくと、いつのまにかリック様とは結構親しい間柄になっていた。
リック様の方を見ると、もう意識を切り替えたのか真剣な表情で資料を見つめている。
攻略対象なだけあって、彼の顔立ちはとても整っている。
それに地位も性格も兼ね備えているので多くの縁談が舞い込むそうだが、それらをはねのけ、仕事に邁進しているようだ。
だからこそ私には、リック様の隣が心地よい。私に惚れる事はないとわかっているから、彼の前でだけは、ありのままの私でいられる。
「あの、お手伝いしましょうか」
私は、リック様の横から書類を覗き込んだ。
「私もこのあたりの書類なら少しは進められると思います。そしたら、リック様も少しは休息できるでしょう」
「……ありがとう。では、頼む」
数秒の沈黙のあと、リック様はそう答えた。推しから頼ってもらえて嬉しい。
「……甘い香りがするな」
並んで書き物をしていると隣からそんな声が聞こえた。リック様をみると、なんだか顔が赤い。
私はハッと気づいた。その香りの正体は多分、私の体しゅ……フェロモン的な何かだ!
今日は外仕事で汗かいたから……
体を近づけたせいで、香りが伝わってしまったらしい。
「も、申し訳ありません」
「い。いや、こちらこそすまない。妙なことを口走った。どうも、最近……」
言葉は途切れ、彼様は口元を押さえて眉尻を下げる。
「いえ……書類、拝見しますね」
なんだか気恥ずかしくなった私は、彼から視線をはずしつつ書類仕事に没頭しようとした。
じわじわと、耳が熱くなっていくのがわかる。
形よく膨らんだ胸に、ドキドキと鼓動が響いたが、その理由を深く考えてはいけない気がした。
それから数ヶ月後。
「オルテお姉さまはリック様に告白なさらないのですか?」
レイからそんなことを聞かれた。
「どうしたの、急に」
「突然すみません。どうしても気になってしまって……」
眉尻を下げそんなことを言うレイ。
そうか、そういうことか。
レイはきっと、リック様に恋をしているんだ。
なんで?王子ルートじゃなかったの、と言う気持ちになった。
でも無理もないよね、リック様素敵だもん、とも思った。
「告白、するつもりはないわ。彼は私のことなんて何とも思っていないしね」
「そんな、お姉さ……ッ」
レイの口を人差し指で優しく塞ぐ。
「だから、もし貴女が彼に惹かれたなら私に遠慮なんてしないでね」
ズキン、と胸が痛んだ。
***
「失礼します」
呼び出された応接室に入ると、リック様がひとり深刻な顔をして座っていた。
「呼ばれた理由はわかっているね」
「還俗希望届けのことですね、昨日提出した」
「社交界に戻りたいということだったね」
「ええ」
そう、私は教会を辞める事にした。
これからレイとリック様が絆を深めていく様子を見たくなかったから。
寝取られなんて、するのも見るのもまっぴらごめんである。いや、別に付き合っているわけじゃないけど気分的にね。
リック様は軽く瞠目したあと、私の前まで歩いてきて――両手を取られた。至近距離からじっと見つめられる。
「リック様!?」
「ずっとここにいて欲しい」
「!?!?」
思いがけない行動と台詞に、
私の頭はフリーズした。
「君は誰よりも敬虔な信徒だ。勤勉で、聡明で、とても優しい。これは私の我儘だが……君と離れたくない」
どういうこと?まさかリック様、私に惹かれ始めているの!?
私の脳裏に、いつかの昼の光景がよぎった。
ふたりきりで、顔を赤くしてしまったあの日。
嬉しい。飛び上がるほどに嬉しい。
貴方が好きだと叫びたい。
が、彼の思いに応える事はできない。
私はこの世界の強制力が怖い。
怖いのだ。
もし、彼の手を握り返したがために彼を失うような事になれば……だから私は、自分の気持ちに蓋をして、鍵を閉めた。
「私が敬虔な信徒?……ねえ、リックさま。貴方、勘違いなさっていますわ」
彼の手を払い、自由になった手でウィンプルを取った。続けて執務机の上にあったウォーターピッチャーを取ると中身を頭から被る。
濡れた前髪をかきあげ、デバフ化粧を落とし、さらに首元のボタンを外してあられもなく胸元をはだけさせた私は、胸元のほくろを見せつけながらなるべく妖艶に見えるようにほほえんだ。
「私、結構ふしだらな女ですのよ?ここへきたのは、あわよくば貴方の子種を授かろうと思ってのことでしたの。だから貴方好みに振る舞ってきただけですわ」
今、私が縋っているのは
『ふしだらに迫られると嫌悪感を覚える』
という設定。
「でも、リック様ったら、わたくしのことを全然『女』として見て下さらないんですもの。いい加減身体も疼いてしまったので、社交界でべつの男と寝ることにしますわ」
嘘。
本当はそんなこと、一ミリも思ってはいない。
彼に嫌われたくない。
本当は愛してますって本心を打ち明けて、両思いになりたいと思う。
でも
言わない愛だって、きっと愛だ。
目を見開いたまま固まってしまったリック様をみながら、私がそう考えたときだった。
ガチャリ
彼は何を思ったか、ドアへと向かい中から鍵をかけた。
「へっ?」
それにどういうこと、と思う暇もなく、私はソファに押し倒されている。
見上げるリック様の顔色は怒り混じりの赤。
二年間近くの付き合いになるが、ここまで感情を露にする彼を見たのは初めてだった。
「女として見ていない、だと?」
「リ、リックさーーんん!?」
強引に唇を奪われた瞬間、私は彼に嫌われねばと焦るあまりすっかり忘れていた、二つの事を思い出した。
一つ目。
『ふしだらに迫られると嫌悪感を覚える』
という設定の枕には『意中でない女から』という前提条件がついていた事。
二つ名、『彼は敬虔なる神の信徒』であり、お色気悪役令嬢の美貌と誘惑すら無視する堅物だ。
だからこそ、主人公ヒロインには――いや、生涯の伴侶にすると神に誓う相手には、深い愛情と、それ以上の独占欲を持つ。
平静な態度に隠した激情。
そして他の攻略対象達を上回るねちっこい前戯と絶倫の描写が、彼の人気の理由だった。
◇◇◇
結局あの後、私は彼にわからされてしまい、結婚を前提にお付き合いする事になった。
元が18禁のゲーム世界だけあって、リック様は童貞でもテクニック抜群で、私も処女のくせに感度のいい体だった。そういう設定らしい。
おかげで、私は非処女と勘違いされるくらいに乱れてしまい、嫉妬した彼にさらに攻めたてられたわけだけれども……。
え?
聖職者が結婚していいのかって?
良いのだ、だってサキュバスって実は堕天使なんだぜっていう世界観だから。教会の教えも『汝隣人を愛して産めよ増やせよ』だしね。
ちなみに、心配していた世界の強制力はなんの問題もなかった。レイちゃんは無事王子と結婚し、邪神もサクッと退治。教会生まれって凄い!
過日、私に告白しないのかと問うてきたのは、単純に『こいつらじれってぇな、さっさと付き合えばいいのに……』と思ってのことだったらしい。取り越し苦労!
さて、そんな私はというと
現在、鏡の前で自画自賛している。
「これは……いいんじゃない?」
今の私は原作のドスケベ悪役麗女の姿でも、今までの地味で野暮ったい姿でもない。『ちょうどいい感じの清楚系美人シスター』といった格好の私が、鏡の中にはいた。
何故なら、彼の隣に婚約者として並ぶのに相応しい格好をしようと思ったから。あと、単純に彼から可愛いと思ってもらいたいのもある。
目元を覆っていた前髪を切り、猫背もやめ、修道服はダボつかずに身体のラインが綺麗に見えるものに変更。ちょっとだけお化粧もして、ワンポイントに髪飾りをつけ、肌も少しだけ見せた。
「褒めて貰えるといいな」
今日は二人とも休日。
真っ先にリック様に見てもらおうと、スキップするような足取りで彼の部屋を訪れる。
***
「あ……っ、やあっ、もっ、だめぇっ!」
「ああ、オルテ……こんなにかわいらしくなってしまったら、不埒な目を集めてしまう。私は心配だよ。下着まで新しいものに替えて……ただでさえ、自分を抑えるのに苦労しているというのに……こんな格好でこられたら、理性が利かなくなるだろう。いけない子だ」
「そんなつもりじゃ……ひゃん!ごめっ、ごめんなさいぃっ」
褒めて貰えると思っていたら、まさかの叱責っクス。いや、これ、私が謝るべきなのか?
「きちんと謝れて偉いね。じゃあ、今度はご褒美をあげよう」
「やっ! も、いやあ……っ!」
「好きだ。好きだよ、オルテ。ほかの者になんて、絶対に渡さないからね」
ぬるぽ ガッ
甘美でスピリチュアルな感覚がカラダの中を駆け巡り、私は涙を流しながら昇天した。
スイーツ(笑)




