元カレに片想い -side MAYUMI-
「まゆみん、ノート見せて」
教授が出て行って騒つく講義室で、声をかけてきたのは高校から仲の良い洸平だ。
「またぁ?寝てたんでしょ」
「ごめんごめん!遅くまでバイトしてて!まゆみんのノート見やすくて助かる」
洸平くんとは同じ大学の同じ学部に進んで、今も仲良くしてくれている。
潮崎くんとは…あのまま連絡も取れないまま卒業してしまった。
あっという間に大学3年生になって、あの花火大会から3年。もう3年だ。
「ね、まゆみん今年さ」
「うん?」
「花火、行かない?…2人で。」
困る。
高校から一緒で仲良くて、付き合ってるのって聞かれたのは一度や二度じゃない。
わたしだって鈍感じゃないんだから、何となくそうかな?と思ったことがないわけじゃない。
距離を置こうとしても、この愛嬌で突き放せないだけで。…よくないよね。
戸惑っていると、洸平は苦笑い。
「まだ好き?」
「そ、れは…」
好き。好きだよ。
主語かなくたって、質問の意味はわかる。
図らずも同じ大学で、講義は被らないけど遠巻きに見ることはあって。
同じサークルに入った洸平くんや、同じ学部の友達に潮崎くんの話を聞くと羨ましくなった。
わたしも声が聞きたいな。会いたいなって。
「あーんな可愛い浴衣姿も褒められない奴なんか、やめちゃいなよ」
やめちゃいたい。やめちゃいたいんだよ。
でもわたしが潮崎くんを好きなのは、褒めてくれたからでも優しくしてくれたからでもなくって、困ってる人に声をかけたり、人のちょっとした努力や配慮に気付いてあげられるところなの。
穏やかに微笑んでいて静かな声で。
フラれたも同然なのに、未練がましく業務連絡もたくさんした潮崎くんとのメッセージは今も消せないまま。
写真だって、一枚も消せていなくて。
あーダメだ、思い出すだけで泣いちゃいそう。
「もー、そんな顔しないでよー俺が意地悪してるみたいじゃん。カナシー」
「え、ごめ、」
「ほら次移動でしょ。行きなよ。友達待ってるよ」
真剣なトーンを一瞬でパッと明るくしてくれるはさすがクラスのムードメーカー洸平くんだ。
「今年はみんなで花火行こうね!浴衣だよ!絶対ね!」
…そんな言い方されたら、断れない。
◇◆◇
恨むよ、洸平くん。
「じゃ、場所取りしててね!」
「え、ちょっ…」
河原を指差して、買い出しに行く洸平以下数人。
残されたのはわたしと…潮崎くん。
「ごめんね、洸平が突っ走って。…おれと2人は嫌だろうけど」
「嫌なわけないっ!」
気を遣わせまいとしたつもりが、勢いよく本心を言ってしまって潮崎くんはポカンとしている。
「え、えーと、じゃあ…座って、待ってようか」
「う、うん…場所、取らなきゃね」
もうだいぶ混んでいる河原に、2人でビニールシートを広げる。
戻らないからちゃんと話しなよと、洸平くんからメッセージが届いた。
…もう、どうしろっての…
動きにくいだろうからって、わたしにさり気なく楽なこと任せてテキパキやってくれるの。懐かしくて涙が出そうだ。
久しぶりに間近で見た潮崎くんはちょっと大人っぽくなっていて、でも優しい瞳はあのときのまま。大好きな潮崎くんのまま。
「…久しぶり、だね。笹川さん元気?」
「う、うん、久しぶりだね。元気だよ」
「学校同じなのに全然会わないね」
「そ、そうだね」
ちょっとだけ間をあけて隣に座って、ぽつりぽつりと会話をした。
不思議だ。
丸3年話してなかったのに、すごく落ち着く。
人の声や虫の音に混ざる、静かな潮崎くんの声を、一言もこぼすまいと耳を傾ける。
懐かしいのに、この声が聞きたかったんだなって思い知る。
まだ好き、変わらず好き。ずっと好き。
「洸平とは上手くいってるの」
上手くいってる。友達に言うにはちょっと違和感がある。
「…そりゃ?同じ学部だし相変わらず?」
「そっか…それならよかった。お似合いだしーー」
それ。それってまさか。
「ま、待って!?洸平くんと付き合ってるとか思ってる!?」
わたしが慌てて遮ると、不思議そうに見下ろす潮崎くんと目が合う。
わたしを見てくれた。
高校の頃、付き合ってたときもあったのに、こんなにしっかり目が合ったことなんてあっただろうか。
「隠さなくていいよ」
それに歓喜する心と、焦る心。
現実味のない距離感に、ふわふわしている。
「だってほら、あのとき洸平と一緒にいたでしょう。花火の日」
苦く笑った潮崎くんの瞳が、悲しそうで。
ああ夢。夢か。現実なわけない。
だったら、言っちゃっていいかな。全部。
都合よく両想いになれたりしないかな。なんて。
「聞こえちゃったんだよね、君が洸平に…告白してるの」
「え!?え、あの、あれ…」
「あー…と、いいよ、別に。洸平が好きなのも知ってたし」
泣きそう。
でもダメ。せっかく話せるのに、思ったこと言わないままなんてあのときと変わらないでしょう。
「こ、洸平くんが好きだったことなんてないよ!!」
何とか言葉にしなくてはと伸ばした手は、潮崎くんの腕に触れて、筋肉質な固い腕に、自分から触れておいて驚いた。
「…ずっと、洸平のこと好きだと思ってた…んだけど」
「え…!?…わたし言ったよね?潮崎くんに…好きだって」
幾度となく見返していた写真より、男らしくなったなと見惚れながら、じんわり冷たい汗をかく。
こんなの、潮崎くんにしかならないのに。
「そうだけど…周りにけしかけられたのかなって」
「な、なん…わたしが潮崎くんのこと好きなのに、モタモタしてるから友達が背中押してくれただけで…」
なんで、そんな驚いた顔するの。
「洸平のことが好きだったんじゃないの…?それこそ、高1の頃から」
「なっ!そんなわけないよ!わたしずっと潮崎くんのこと、す…すきだったんだから…っ」
いつも冷静な彼が、こんなにびっくりしているなんてレアだ。
そんな現実逃避しかできないくらい、今こんなに近くで話しているのが信じられない。
「でも、潮崎くんは…他の子のことは褒めるのに、わたしのことは…」
ああ、思い出して、泣きそう。
もうまるまる3年経ってるのに。
早く、過去に、思い出にしたいのに。
「わたしだって、浴衣可愛いとかお世辞でも褒められたかったな」
「そ…れは…ごめん。…可愛すぎて、言えなかった…」
「えっ、なっ、なん…」
薄暗くてよかった。
わたし今絶対真っ赤だ。
「今だって、顔見れないくらい……かわいい…」
これは…やっぱり夢?
潮崎くんがそんなこと言ってくれるなんて。
「ずっと好きだった」
暑さだけじゃない頬の赤さ。
滴る汗さえ、見惚れてしまう。
「やり直したい。これまでの分も、全部言うから」
シートについていた手に、潮崎くんの手が重なった。
「おれと付き合ってください」
3年ぶりの花火も、涙で滲んで見えなかった。




