小休止番外編 つまるところ、優しいと厳しいは逃げなのだ
「クッッッ! 今月の申請間に合わなかった! 白石さんじゃなかったらワンチャン間に合ったかもしれないのに、ミスった」
悔しそうにデスクに戻ってきた同僚の声で顔を上げ......
どちらかと言えば、白石さんの名前が聞こえたからと言っても過言ではない。
「聞いてくれよー、秋吉。総務の白石さん締め切りにめちゃくちゃ厳しくてさ。一日、たった一日過ぎただけでさ」
「それは、どうにもならないよ」
相槌を打つと横を通り過ぎた先輩が2人、腕を組んで立ち止まった。
「お前、白石さんは無理だよ。締め切り番長なんだから」
「一日過ぎてるようじゃ無理か、白石さん行きの書類はね、差し戻し込みの日程で提出しないと」
「厳しいっすよー!」
白石さんが厳しいというのは周知の事実ではあるものの、もう少し上手いやり方があるのではないかと思わなくはない。
なぜなら、彼女の本質はあまり厳しくはないからだ。
こう考えるようになったのも俺がお隣さんだからだ。かと言って彼女の肩を持つようにフォローしないのだから俺は性格が良くないなと思う。
外回りから戻るとエレベーター待ちをしている白石さんを見つけた。
大きな段ボールを抱え、腕には紙袋を引っかけている姿を見て声をかけた。
イベント用ぽいな。
「白石さん、手伝いますよ」
「会社では話しかけないルールでは?」
「話しかけてないよ。ただのお手伝い」
「秋吉くん、優しくて親切だって有名ですもんね」
「お? 棘があるね」
「いつも通りです」
「そういうそっけないところが厳しいって言われちゃうんじゃない?」
ノリはいつも通りのはずだったのに、ほんのゼロコンマの沈黙でなんとなく察してしまった。
これは地雷か。
「......そうですか」
「もう少し上手くやったりとか」
「スタンスを変える予定はないのでお気遣いなく」
「そんな怒らなくても」
「怒ってません。こりごりなだけです」
ポーン。
2人でエレベーターに乗り込んだが、会話はなかった。
エレベーターを降り、1人廊下に取り残されて自分の失態を理解する。
「......思いっきり地雷踏み込みこんだな」
俺は何様だよ。
いや、白石さんに近づいてるとか思い込んで、浮かれてたのかなぁ。ダサすぎる。
「別に友達でもないのに......」
そのあとは無理矢理仕事モードに切り替えて終業時間。
「秋吉、お先ー!」
「おー、おつかれー」
数秒前に帰ったはずの同僚が戻ってきた。
「秋吉、お客さん」
「お客さん? 俺?」
「女の子」
すばるちゃんだったりして!?
この際、書類不備で怒られてもいいから謝りたい。
身体が先に反応して、びくりと肩が揺れた。
すっと立ち上がってスタスタ部署の入り口に行くと白石さんではなかった。
別の部署の女の子だった。
「あの、秋吉さん。この間はありがとうございました。これ、よかったら差し入れです」
小さめな可愛らしい紙袋を差し出しながら小柄な女の子は勢いよく頭を下げた。
「差し入れ......俺、何かしましたっけ?」
「以前、プロジェクトの合同飲み会で助けていただいて......いや、あの営業部の皆さんで!! どうぞ!!」
あぁ〜初めてのプロジェクト頑張ってて、やけに飲まされてた子かな。
「飲み会だからって無理に飲む必要もないですからね」
「何がお好きか分からなかったので、とりあえずお菓子です。白石さんから営業部の方だとお聞きしました」
「白石さんの後輩?」
「はい! といっても入社研修の時にお世話になってそこからよくしてもらっていているだけですけど」
律儀に話が終わるのを待っていた同僚がにやにやと話しかけてきた。
「お前、ほんとこういうの多いね」
「そう?」
「全方位に優しいのも大概にしろよ? 刺されるぞ」
「刺されないよ」
「まぁ、全方位に厳しいよりはいいか」
全方位に優しい、は結構語弊があってその本質は全く優しくはない。
物事が円滑に進むためには優しくあるそれだけの気がする。
みんながみんな尖ってたらそれはそれで円滑にはいかないだろう。
とはいえ、全方位にいい顔するのは疲れる。
『ステーキフェア』
へぇ、ステーキか。
自宅近くのファミレスの期間限定メニューを見てふらっとファミレスに入った。
おお! 鉄板で音を立てるステーキ。
レモンの上にバターのってるのいいな。
ニンニクチップもいい。
1人にしては広いBOX席に通してもらい、上着を脱いでネクタイを緩めた。
テーブル備え付けのタブレットを脱力して眺める。
こりごり......ね。
一旦、テーブルにタブレットを放り投げると真横に人が立っていた。
ホールスタッフではない。
肩にかけた鞄をぎゅうっと握り込んでいる、白石さん。
「営業時間外ですー」
「......言いすぎました」
「とりあえず、座ります?」
彼女は小さく背中を丸めて向かいに座った。
「ステーキ食べる?」
「食べます」
「こりごりなんじゃなかったの? 嫌でしょう、こりごりな相手とご飯食べるの」
「ただの八つ当たり」
ゴンっ。
白石さんはテーブルに額を打ちつけた。
そしてそのままボソボソ話し出す。
「私にも、そんな時代があったの。上手く立ち回れるようにずっと笑顔で何にでもイエスマンで」
「想像できないね」
「それで、身体壊したの」
「うん」
「でも、秋吉くん見てるといいなって思う。その方がいいなって。ただのひがみ......ごめん」
「そんないいものでもないよ。俺は養殖コミュ力でやらせてもらってるから」
「養殖?」
「休みの日は誰にも会いたくないし、話したくもない。趣味もこれといってない。話もつまらないと思うし、何を話していいかもわからないんだから」
「そうは見えない」
「ねー? そうやって守ってるの。自分の守り方なんて人それぞれなのにすばるちゃんに偉そうに......ごめんね」
テーブルから少し顔を上げた白石さんは眉をハの字にした。
「養殖コミュ力おばけかぁ」
「ねー、怖いねー」
「それは......賢いよ」
白石さんがあーと息を吐いたあと、ふにゃっと笑った。
つられて俺も笑ってしまう。
「なんです?」
「賢いって言われたのはじめてかも、ありがとう」
白石さんは嫌がるかもしれないけど、手入れの行き届いた艶のある整った後頭部に手のひらを乗せた。
明日も変わらず、俺もあなたも自分を自分で守れますように。
今だけは楽な心地でありますように。




