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第五話 白石さん効果 ※秋吉視点


※秋吉くん視点


「懐かしいな」


 ふと、自室の本棚を整理しはじめてとある本を見つけて懐かしさに浸る。



 今働いている会社に入る前。

 新卒で入社して、配属されたのが営業部。

 最初からうまく仕事ができるなんてことは全くなくて、営業に関する本を読み漁った時期がある。

 知識を入れるのは学生の頃から好きだった。

 しかし、何冊読んでもあまり頭に入らなかったのを覚えている。

その中で心理学からアプローチした営業方法の本を読んだ。それだけは面白く読んだ。


 『カラーバス効果』

 意識している事柄の情報が自分に舞い込んでくるようになる効果。



 とても身に覚えがある。

 白石さんは営業部でも一目置かれる総務部の仕事番長。

 てきぱきと仕事をこなし、ミスを滅多にしない。誤字脱字や書類不備もよく見つける。

 すごい人だなと思う反面、機械のような人だと思った。

 淡々となんでもこなしてしまう人。

 俺は人と円滑にコミュニケーションを取った方が仕事がしやすいと思ってる養殖コミュ力おばけだけど、彼女は仕事を円滑にするためにコミュニケーションは取らない。


 そう、全く呼吸をしている世界が違う生物。

 陸の生き物と海の生き物くらい違うから、気にも留めなかった。

 でも、少しふやけた顔で1人でファミレスに居て、彼女1人には広すぎる4人掛けのボックス席で大量のご飯を注文して、食べようとしている姿に素通りなんてできるわけなかった。


 そんな姿、人魚が陸にあがってきたようなものだ。


 盛大に水をぶっかけられてる同僚を見て、わかりやすく迷惑そうにしたり、紙ナプキンを数枚渡してくれたり、フライドポテトで申し訳なさそうにしたりする。

 そして、あの機械みたいな人が、光の通らない深海で1人泳いでそうな人が、実はお隣さんだった。


 もう少し、もう少しだけ、深海に潜ってみたい。


 2人だけのルールを決めた。

 つい口を滑らせた彼女を援護するために懇親会に誘った。

 結果オーライ、合法的に白石さんとお酒が飲める機会を手に入れた。

 楽しみだったのに、彼女は別のテーブル。

 ずっと楽しそうにしていた。


「すばるちゃん!」


 話の輪の中に入って困ったように、それでいて嬉しそうにする彼女の姿にときめいた。そして、すぐ、胃の中のアルコールが分解どころか悪さをしはじめる。


 俺が見つけたのに。

 俺が誘ったのに。

 俺が、お隣さんなのに。


 よくわからない感情を抱えた帰り道。

 ふらふらコンビニに入る白石さんを見つけたらよくわからない感情はどこかへ消えた。


「すばるちゃん」


 醜いなぁ。

 大人気ないな、中学生かよ。

 誰に見せつけるでも、聞かせるでもなく名前を呼んだ。

 呼ぶなと言われないなら、呼んでもいいってことじゃない?



 そして数日が経った終業後、一息つきたくて会社併設のカフェに入ろうとすると会計をする彼女を見つけた。


 声をかけようとして踏みとどまったのは、2人だけのルールが適用されたからだった。


『会社では話しかけない』


 さいですか......さいですよね。


 ルールを守ることは揺るぎない信頼の証。

 ルールを破ったら今後一切彼女は俺を視界には入れてくれないかもしれない。

 今日のところはまっすぐ帰ろう。


 それから数日、話しかける隙もないくらい仕事に集中する白石さん。

 珍しく俺より遅い帰宅、俺より早い出社の様子を見ると心配になる。


「共有です。総務部で体調不良者が数人でており、人数が少ないため、月末書類を部内でダブルチェックや上長チェックを行なってから提出くださいとのことです」


 物理的に忙しいんだ。

 なにか、差し入れとか......。

 迷惑かな。


 ささやかだけど、邪魔にならないものを考えて併設カフェでコーヒーを買った。

 俺はブラックだけど、カフェラテとかの方がいいかな。

 話しかけるのはルール違反だから書類の提出を理由に渡せないかな。


 両手にコーヒーを持ちながらデスクに戻った。  

 あまりに綺麗な自分のデスクに首を傾げた。


「あれ?」

「おかえりー」

「ここに書類なかった?」

「あぁ、月末のだろ? 錦谷がついでに持ってくって総務に持っていったよ」

「あぁ、そう。 それならそれで......」


 それならそれで、いいんだけど。

 このコーヒーどうするよ。


「コーヒー飲む?」


お前にやろう。


「なに、なに、なんの賄賂?」

「今月も目標達成おめでとう」

「部署の目標だけどな〜」


『カラーバス効果』

 意識している事柄の情報が自分に舞い込んでくる現象。


 仕事終わりの人の多い繁華街でハンバーガー屋に吸い寄せられていく白石さんを見つけた。

 偶然、本当に偶然。嘘じゃないよ。


「よ!」


 彼女の向かい側に躊躇なく座る。

 ここは会社じゃないからセーフでしょう?

 君と話をしたくて仕方がない。


「豪快だなぁって」


 1ミリも意識されてなくて、1ミリも警戒されてなくて、俺の前で大口を開けてハンバーガーを食べてくれるくらい許されてる。

 俺も同じく大口を開けてハンバーガーを食べられる。

 この空間が、この雰囲気が、彼女が......。


 俺だけにああ言えば、こう言う白石さんのいる時間が心地よくて仕方がない。


 まだ、何も名前はつけないでおきたい。

 カテゴライズするにはもったいないような気がするからだ。

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