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第四話 気の抜ける時間


「すみません、インフルエンザにかかってしまって......」

「お疲れ様です、白石さん? すみません。子供が熱を出してしまって」


 始業時間少し前に2本電話がかかってきた。

 いつも滑舌のいいベテラン社員の林さんは声がガビガビ。

 いつも穏やかな時短勤務の平井さんは大慌てで電話をしてくると私も落ち着いてはいられない。

 冷静にお大事にしてくださいとお伝えして電話をきった。


 困った、参った。

 月末月初なのである。


 上長に緊急事態だと知らせなければと立ち上がったが、上長はなにやら険しい顔をしてスマホで通話していた。

 スマホを机に置いた上長と目があった。

 上長の眉がしゅんとハの字になった。


「白石くん......母の具合が良くないみたいで」


 皆まで言うな。

 わかっております。


「お見舞いに行かれたほうがいいのではないですか?」

「そう? でもさ、月末じゃない?」

「それは......そうなんですけど......う〜〜〜ん」


 上長と私は眉を寄せ、唸る。

 とはいえ、みんな仕事を放り投げて遊びにいきたいって言っているわけじゃない。

 人それぞれのエマージェンシーなのだ。



 この会社に入って5年。

 こんな事態ははじめてだ。

 私は総務部の残された人員を確認した。

 マスコットのようにぴえん顔をする上長は一旦、置いておこう。


 月末を乗り越えることはできるのだろうか。

 いや、やるしかないのかもしれない。


「そ、それじゃ白石くん。あとは頼むね!」

「頑張ります」

「では、みんな悪いけど白石さんの指示に従ってお願いね」


 上長が颯爽と早退。

 自分の仕事をこなしつつ、林さんと平井さんの仕事内容をメールで引き継いでもらった。


 お昼の休憩時間を返上しても山積みの仕事はまだ終わりが見えない。


「白石さん、お疲れ様です!」

「お疲れ様です。気をつけて帰ってくださいね」

「白石さん、お先です」

「すみません、定時すぎちゃって」

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」


 しっかり本日の業務を終わらせてくれた。

 まだ入って半年経っていない新卒社員の子と復職されたばかりの社員さんを見送った。


 文句言わずにしっかり仕事を終わらせてくれる存在、ありがたいです。


 そして、私は第二ラウンドはいりますか......。


 その前に濃いめのコーヒーを買いにいってもいいだろうか。


 弊社の入り口に併設されているコーヒーチェーン店。

 本当は生クリームが乗ってるラテ系を飲みたい。

 でも、今は苦いくらいがちょうどいいのかもしれない。



 「ひとまず......今日の分は終わり」


 本日中に終わらせないといけない業務を終わらせた。

 21時を過ぎた帰宅路でガス抜きするような深呼吸をしながら今の会社に入る前のことを思い出した。



 残業は当たり前、会社内はいつも緊張で張り詰めていて、どこかで必ず誰か怒られていた。

 否応なく怒号が聞こえる環境は今思うと異常だ。

 次第に仕事と私生活の境界が曖昧になった時、ひどい頭痛と理由なく流れる涙に限界を悟った。

 強いて言えば、逃げ出すように会社を辞めた。


 まだ、壊れる前で良かったと今では思う。

 いや、実際壊れていたのかもしれない。


 だからこそ、今の職場はありがたい。

 基本定時で帰ることが出来るし、怒号飛び交う環境でもない。

 今回だってイレギュラーだ。


 まだ全然頑張れるよ。大丈夫。




「忙しい時期にご迷惑おかけしました!」

「お休みありがとうございました!」


 1週間後、林さんと平井さんが戻ってきてようやく肩の荷が降りた気がした。

 何度も何度も頭を下げられると私も頭を下げたくなってしまう。

 お互いに非常事態を抜けることができて良かった。




 定時退勤して何か食べて帰りたいなとあたりを見渡していると私の大好きな漫画「5E!(ファイブ エレメンツ」とコラボしているハンバーガー屋さんを見つけた。

 駆け寄ってコラボメニューを眺めてみる。


 え、今コラボやってるの!?

 見逃してた......。

 うわぁ、5Eb!(ファイブ エレメンツバーガー)

 なるほど、限定セットがあって、ノベルティがつくんだ。

 せっかく見かけたし、入ろ。


 「お待たせいたしました! 5Ebセット、チーズエッグバーガーになります。こちらノベルティのクリアファイルです」

「ありがとう、ございます」


 すごい! 大きい! 

 食べ切れるかな。

 バンズにロゴの焼き印ある! 

 ペーパーランチョンマット、もしかして描き下ろし!? 

 シワのないこの状態で持ち帰りたい! 

 全部、写真撮りたい!


 ひとまず、スマホを取り出してハンバーガーの映える画角を探す。


 カタンッ。


 画角に人間が映り込んで、顔を上げると数日存在を忘れていたお隣さんがいた。


「よ!」


 よ! ではない。


「写真、食べ物撮るなら......この設定いじって」


 秋吉くんは手慣れた手つきでスマホを触り、カメラアプリの設定を変えてくれた。


 とても、綺麗に撮れた。

 はじめてかもしれない。


「ありがとう、ございます」

「いいえー。 俺も同じの頼もうかな」

「......待って、なんでナチュラルに相席するの。空いてる席あっち」

「別に俺気にしないよ?」

「誰かに見られたらいやだなって話です」

「なるほど、理解」


 とは言え、移動する気はなさそう。

 なにやら理解をした顔で秋吉くんはテーブル備え付けのメニュー表を眺めていた。

 店員さんに私と同じセットのハンバーガーの具材だけ異なるものを注文していた。


「理解したのでは?」

「理解したのは、すばるちゃんがそのアニメ? が大好きってこと」


 しまった。

 また、余計なところを見られた。


「じゃあ、私が席を移動......」

「すばるちゃん」

「はい」

「ものは使いようでさ、この状況で会社の誰かに見られたとするでしょ? すばるちゃんは俺がこのアニメ? 好きだから偶然付き合わされたことにすればいいのに」

「えっと?」

「俺がその作品好きなのって言ったらわかりやすく、しまったって顔してたし。あまりバレたくないんでしょ?」


 たしかに、一理ある。

 秋吉くんにバレたところで、お隣さんである以上のダメージはない。

 だから、あまり動揺しなかったのか。


「お待たせしましたー!」


 運ばれてきたハンバーガーセットを受け取った秋吉くんはノベルティとランチョンマットを早々にくれた。


「最近、遅くまでお疲れ様でした」

「ありがとうございます?」


 なんで知ってるの?

 でも、今は気分いいからいいや。


 気をよくした私は大口でハンバーガーに齧り付いた。

 口いっぱいにハンバーガーを詰め込めて、幸せを感じていると秋吉くんが微笑んでいた。


「なに」

「豪快だなぁって」


 言葉に少し引っかかりはあったが、今日の私にはノーダメージ。


「秋吉くんに可愛こぶっててもねぇ?」

「じゃあ、俺が可愛こぶろうかなぁ。可愛くてごめんね?」

「全然、可愛くないよ」


 2人して大口あけてハンバーガーを堪能した。

 なんとも気の抜ける時間だった。

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