第三話 ありよりのありで、なしよりのなし
苦手だ。
飲み会というやつは。
考えすぎだよ。
もっと楽に飲んで食べて帰ればいいの。
何度も言われた。飲み会での立ち回りの下手さ。
「白石さんが飲み会にいるの珍しいっすね! いつもお世話になってますー!」
「あーははは」
「白石さんって彼氏さんとかいるんすか? あ、休日とかって」
「普通に買い物行って、家事やってたらあっという間に終わっちゃって......」
「わかるわかる、あるあるっすね〜」
本当は朝から晩まで動画を見てたり、ゲームしてたりします。
どのタイミングでお酒を飲めばいいのか、どのタイミングでご飯を食べればいいの、お手洗いに行って戻ってきた時に自分の場所はあるのか。
話したことのない人と話すとき、無難な返答ばかりで会話が途切れたとき。
ふいに、飲み会でひとりぼっちのような感覚になるのはどうしたらいいのだろうか。
どうしていいかがわからないことが多いから、結局は渉外だったり、幹事だったり、取りまとめの役割をもらってしまった方が楽でもある。
目の前の大皿の檸檬のかかった唐揚げを食べながら、目の前をビール瓶を持った他部署の部長さんがふらふらと過ぎ去った。
「ちゃんと飲んでるかー?」
赤ら顔の部長さんは若手数人の集まるテーブルの空いている席に座って、お酒の少ないグラスにビールを継ぎ足していく。
お酒に強そうな社員はありがたく高らかにお礼をいい飲み、一生懸命グラスのお酒をなくそうと頑張っていた社員は絶望の表情で頭を下げていた。
あの子.....総務部の新しい子だ。
飲まなくていいよ!
飲めと言われなくても飲まなくていい。
そう、遠くから視線を送る。
「飲んで飲んで、まだまだあるから」
追い討ちをかけるように部長さんが微笑んだ。
どうにか、助けに行きたい。
いつしかの、私を見ているようだったからだ。
無理に飲んで、上司の顔色を伺って、ぐらぐらする精神状態に良いことは一つもない。
「あれ? 白石さんお手洗いすか?」
立ちあがって、一瞬だった。
「俺もビールいいですか? あ、部長のグラス空いてるじゃないですか。ビールもらってきますよ」
「お、悪いな。秋吉」
秋吉くんがどこからか現れた。
彼は総務部の新人の子のグラスを飲まないように手で蓋をしながら部長の対応をしはじめた。
さすがすぎる。
思わず、拍手をしたくなる。
いるんだなぁ。
少女漫画みたいにさらりと困ってる人を庇えるひと。
秋吉くん、すごい。
せっかく立ち上がったので、息抜きにお手洗いへ行った。
「白石さ〜〜ん、私の話、聞いてくださいよ〜」
「白石さん、俺の彼女の話なんですけどー」
「しらぴ〜」
しらぴ?
「白石さんって下の名前なんていうのー?」
「昴です」
「やーーん、昴ちゃん可愛い」
「なんか、白石さんって仕事のときよりめちゃくちゃ話しやすくて止まらないっす」
「わ〜かる! ずっと話してられる」
なにが起こっているの......。
な〜ぜか、自分のテーブルの人たちが私にとても友好的に話しかけてくる。
ほぼ、相槌しかうっていないし、率先してドリンクオーダー係しかしていないのに......。
男性社員も女性社員も話が止まらない。
「みなさーん。お開きの時間ですよー!」
飲み会はお開きになり、お店の前で同じテーブルの人たち4人が丸くなる。
「ねぇねぇ、また飲もうよー。連絡先交換しとこ」
「いいね〜!」
慣れない連絡先の交換をした。
もたついていると広報部のとても綺麗なジェルネイルをした女の子が教えてくれた。
「昴ちゃん、このボタン押したら追加になるから!」
「なるほど、助かります」
二次会に行く人、そのまま帰る電車の人、タクシーの人、バスの人、各々ばらけていった。
ぽこんぽこん。
「はやい......」
先ほど、連絡先を交換した数人がすぐにメッセージをくれた。
可愛いよろしくスタンプだったり、また飲もうねだったり。
メッセージを返して、一息ついた。
なんとなく、楽しかったかも?
輪の中に入れてもらえて、すこし嬉しかった。
ほくほくと熱が身体にこもっている気がして、アイスを買って帰ることにした。
コンビニに入ってアイスの売り場でどれにしようか選んでいると話しかけてきたのは秋吉くんだった。
「おつかれさまー」
「お疲れ様です」
「アイス? 俺も買おうかなー」
秋吉くんは迷わず、ソーダバーを手に取った。
カップアイスかソーダバーで悩んでいた私はどこかどきっとした。
「ありがとうございましたー!」
当然のように私の横を歩く秋吉くん。
「あの、並ばなくても」
「どうせ帰るマンション一緒なんだから気にしない気にしない。防犯防犯」
「防犯......」
「飲み会どうだった? 主催部署としては気になる」
「飲み会ってあまり得意じゃなかったんですけど、今日は楽しかった、気がする」
思い返せば、多分そう。
秋吉くんのあの光景を見たからだ。
総務部の新人の子を庇う秋吉くんがいたから、この場はとても安心できる。
そう思えたからなのもある。
それくらい、心打たれる行動だったのだ。
「たしかに白石さんたちのテーブル盛り上がってたもんな。側から見ても楽しそうだった」
「みなさんお話してくれる人ばかりで助かりました」
「お酒強いの?」
「弱くは、ないけど。強くもないかな」
マンションに到着してエレベーターに乗った。
お互いの部屋の前でじゃあまたと声をかけて鞄から鍵を取り出した。
「ねぇ、今度は俺とも飲んでよ」
「機会があれば」
「約束ねー。すばるちゃん♪」
秋吉くんは私の返答を待たずに部屋に入ってしまった。
「すばるちゃん?」
下の名前、酔ってたのかなぁ。
アイスの入ったビニール袋をそのまま冷凍庫に突っ込んだ。