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第二話 そういう人種

 

「白石さん、お疲れさまー!」

「お疲れ様です」


 何の気なしに、言葉を返した。

 お疲れ様ですと言われたらお疲れ様ですと返すのは当たり前のことだ。

 しかし、当たり前じゃないのはいつも挨拶を交わさない人と人が挨拶を交わすことだ。

 それは、周りが驚くほど当たり前の光景じゃない。

 今まで挨拶を交わす2人を見たことがないのならなら目立つほかないのだ。


「え!?」


 近くにいた数人が声を上げた。


「白石さん! 秋吉さんと仲良かったでしたっけ!? たしか、つい最近も」

「おい、秋吉! 今のなんだよ、お疲れ様ですって!」


 ミ、ミ、ミスったーー!! 


 距離感を間違えた。

 雰囲気を間違えた!

 条件を破ったかもしれない!




 時は、本日朝に遡る。

 昨日、お隣さんが同僚だと知って驚きました。

 えぇ、驚きましたとも。

 それが、秋吉くんであることにも驚きました。

 驚かないわけがない。



「木曜日ね」


 冷蔵庫に貼られたゴミ捨てスケジュールを確認して今日は燃えるゴミの日。

 お隣さんが誰であろうとゴミ出し曜日は変わらない。



「なんだかんだこの部屋に住みはじめて5年くらい経つけど、秋吉くんとばったり会ったことないから、大丈夫じゃない?」


 ガサガサ。


 部屋のゴミ袋をまとめながら呟いた。


 営業部は定時の就業時間はあってないようなものだって結構聞く。生活時間が合わないのはありがたい。


 両手にゴミ袋を持ってジャージにサンダルで部屋を出ると、とてもタイミングよくお隣さんも扉が開いた。


 ダルっとしたスエットに眼鏡をかけた秋吉くんが出てきた。


 誰?


 いつものきらきら営業マンはどこへ。


 それは自分も同じことであると気づいたのは秋吉くんが何気なく呟いたからだった。


「おはよー。しらいしさんって、ジャージとかきるんだね」


 寝起きで呂律がまわらないのか、まろい口調だった。


 当然、無視した。


「やーん。俺のゴミ漁らないでね」


 朝からカチンときたので、エレベーターに乗せてあげなかった。




 家を出る10分前。

 インターフォンが鳴った。

 モニターを確認するとちゃんとしたお隣さんが立っていた。


「白石さん、会社いこー!」


 小学生か!?


「お一人でどうぞ」

「作戦会議しながら会社いこうよ! お家でジャージなのばらさないから!」

「私は何かあれば秋吉くんがダルダル眼鏡だったのバラしますから」

「それをしないためのそのための作戦会議でしょうよ!」


 朝からとてつもなく、ストレス!


「あと五分待ってください」

「五分で支度しな」


 ガチャンとモニターを切ってから家を出る準備をして玄関を出ると部屋の前でしゃがむお隣さんがいた。


「ちゃんとした白石さんだ」

「ちゃんとした秋吉くんですね」


 作戦会議の内容はこうだ。

 まず、前提の条件を確認した。


「俺は会社に近くて、スーパーもあって、それなりに築浅で家賃が手頃だったからここに住みはじめたってわけ」


 秋吉くんは指折り利点を提示しながら話をした。


「それは同じ」

「出来れば引っ越したくはしたくたいわけ」

「それも同じ」

「じゃあ、妥協点を探そうよって話」


 そして、お互いに条件を提示しあう。


「会社の人には絶対バレたくないです。秋吉くんは仕事以外で話しかけないでください。接点とか聞かれるの面倒なので」


 そう、彼は目立ちすぎる。

 何をするにも噂の絶えない彼に巻き込まれるなんて考えたくもない。

 私はそれなりにひっそりちゃんと八時間働いて、お給料もらって、平凡に生きたい。


「おけおけ。お家の話はしない。会社で話しかけない、ね。じゃあ、挨拶は?」

「挨拶は......会社員として普通じゃない? 無視する方がおかしく見えそう」

「挨拶は、おっけーね」


 横断歩道の赤信号で立ち止まった時、秋吉くんがファミレスで水をかけられていた女の子のことをふと思い出した。 


「あ!」

「んー? 他にもなにかある?」

「あの、昨日ファミレスで振られていた女の子」

「語弊があるよー? その言い方は」

「昨日の、ファミレスの女の子。広報部の七海さんでしたよね.....」

「そうねー」

「秋吉くんの女の子関係に口出しはしませんけど、会社の女の子は絶対部屋に連れ込まないでください。バレたら引っ越ししてくださいよ。秋吉くんが!」

「俺が引っ越すんだ」

「はい」

「じゃあ、白石さんも会社の男を連れ込むのはやめてね。気まずいから」

「そんなことにはなりません」

「どうかなぁ〜」


 もうすぐ会社前になり、社員証を首に下げた。

 秋吉くんとの横並びを解消するように早足になる。


「じゃあ、その条件で!」


 そのあとすぐ秋吉くんは営業部の同僚に話しかけられていた。

 私はその他大勢の社員に紛れ、会社に入っていった。



 仕事を終え、退勤したすぐのこと。

 総務部の後輩とフロアを出たところ、前から秋吉くんと営業部の男の人が話しながら歩いてくるのが見えた。

 不意に目があって、すぐに逸らしたのに挨拶をされた。


「白石さん、お疲れさまー!」


朝の秋吉くんとの会話を思い出した。


『挨拶は......会社員として普通じゃない? 無視する方がおかしく見えそう』


言ったのは私だ。


「お疲れ様です」


  だから、挨拶を返したのにようやく気づいた。

 そもそも、わざわざ挨拶をする、返す関係じゃなかった!


 お隣に住んでる事実で距離感が馬鹿になってた!

 どうしよう、どうしよう。

 こういう場面を切り抜けるのとんでもなく下手くそなんだよね。嘘つくとしどろもどろになるし。


「そうそう。今朝の話どうなった?」


 秋吉くんはなんのことだかわからないことを言いはじめた。


「今朝の話ってなんですか? 白石さん」

「えっと」


後輩の女の子にそう言われても私も身に覚えがない。

しかし、秋吉くんは余裕綽々だった。


「月末にね、営業部主催で所属部署関係なく懇親会やりたいって計画してるんだけど、総務部もどうかなってご意見お伺いしたんです。白石さんに」

「えー! 先輩、私聞いてないですよ!?」

「じょ、上長に言うの忘れてた......」

「営業部としては、ぜひ参加してほしいなって」

「まて、俺聞いてないけど」

「新林さんと重盛さんが計画してんだよ」

「なるほど、営業1グループね」


 秋吉くんはスムーズに場を収めていった。

 スムーズだった。

 さすが、営業。

 アドリブ力がすごい。

 こういう立ち回りの早さは尊敬する。

 立ち回り下手の人種からすると。




 1週間後の昼休み明けのこと。


「おーい、白石くーん」


 総務部の長に呼ばれてデスクにお伺いした。


「はい、何かご用でしょうか?」

「今月末に営業部主催の懇親会、あるみたいだから今週中に総務部から参加する人数の取りまとめお願いね。秋吉くんが言ってたけど、白石くん珍しく乗り気だったらしいじゃない」

「はい?」

「白石くんが乗り気なら張りきって頼むよー!」


 あーきーよーしー!!

 やっぱり苦手なタイプだ!


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