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第一話 ああ言えば、こういうお隣さん

第一話 ああ言えば、こう言うお隣さん


 パソコンに貼られた本日のToDo付箋を見て気合いを入れる。

 上から一つずつこなしていきたいのに、私の所属する総務部はいつもてんやわんやだ。


「コピー機が壊れた」

「後ほど、見にいきます!」


「事務用品と備品管理と発注。今日までね」

「今日の定時までには完了予定です」


「白石くん、突然なんだけど来客対応お願いできる?」

「承知しました。対応いたします」


 来客対応を終えてデスクに戻ると、書類の入ったクリアファイルが一部置かれていた。


「あ〜それ、さっき。営業部の秋吉くんが置いていったよ?」

「秋吉くん?」


 秋吉 薫(あきよし かおる)は弊社営業部に所属する社員。

 誰からも人気があって、周りに人が集まるタイプの人種。

 営業部で上から数えた方が早いほど成績のいい、次期エースの呼び声の高い人物。

 しかし、いつも申請書類が間違っていたり期日に遅れたりする。

 私はとても苦手なタイプだ。


 クリアファイルに入った書類を確認してすぐに秋吉くんに電話をする。


「お疲れ様です。 総務部の白石です。先程、私に提出いただいた書類の件ですが、これは経理宛のものです」

『すみません! 今手が離せなくて、白石さん経理に提出お願いできます?』

「ご自分でお願いします」

『いや、あの。はい! 今出ます! じゃあ、お願いします。その書類今日までなので!』


 電話を切られた。

 受話器を数秒睨んだ。

 あーきーよーしー!


「はぁ......疲れた」


 秋吉くんのせいでストレスが今、限界を迎えた。

 ストレスフルになると私は決まってファミレスに行く。


 食べたいものを食べたいだけ注文する。

メインにライスもドリンクバーも付ける。

山盛りフライドポテトも付けて

大きなパフェも忘れない。


 テーブルに備え付けられたタブレットで注文して、ドリンクバーへ向かう。

 コーラとウーロン茶とコーヒー3つのグラスを器用に指の隙間に押し込んでテーブルに戻ってきた。


 コーラを飲みながら、ハマっている漫画作品の最新イベント情報を眺めていると背後からカップルの所謂修羅場な会話が聞こえてきた。


 最悪である。


「ねぇ、どうして連絡無視するの?」

「えー? 無視って、返す必要ないでしょ」

「付き合ってるんだから返してよ」

「今、何してるのー? になんて返せばいいの、生きてるよーってこと?」


 うわー、すごく嫌!!

 私のハッピードカ食いファミレスタイムを邪魔するな!


 イヤホンでも付けようかな。


 カバンからワイヤレスイヤホンの入ったケースを取り出していた時。


 確実にダイナマイトに火がついた瞬間、私は逃げ遅れた。


「ねぇ、そもそもさ。付き合ってないでしょ、俺と君」


 振り向かずともわかる。

 言われ放題の彼女が立ち上がった。

 勢いよく、グラスが持ち上がる音がする。


 つめた!


 そりゃあ、水をかけられても仕方がないでしょうよ。

 問題は、何故私まで水がかからなければならなかったかでしょうよ。


 走り去っていく小柄な女の子を見送って......?

 あの小柄な女の子見たことが、あった気がする。


「すみません、濡れませんでした?」

「すこし、でも全然これ、くらい......」


 私はこのやけに愛想のいい男を知っている。

 人好きのする外見に、警戒心を緩めさせる声や表情。

 苦手なタイプだ。



「あ、あれ? 白石さん。偶然偶然」


 す、座るな!

 流れるように私のボックス席に座るな!

 向かい合うな!微笑むな!


「あー、秋吉くんですか......」

「うわー、露骨ー」


 毛先に水が溜まっているのを見て、テーブルに備え付けられた紙ナプキンをぎこちなく渡してみた。

 親切心である。

 嘘、気を逸らしたかったからである。


「ありがとう助かるー。誰かと待ち合わせ?」

「まぁ、そんなところで」


 早く、帰ってください!

 今すぐに、GO HOME!


 その時、軽快な音楽を奏でながら猫の配膳ロボットがやってきた。

 私の欲望を満たす食べ物たちの行進。


「お待たせにゃん!」


 私とメニューを交互に見ながら目を丸くしないでほしい。


 カタ。

 カタ。

 カタ。


 てきぱきと配膳ロボットから食べ物をテーブルに移す......秋吉くん。


「は〜い、おまたせ」

「あ、すみません」

「これ、ここでいい?」

「はい......」


 手伝ってくれた。

 秋吉くんは猫の配膳ロボットのボタンを押して、ロボットを見送っている。


「誰かと待ち合わせ?」


 ダメ押しの質問しないでほしい。


「よかったら、どうぞ」


 山盛りポテトを差し出すと、彼はにっこりと笑った。


「俺、甘いのがいいなぁ」


 渋々、パフェをずりずり差し出した。

 秋吉くんはパフェの頂上にあるさくらんぼだけを口に放り投げて微笑んでいた。


「まさか、あの白石さんが、ファミレスでやけ食いなんて」


 その挑発的な口調にカチンときた。


「まさか、あの秋吉くんがファミレスで、女の子に盛大に振られているなんて」

「振られてませんー。はじまってもないですー」

「水、冷たかったんですけどね?」

「それはごめんね? あまりイメージなかったけど、白石さんってよく食べるんだね〜」

「すみませんね、よく食べる白石さんで」

「いや? いっぱい食べる子好きだよ?」


 うわ、鳥肌たった。

 さらさら口にできる感じ。

 誰にでもそう言うこと言えるんだ。


「ふぅ〜」


 秋吉くんが大きく息を吐いて、身体から力を抜くように背もたれに体を預けていた。

 彼のこんなに脱力した姿を見るのははじめてだった。


「あの、いつまでここに?」

「俺も何か食べようかな」

「ここで?」

「そうだけど? それ貸して」


 秋吉くんはテーブル備え付けのタブレットを指差した。

 手渡すと、会社の資料を眺めるような表情で選び始めた。


 なにこれ。

 なんの時間?



「食ったー!」


 ファミレスを出て秋吉くんは満足気にお腹をさすっていた。


「あ、あの! 秋吉くん、ちょっと」


 私が何故、財布を手に慌てているかと言うと、秋吉くんが私の分まで払ってくれたからだった。

 さらっと会計の伝票を手に立ち上がり、スムーズにタッチ決済をしていた。


「お金! 返します」

「いいよ。今も仕事も迷惑かけちゃったし」


 迷惑はかけられたけど、奢られるほどでもない。

 そもそも、そういう関係値でもない。


「貸し借りとか、嫌なので」

「じゃあ、今度奢ってよ」

「今度はないので無理です」

「じゃあ、迷惑料引いて1000円ね」

「いや、ちゃんと」

「お堅いなぁ」


 カチンときたので、ちゃんと一円まできっちり返金した。



「あの......なんでついてくるんですか」


 秋吉くんは何故かずっとついてくる。

 家まで送るよとかそういうムーブだろうか。

 よくないよくない。

 人に家を知られるのはよくない。


「俺も同じ方向なもので」

「そうですか」


 特に会話もなく2人で並んで歩いていると同じようなタイミングで秋吉くんが鍵を取り出した。


 チャリ。


 あれ? これはもしかして。

「白石さんさ、もしかしてあれに住んでる?」


同じマンション......。


「はい」

「偶然すぎるね」


 引っ越そうかな。


 オートロックの入り口を通り、エレベーターに乗った。


「何階?」


 絶対教えない。


「俺は、4階」

「え......」


 4階にエレベーターが止まり、4階で降りると秋吉くんがにやにやとこちらを見た。


「まさか、俺の家に遊びに来たいとか?」


 最悪だ。


「はじめ、まして。お隣さんです......」


 不本意なご挨拶に先程までおちゃらけていた秋吉くんが鍵を落とした。


「は?」


 部屋の入り口の部屋番号のプレートの下にAkiyoshiが見えた。


 私は秋吉くんの返答を待たずに自分の部屋の鍵を開けてバタバタと中へとびこんだ。

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