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相羽中学校で、授業の終了を告げるチャイムが鳴ってまもなく、そのとき二年三組で教えていた、歳のいった穏やかな印象の男性教師が、そばにいた玲香のさらに近くまで行って、声をかけた。
「高山さん、ありがとね、校内新聞の記事。先生たち、『よくぞ書いてくれた』って、みんな感激してたよ」
「え……」
玲香はなぜか固まった後、はっとして勢いよく振り返ると、その視線の先にいた真が、ニヤーと意地の悪さ全開の笑みを浮かべた。
「違うんです、先生。あれは……」
廊下へ出かかっていた教師をそう言って追いかけようとした玲香のもとに、真がやってきて、通せんぼをするように立ちふさがった。
「いいって、いいって。わざわざ訂正しなくても」
そして、実に偉そうな態度で、こう付け加えて離れていった。
「まあ、次こそ本当に褒められる素晴らしい記事を自分で書けるように、せいぜい頑張りたまえよ」
真は、生徒が読んで面白いと感じる記事は断念する結果になるものの、いつもガミガミ自分を叱る玲香に一泡吹かせられることに気づき、それはそれで面白いと考えて、修司の案を採用したのだった。
「クーッ!」
腹が立ちながらも何も言い返せず、イライラ顔になる玲香であった。
そのまま真は、自身の三組の教室を後にし、陽気にスキップをして、一組のほうにやってきた。
「やっほー、大場くん」
見つけた修司に、笑顔で近寄った。
「あんがとー。きみがしてくれたアドバイスのおかげで、ほんとに先生に感謝されちゃったよ」
「いやいや、記事はすべて伊藤くんが書いたんじゃん。一行も執筆してないんだから、僕のおかげでもなんでもないよ」
修司は、謙虚な姿勢ではあるけれども、真が喜ぶことに貢献できて自分も嬉しいといった表情を見せた。
「いやいやいやいや。先生がどれくらい忙しいか、詳しいデータまで教えてくれたじゃんか。調べる手間も省けたし、大助かりだよ。お礼に、何かおごるよ。そんなに高いもんは無理だけど、何がいい?」
「……それなら、図々しいけど、おごってもらう代わりに、別のお願いを聞いてもらっていいかな?」
「え? なに?」
「ちょっと真面目な話になっちゃうけれど、いい?」
「ああ」
わずかに躊躇したが、真はうなずいた。
「あのとき話した通り、先生たちが多忙なのは、上からいじめのアンケートを求められたりする膨大な事務作業や、他の国ではやらない部活の指導までしているのが主な原因で、改善しようという動きもあるけれど、まだ全然物足りないんだ。偉い人たちが本気で対策を講じないんだよ。また言うけど、先生が楽になれば生徒にもプラスだし、だから教育委員会あたりにもっと負担軽減をするよう求める、署名活動をやろうかと思ってて、それに協力してもらえないかな? 実際に署名を頼むのは僕がやるから、伊藤くんはそばにいてくれるだけでいいんだ。一人よりも二人いるほうが変に見られにくくて、名前を書いてくれる人も多くなるんじゃないかと思うからさ」
困るお願いではなかった真は、ほっとして訊いた。
「まあ、それくらいだったらやるのは全然構わないよ。でも、効果あるのか? 署名活動って」
「正直言えば、直接的にはほとんどないだろうけど、伊藤くんが口にしていた通り、校内新聞をまったく読まない人もたくさんいて、つまりあの記事の内容を知らないままの生徒もけっこういるはずだから、署名活動をやることで、うちの学校の先生と生徒の関係が多少は良くなるといった影響はあるよ、きっと。ただ、あまり大々的にやると、『先生に気に入られようとしているのか?』みたいな反感を買うおそれがあるから、『保健委員の活動の一環でやってます』くらいのスタンスで、それなりの数の署名が集まったらやめるつもり。他の保健委員の人に頼んでもいいんだけど、みんな嫌がるかもしれないし、伊藤くんも、やりたくないなら無理にとはもちろん言わないよ?」
「いいよ、やるよ。俺ってこう見えて、義理堅い、すげー善い奴なんだぜ」
真はふざけて気取ったポーズをとった。
「ありがとう」
修司は満面の笑みを浮かべたのだった。




