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独裁者  作者: 柿井優嬉


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 武秀中で一緒の学級だった修司と傑のクラスメイトに、鹿島英樹という男子がいた。彼は強くて怖そうな不良っぽい印象でありながら、同じタイプに絡むことはなく、おとなしかったりと明らかに力が劣る同級生ばかりに嫌がらせをする、典型的な弱い者いじめを行う生徒であった。

 力のないコたちは皆、とても陰湿な英樹のいじめに苦しめられていたのだが、そのなかの一人になるのは確実なはずの傑はどうしてだか何もされず、それどころかとても優しく振る舞われた。きっとそれは、傑の家が相当に裕福で、彼の親は社会的な地位が高いために、標的にしてはまずいと考えたか、もしくは、傑に気に入られることで何かしらの利益を得たかったからだろうと傑はにらんでいる。ともかく、弱いコで唯一恵まれた立場だったことで、傑はいじめられている生徒たちに無視されるなど冷たい扱いを受け、孤立した状態になった。

 修司はというと、いじめの対象にはなっていなかった。彼は元々軟弱な印象はなかったけれども、家族のことがあって、いつも殺気立った雰囲気だったのが決定的な要因かもしれない。とはいえ、もし一対一でケンカするとなったら、英樹のほうが圧勝するというイメージを、二人を知る誰もが抱いたに違いない。にもかかわらず、あるとき、結人が死んで修司の中に何かが起きたのであろう、彼はいじめられているコたちを助けるかたちで英樹を殴った。

 その出来事は、おそらく修司がそうなるよう狙ったわけではなく、教師たちにすぐに伝わった。英樹は、大勢の同級生をいじめていたのが公になるよりはましと踏んだのだろう、修司に嫌がらせをしてやり返されたという話に持っていって、大人たちを納得させ、以後はいじめを一切行わなくなったのだった。

 いじめに遭っていた生徒たちのヒーローとなった修司は、彼らに対して、傑は英樹に取り入るなど悪さをしていたのではないのだから優しくしてあげてほしいと言い、傑もつらい状況から解放されることになった。

 傑の親は我が子に甘く、望めばお金をいくらでもくれたりと何でもしてくれる人なので、その気になれば英樹のいじめもどうにかできたが、親の力を利用するのが嫌で、普通子どもが親にお願いする程度以上には頼ったことはなかった。しかし、恩人である修司のためならと、傑はこう口にした。

「きみは見返りなんて求めてはいないだろうけれど、きみのためにできることなら、僕は何でもするよ」

 それで修司は、暴力の件は正当防衛となったのだし武秀中に留まることもできたが、もう母の望んだ私立の学校に居続ける気はなかったし、もっと問題を起こすかもしれないと思ったのか母も公立に転校させる判断を下したようなので、傑に自分の適した行き場所を探してほしいと言ったのだった。

 傑は親に頼み、何人もの優秀な探偵を雇って、修司が住んでいる地域を中心に、通っている生徒や勤務している教師の経歴や人物像など、公立の中学校に関する情報を徹底的に調べた。

「それで、うちの学校に?」

 真が浩子に訊いた。

「うん。集まった大量のデータの中に、大場くんにとって非常に興味深いものがあった。小学生のときに児童会長をやって周囲の人々からの評価が高かったのが、なぜか中学に進んだ途端に問題児に近いくらいの振る舞いをするようになった男子生徒がいて、それはどうやら比較されて悪く見られがちな姉を思ってのようだという……。そうしてうちに移ってからも、久慈くんは大場くんにたくさん手を貸していたんだって。例えば、リコールの際にやけに先生たちが理解を示したのも、それまでに保健委員での見事な働きぶりや教師の負担軽減を求める署名活動といった大場くん自身の行動によって信頼を得ていたのもあるけれど、探偵に調査させて何人かの先生の弱みを握って、大場くんがやることを積極的に支持するようにさせるとかね」

「伊藤くん」

 修司が声を発した。

「いいものを見せてもらったよ。きみは素晴らしい。お姉さん思いが本物かをこの目で確かめるのと同時に、結人兄さんを助けられなかった、それどころかいなければいいとさえ思ってしまった、どうしようもない僕を、きみに裁いてほしくて、この学校にやってきたんだ。だから、きみのお姉さんを苦しめた。なのに、そんな僕にまで寛容的な態度で。まったく、バカな僕なんかとは本当に大違いだ」

 真は、少し考えてから言葉を返した。

「いや、もし恵ちゃんがきみのお兄さんのように亡くなったりしたら、俺だって耐えられなくて暴力的なことだってやったよ。もういいから、あんまり自分を責めるなよ」

 修司も若干の間の後、またしゃべった。

「ありがとう」

 そして立ち上がり、真に近寄った。

「最後に握手をしてくれないかい?」

 目の前に出された修司の右手を、真はしっかりと握った。

 ……最後?

 真は修司の言葉のその箇所に疑問がわいた。

「ありがとう」

 再びお礼を口にした修司は突如、後ろに向かって走りだした。部屋の窓を勢いよく開けると、なんとそこから躊躇することなく飛び降りた。

「え!」

 あっという間の出来事で、固まったようになってしまった真だったが、我に返ると、その窓のところまで急いで行った。

「大場!」

 窓の外を見下ろして叫んだ。

 !

 真下の地面に、走り高跳びで使うような分厚いマットが敷いてあって、麻奈と萌美と玲香と隆也が周りでフォローしており、修司はそこに落ちたために無事だった。ただ、気を失っているようだ。

「よかった」

 真の後から来た浩子が、ほっとした顔でつぶやいた。

「久慈くんが、おそらく大場くんは自殺するつもりだって教えてくれたの。だから、助けてあげてほしいって。他の手段を使う可能性もあったけど、お兄さんと同じ落下という選択をする確率が高いんじゃないかと思って、あのマットを用意したんだ」

 真は驚きの表情で彼女を見つめた。

「そして、久慈くんが言っていたのは、自殺を決行するのはきっと今日だって。なぜなら今日は、結人さんの命日らしいから」



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