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独裁者  作者: 柿井優嬉


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「大場くんの両親、というか母親だけれど、家のことは妻に任せっきりだった父親も彼女のやりたいようにすべてさせていたみたいだから一緒らしい。ともかく、母は良い言葉を使えば教育熱心で、大場くんを含む我が子三人に、有無を言わさず中学受験と、そのための過酷な勉強を強いたんだ」

 傑が浩子にそう話を始めた。

 ——大場くんの二人の兄弟はともに兄で、猛という名の上のほうは、母が望んだ通りの偏差値が高い学校に進学できた。しかし、下のお兄さんの結人さんは、受けたどこにも合格できなかったんだ。

 結人さんはそもそも勉強が得意ではなかったし、運動や人付き合いなども苦手だった。ただ、すごく優しくて、兄弟のなかで一番親思いでもあったそうだよ。一方の猛は、基本的に自分勝手な性格で、親に対して悪態をついてばかり。だというのに、その入試の結果で母は、猛は褒め称えて温かく接し、結人さんには冷たい態度で、罵ることも珍しくなかったんだってさ。ひどい話だよね。

 中学受験に乗り気じゃなかった大場くんに、母親は「頑張らないと、下のお兄ちゃんみたいになっちゃうよ」と何度も口にしたらしい。「なにが、下のお兄ちゃんみたいになっちゃうよだ。ふざけやがって」と、彼は静かに、それでいて大きな怒りがあるとわかる声で、言っていたよ。

 結人さんは、中学は必然的に公立の学校に行き、偏差値は高くないところだけれど合格した高校にもしばらくは通っていた。だが、幼い頃から同級生らにいじめやひどい扱いを受けていたみたいで、その影響もあるのだろう、引きこもるようになった。不登校となったことで、親戚や知り合いの大人たちから、親不孝者というとても厳しい眼で見られるようにもなったんだ。大場くんはそれに対しては、「結人兄さんは、一般的な尺度で言うと『冴えない駄目な奴』だったかもしれない。でも、それが何だっていうんだ。いったい兄さんが何をしたっていうんだ。うまくできないことが他人より多いというだけで散々悪く言われて、精神のバランスを崩して社会にいられなくなったのに、そのせいでまたいじめられて」と憤っていたよ。

 周囲からつらい思いをさせられまくって、ずっと苦しんでいたというのに、「こんなろくでもない人間が兄でごめんよ」と結人さんは彼に謝ったそうだよ。「兄さんは本当に優しい人なんだ」って、大場くんは語っていた。きみたちの学校で、彼が他の生徒たちにした親切な行いは、支持者をつくるためであったけれど、モデルは結人さんで、お兄さんの力を証明する目的もあったんだよ。結人さんは人並み以上の素晴らしさがあるのに、テストの点数や運動能力といった表面的なものによるイメージで低く見られていたんだ、とも大場くんは話していた。

 あるとき、結人さんは自分の部屋から出てきて、両親に迷惑をかけたことを謝罪し、心を入れ替えると述べたそうだ。そして、変わる第一歩として、かなりの標高の山に登ると告げ、実行した。その登山で、結人さんは落下して亡くなってしまったんだ。記録上は、足を滑らせたことが原因の事故死となっている。しかし、本当は自殺だったと大場くんは判断しているんだ。登山に挑戦すると明言したときの結人さんは、すごく吹っ切れた表情をしていたらしいよ。「いくら大変な登山に成功したとしても、それで人間がどう変わるっていうんだ。兄さんは怠けていたわけじゃなく、真面目にやっていたけれどうまくできなかったっていうのに。命を絶つことによって、もう周りの人たちに迷惑をかけるのを終わらせられると考えていたから、あんな晴れ晴れとした顔をしていたんだ」というのが理由だ。「親もおそらくそのことに気づいていた。なのに葬式のとき、さすがに露骨ではなかったものの、やっと重荷がなくなってよかったという表情をしていやがった。本当にクソヤローが」と吐き捨てるように言っていたよ——。

 すると、そこで現在の修司が口を開いた。

「でも、人のことは言えない。結人兄さんと一緒の小学校に通っているとき、『お前、あの駄目な兄貴の弟か』とよくからかわれて、『嫌だな。あんな兄がいなけりゃ、こんな目に遭わないのに』って思ってしまったんだ。兄さんは、いつも、どんなときでも、僕に優しくしてくれていたのに。兄さん……兄さん……ごめんよ」

 彼は視線をさまよわせ、とても苦しそうな表情になっている。

「伊藤くん、きみは立派だよ。愚かな僕とは大違いだ。うちの兄さんほどではなくても、周囲に悪く扱われているきょうだいに対して、疎ましく思ったりせず、優しくして、立ててもあげて」

「どうしてそれを……」

 真はつぶやいた。

「それはね」

 浩子が再び説明を始めた。



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