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独裁者  作者: 柿井優嬉


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「なあ、真、元気出せよ」

「ああ」

 一日の授業が終わって、学校から帰る道を、真とクラスメイトの男子が、並んで歩いている。

「気持ちはわかるけどさ」

「うん……」

 真は冴えない表情で生返事だ。彼は、恵が生徒会執行部を追われてからというもの、ずっと暗い雰囲気がつきまとっているのである。そこまではっきり落ち込んでいるわけではないものの、仲が良い生徒たちは全員が、互いに確認などせずとも、ヘコんでいるのは明らかだと感じている。

「お前って、シスコンだったのか?」

「違うよ」

 以前ならおどけた返しをしたであろう問いかけにも変わらない。友人の少年は軽く息を吐いた。

「じゃあな」

 進む先が別の地点になり、彼は言った。

「おう」

 真は軽く手を振って応じ、二人は別れた。

 そして真は自宅に到着し、玄関を上がって少し行くと、恵が通りかかって鉢合わせの格好になった。

 気まずそうに真が去りかけると、恵が呼び止めた。

「真」

 彼はビクッとなって、顔を向けた。

「ちょっと話そうか?」

「え……うん」

 そうして、きょうだいはリビングに移動した。

「ごめんね、気を遣わせちゃって」

 恵が、明るめの表情で、そう会話を始めた。

「いや、気を遣ってなんかないけど……大丈夫なの?」

 生徒会長を辞することになってから、恵は家でもやはり暗かったのである。

「うん。もうだいぶ時間が経ったから、落ち着いた」

「そう、よかった」

 とはいっても、真はまだ安心しきった感じにはなっていない。

 そこでちょっと間があってから、恵はまた口を開いた。

「わかってただろうけど、私、真に嫉妬してたんだ」

 真は黙っている。彼女の言葉の通り、察知していた様子だ。

「真は人見知りせず愛嬌があるのに、私はすごい引っ込み思案で、『あらー、お姉さんなのにね』みたいによく言われて。それに、勉強も運動も真はできるのに、私はたいしたことなかったし」

「そんな、言うほど差はなかったでしょ」

「その私たちの優劣が決定的になったのが、真が児童会長に就任して、大活躍したことでだよ」

 以前に浩子が麻奈に対して話したように、真は小学生のときに児童会長をやったのである。

「あれは、児童会の役員に立候補する生徒はいたけど、副会長とかばかりで会長は希望者がいなくて、先生から『児童会長をやってくれない?』って誘われて困ってる人を目にして、普通やるのは六年なのに五年生で、加えて性格的にも、俺がなったらみんなびっくりして面白いんじゃないかと思って名乗りをあげただけなんだ。それに一個、あの運動会のアイデアを思いついていたのもあってさ」

 運動会は、楽しいイメージが強い一方で、運動が苦手な子どもにはとてもつらい行事かもしれない。しかし、世の中は競争でできていると言っていいくらいの環境なのだから、負ける経験も大事であり、一昔前のゆとり教育のもとで批判された、順位をつけないとか、そこまでいかなくても徒競走で一緒に走るメンバーを前もって計測したタイムが近いコたちにするといった配慮も、良くないという考えがある。

 児童会長になった真はそれに対し、〈いくら社会に競争はつきものといっても、それは本人が望んだ分野や事柄での話であるはずだ〉〈もちろん希望しない仕事に就かざるを得ず、そこで競わなきゃならない人などもいるが、望まないなかでもどれをやるか程度の選択する余地はあるだろう〉〈例えば政府が国民を賢くしようと、全員にIQテストを課して順位を公表したら、みんな、なんでそんな比較をされなきゃならないんだと文句を言うのは目に見えている〉〈だから、その人がやりたいことでは思いきり競争させればよい。それは本人も望むところであろう〉〈そもそも運動が苦手なコにとって運動会は、負けること以上に自分の冴えない姿を大勢の人にさらされる羽目になるのが苦痛に違いなく、問題が大きいので見直しは絶対に必要だ〉として、生徒が出場したい種目だけに出られるようにする改革を行った。

 より具体的にいうと、運動会はクラスやグループによる対抗戦の要素があるので、すべての種目に各学級の誰かしらが出場しなければならず、運動が不得意な児童が、長距離走など人気がなくて一人も立候補しないためにジャンケンで決めたりした結果、嫌なうえに悲惨な状態になる種目に出ざるを得ないといったケースがあったが、真はクラスやグループによる競い合いは団体種目のみでも可能なはずと考え、個人種目は述べたように出場したい人だけがやるかたちにしたのだ。そうすると、人気の種目の参加者は大勢で、不人気のものはわずかな人数しかいない事態に至るおそれがあるけれども、それでも別に構わないと明言して、実行したのである。また、運動が苦手なコはまったく出場しなくなってしまう懸念もあるが、団体種目とダンスは従来通り基本全員参加とすることで大丈夫と判断したのだった。

 この変更は、運動が苦手なコのみならず、得意なコは制限なくいくつもの種目に出場できて喜ばしいゆえ、多くの生徒に歓迎された。

 しかも、進め方も強引ではなく、丁寧に説明を行ったりしたので、先生や親たちの受けも良かったのである。

「みんなからあんなにも評価されて、浮かれていいはずなのに、その以前よりもっと『姉なのに駄目』と見られるようになった私のことを気遣ってくれて、中学校に入ったら問題児扱いされるほどおちゃらけてさ」

「いや、俺、ふざけるのが好きなだけだよ。別に恵ちゃんに気を遣ってそう振る舞ってたわけじゃない」

「そこで、感謝しつつ、『私は私。周りがどう見ようと関係ない』ってなればいいものを、『今が挽回のしどきだ』みたいに考えて、成績を上げるために勉強を必死でやって、真が児童会長だったから自分は生徒会長に立候補してさ。そんなふうに体裁ばかり気にして、肩書とか欲しがって、くだらないよね。ようやくそう思えたんだ。解職されて、むしろよかったかもしれない」

「そう……」

「だから、もう平気だから、これからは私のことは気にしないで、本当に好きに思い通りやってよ。ね? お願い」

 ちょっとの間の後、真は返事をした。

「わかった。でも、どうしようかな。結果的にはよかったにしても、あのリコールは釈然としないところがあるし、恐怖政治って状態になっている、今の大場の生徒会での態度も問題だと思うんだけど、あいつをやっつけるようなことをするのは、なんか違う気がするんだ。……とにかく、うん、恵ちゃんのためだとか仇だみたいな意識はしないで、俺のやりたいようにするよ」

 恵は笑みを浮かべた。

「ありがとう。真、ほんとあんたは最高の弟だよ」


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