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翌日、学校の廊下で、麻奈は萌美に話した。
「私、やっぱり大場にガツンと言ってやるよ。同情する部分があるとしても、だから何でも好き勝手やっていい理由にはならない。あいつの振る舞いは許せないから、ストップさせるために」
「え、でも……」
「大丈夫、前原が教えてくれた脅しの件はもちろん口にしない。リコールはおかしいって文句を言うだけ」
「そう」
萌美は少し安心した。
「でさ、前原と、あの話を聞いた全員に、文句を言いにいくことを伝えてきてくれる? 私だと、それを大場が目にした場合、前原が脅したことを口外したって気づくかもしれないから」
「わかった」
そして萌美は、隆也、玲香、浩子の順に、麻奈が修司に、隆也については一切触れず、リコールの件で不満をぶつけるつもりであると報告した。その際、そんなことをして大丈夫なのか萌美も心配ではあるものの、麻奈は父親が警察官だから危険は回避できるだろう点も伝えたのだった。
「私も一緒に行く」
四組の教室にいる麻奈が修司のもとへ向かおうというときに、浩子が近寄ってきてそう述べた。
「いいよ、私だけで」
麻奈は自分はともかく他の人は危ない目にさらしたくないという気持ちから拒んだが、浩子はなおも同行する意思を示した。
「行きたいの。私も恵ちゃんのことであのリコールは許せないって話したでしょ」
「……わかった」
すると、別のクラスである萌美、それに玲香もやってきた。
「もちろん私も行くよ。だって麻奈が心配だもん。同時に、麻奈にどうされるかわからない大場もね」
冗談交じりに萌美が言い、玲香が続いた。
「私も。前原くんを苦しめて許せないし、一人でも多いほうが、分散されるじゃないけど、危険がちょっとでも減る感じがするし」
麻奈は彼女たちの思いを受けとめた。
「よし、じゃあ、みんなで行こう。ただし、文句を言うのは私がやるから。その座は渡さないよ」
「うん」
三人はほぼ同時に返事をしたのであった。
修司が廊下を歩いている。
「いた」
その声とともに、麻奈たち四人が彼の前に立ちはだかった。
「あれ? お揃いで、僕に何か用ですか?」
余裕の表情で、修司は問いかけた。
「ああ、そうだよ。リコールなんてくだらないことをやめさせにきたんだ」
麻奈が強気な態度で答えた。
「あらら、僕がリコールのための行動を開始してからかなり経つというのに、まだそんなことを言うんですね。残念でした。署名が必要なぶん集まったので、今、提出にいくところです」
修司は手にしている紙の束をかざした。
「ほら、これですよ」
麻奈は気にせずにまた言葉を発した。
「私、あんたが前に通っていた、武秀中学校に行ってきたよ。そこで、あんたのことをよく知っている男のコから話を聞いた。いろいろつらい思いをしてきたみたいね。その男子も同情してたよ。だけど、それとリコールは別。憂さ晴らしなのか、どういうつもりかはわからないけど、うちの生徒会役員たちをいじめて何になるの? 今からでも遅くはない。考え直しな」
修司はムッとした顔つきになった。
「無理だよ。言ったでしょ、必要な数に到達したんだって。これだけの署名、してくれた人も集めてくれた人も大勢いるんだ。なのに、今さら撤回するなんてできるわけがない。それから、他人のプライベートを詮索するなんて、そっちのほうがタチが悪いんじゃないのかな?」
「とにかく、やめろ! 私、いや、私たちは、許さないからね!」
そう叫ぶように言い放った麻奈は修司をにらみ、浩子ら三人の女子も彼に向ける視線を鋭くした。
少しの間の後、萌美が最初に目にしたときのような、悪い雰囲気を存分に漂わせて、修司は再び口を開いた。
「これだから、女ってのは嫌だよ。自分たちは常に被害者で、批判するほうでしかないって思ってるんだから。自分たちにも良くない点があるって具合に、女が反省しているところなんか見たことない。差別をする強者として、男になにかというと文句を言うけれど、そういう力のあるタイプの男を自分たちこそが好きで支持しているし、弱い男を思いやったり助けたりしないくせに。性というカテゴリーでは確かに弱者かもしれないよ。でも国や人種といった枠組みでは日本人というので恵まれていて、弱い立場の国や民族の人たちのことだって、やっぱり女に対する男の態度と変わらず思いやったりなんてほとんどしない。しかも、実際に会社で出世させてもらえないといった不利益を被ったならともかく、ただ弱者の立場の女で自分があるってだけで大威張りでさ」
「自分がママにいじめられたのか知らないけど、女をひとまとめに悪く言うな。それに、今はリコールが問題だって話をしているんだよ」
麻奈がそう返した。
修司は、フンと鼻で強く息を吐いて、続けた。
「だったら、リコールについて言おう。どうも、僕がみんなをそそのかして、インチキなことをやろうとしてるって考えているようだけど、本当に今の生徒会執行部は一般の生徒のために仕事をしていたのか? 彼らだけじゃなく、指導する教師や学校もだが、努力はしてたなんてのじゃ話にならない。無理にやらされているのじゃなく、自ら進んでその立場になったはずだ。だからこそ、政治家だって、きちんとやるべきことができていなければ、選挙で落選したりリコールをされたりすることで、辞めさせられるように決められている。この国の若者の異常な数の不登校や自殺を踏まえれば、たとえ未熟な未成年だろうが学生だろうが、苦しんでいる者をサポートする役割である以上、生半可な気持ちでやってもらっては困るんだよ。それを生徒にも、教師たち大人にも、しっかり認識してもらおうとして今回のリコールを始めたのだけれど、そんなにおかしなことなのか?」
「それなら、今の言葉をまんま役員や先生たちに口にすればよかったじゃないか。リコールを行うのは、その後でも遅くはないだろう。役員たちが不登校や自殺でもしたら、どう責任を取るんだよ?」
またも麻奈が言い返した。
「僕はちゃんと段階を踏んだんだけどな。募金をなぜこの学校の経済的に困っている生徒のためにやらないのか、何度も訊いたし、質問状まで送付した……フッ、まあ、いいや。とにかく、この署名は提出する。それはやめないよ」
すると、修司は大声を出した。
「おーい! みんな、ちょっと!」
呼びかけたほうにいた、修司に協力的な生徒たちが近づいてきた。全員で十人弱といったところだ。
「この署名、必要数に達したから、今から出しにいくんだ。一緒に行かない?」
いつもの優しい雰囲気の彼に戻って尋ねた。
「本当? やったね」
「もちろん行くよ!」
やってきた生徒たちは笑顔で応じた。
「じゃあ、行こう」
単純な人数に加え、男子が何人もいて、麻奈たち女子四人が力ずくでそれを阻止するのは確実に無理である。
修司は四人に不敵な笑みを見せ、協力的な生徒たちとともにその場から去っていったのだった。
そして——。
「リコールは成立しました」
暗い表情で学校の廊下を歩く恵。その先に真が立っている。
「恵ちゃん……」
真の姿は瞳に映ったものの、うつむいて、恵は黙って彼の横を通り過ぎた。
真は、離れていく恵の後ろ姿をただ見つめることしかできなかったのだった。




