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独裁者  作者: 柿井優嬉


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「もしリコールが成立したら、新たな生徒会役員、特に会長は、誰がやることになるんですかね?」

「大場くんでしょ。他のメンバーはわからないけど。現職のコたちは再度の立候補をするだけの気力はなくなってると思うし、別で手を挙げるコも浮かばないから、大場くんが会長になるのは間違いないんじゃない?」

「そんなのありなんですか? リコールを主導した人間が、その座に就くなんて。完全に乗っ取りじゃないですか」

「ねえ」

「他人事みたいな受け答えをしないでくださいよ、自分の教え子たちのことだっていうのに」

 男性教師の小沢勲が、口を尖らせた。場所は彼が勤務している相羽中学校の職員室。相手は女性教師の井口早紀である。勲は三十歳になったばかりで、早紀のほうが年上なのだが、二人はともに三十代だ。ただ、精神年齢は二十歳以上離れているのではと思えるくらい、早紀はしっかりしていて、勲は頼りない印象がある。

「そう言われても。しょうがないじゃない、リコールは認めるって職員会議で決まっちゃったんだから」

「ほんと、河埜先生たち、何なんですかね? 確かに大場は立派ですよ。簡単な決まり事すら守れないコが多いなかで、あの歳で保健委員の仕事をあそこまで主体的にできるなんて。それに、教師を思いやって、負担軽減を求める署名をやるなんて、話に聞いたことさえない。だから、まずいことにはならないどころか、本当に他の生徒たちに良い学習の機会を与える結果となるかもしれないですよ。とはいえ、今までそんなじゃなかったのに、『大場たち生徒を信じて、やることを見守ろう』って、あんなに強く主張しちゃって。それに、普通こういう場合、年齢や立場が上の先生のほうが保守的な対応をとろうとするものじゃないですか?」

「だからこそ、若手の私たちは折れるしかなかったもんね。きっと、リコールの理由が、役員の問題行動なんかじゃなくて、生徒会でありながら生徒のための活動が不十分ってことだから、抑え込もうとしたら、『執行部がきちんと仕事をするように指導を行うべき、教師たちは何をやっていたんだ』だとか、火の粉が飛んできかねないっていう考えがあったんだよ」

「とにかく、心配ですよ。生徒会役員は当然のことながら、大場以外の署名を集めている生徒たちも。見ました? まるでカルト宗教に洗脳された信者ですよ。どうなっちゃうんですかね? うちの学校」

 勲は大きくため息をついた。

「はいはい、悪く考え過ぎない。いじめや非行の対処のほうが大変だよ。真剣なのはいいけれど、深刻にならないで、肩の力を抜いてね」

「はあい」


 勲は、一人で住んでいるアパートの部屋に帰ってくると、留守電に母親からメッセージが入っているのに気がついた。いつも連絡をよこす際に使うのは電話で、彼が出ないときは、用件は口にせず、かけたことだけを吹き込んでくるのである。なので、ほとんどは会話をしたいだけで用などないのだが、折り返しの電話をせねばならない。といっても、しないこともけっこうあるけれども。

「またー」

 そうつぶやくと、わずらわしかったが、この日は家に着いたのが比較的早い時間だったので、電話をすることにした。

「もしもし」

「勲? 大丈夫なの?」

「だから、もう平気だって。何回も電話かけてくるなよ」

「だって、心配じゃない」

 彼の母は心配性な性格で、何もなくても無事かどうかとよく電話をしてくるのだけれど、勲が少し前に急性腸炎になってしまったことで、連絡してくる回数がさらに増えたのだった。数日で治ったものの、胃腸の病気になるのはストレスがたまっているからではないか、そうでなくとも教員は激務だと聞くし、というわけだ。確かに教師の日常はハードであり、彼の母ならずとも不安を覚えるのは妥当と言える。しかし、もう三十歳で母親からしょっちゅう電話をかけてこられるのは、誰にもそのことを教えないので知られるはずはないとはいえ、みっともない感情がつきまとうのだ。

「意地悪な親御さんとかいるんでしょ?」

「いるけど、良くしてくれる人もいっぱいいるよ」

「他の先生は? 困ったら相談に乗ってくれたりするの?」

「ああ。ほんとに頼れる、井口さんって、ちょっとだけ歳が上の女の先生がいてさ。表面上は少しそっけないんだけど、教育への情熱は俺なんか太刀打ちできないレベルなんだよ。すごく善い人」

「あら。その人、結婚は?」

「駄目駄目。未婚だけど、俺、年上好みじゃないから」

「そんな、ちょっとだったらいいじゃないの。忙しくて、他に出会いがなかなかなさそうだしさ」

「いいよ、気にしないで。今はそういう気分じゃないけど、結婚願望はあるから。あんまり言われると、逆にする気なくすよ」

「わかった。とにかく、体には気をつけるのよ」

「はいはい、じゃあね」

 電話を切ると、勲は床に寝転んだ。

「ったく」

 仕事が忙しいのに、掃除が好きじゃないことも相まって、散らかっているし、ホコリがかぶっているところもある、部屋の中に意識が向き、結婚してたらなと思ったが、すぐに考え直して、独り言を口にした。

「妻は家政婦じゃないぞ、俺」



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