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「あれー? じゃあ、悪い人じゃないのかな?」
帰りの道を歩きながら、萌美がしゃべった。
「あの、車を運転してて、降りてきたのが母親だと思うけど、すごく優しいって印象で、教育ママって感じじゃ全然なかったのにな。あの人は、母親に叱られでもして、機嫌が悪かっただけってことなんだろうか? でも、それにしても後部座席での表情は、悪魔みたいな強烈な恐ろしさだったんだけど」
萌美はそこで、隣で歩を進める麻奈が暗い顔で、彼女の言っていることが耳に入っていない状態なのに気がついた。
「麻奈、どうかした?」
「え? ……別に」
「なに、具合が悪くなったりしたの?」
「ううん、大丈夫」
その返答の割に、力のない雰囲気は変わらない。
「そう……」
萌美は、男子生徒に話を聞いた直後、修司の人柄が思っていたのとは違ったためにしたのに続き、またしても首をひねったのだった。
自宅に着いた麻奈は、家に上がるとすぐに、少し離れた位置にいる彼女の母親と目が合った。
何が腹立たしいのか、不愉快なことが別にあったのかもしれないが、その母は彼女ににらむような表情を見せ、一言も発さずに立ち去っていった。
麻奈は自身の部屋に入ると、ベッドに横になった。
——麻奈ちゃんのお母さんは優しそうでいいよね——。
過去にクラスメイトが口にした言葉だ。別のコも同じように捉えている様子だったし、他人にはそう見えるんだろうなと思った。
麻奈は、母親との関係に悩んでいた。
例えば子どもが悪いことをすれば、親はそれを自覚させるために怒って当然だろう。愛情があるからこその行為だ。また、人間だから機嫌が悪いときがあるのもわかる。しかし彼女の母親は、道徳的に悪い行いでなくても、麻奈が自分の思い通りにしないと、ほぼ常に怒りを向けるのである。そのなかでも、恥をかかされたと感じた場合の不満が特に大きいようだ。授業参観でちょっとでもみっともない振る舞いをしようものなら、帰宅後に激しく罵るのだった。
あの母にとって、我が子はペット感覚なのだろうと麻奈は思う。お手やお座りなどを毎回きちんと言う通りにやり、周りから「すごいね」「偉いね」と褒められて、己の鼻が高くなれるような子がいいのだ。
そして自分にとっての母は、姑みたいなもの。もちろん彼女は結婚をしておらず、実際のところはわからないけれども、姑と一緒に暮らすとこういう感じなんじゃないかと思うのである。居心地が悪く、負のエネルギーをぶつけられやしまいかずっと意識して、心が休まらない。とはいえ実の母だから、何かやられたときは遠慮なく反撃もするが、世間体を気にして外面が良い母にそういう態度をとると、いつも反抗的な悪い娘と見なされ、母のほうがかわいそうと思われてしまうのだ。
ただ、暴力を振るわれているわけでも、育児放棄をされているわけでもない。世の中にはもっとひどい親のもとで苦しんでいる子どもなんてごまんといる。毎日ご飯を用意してもらって、経済的に何不自由なく生活させてもらって、自分は幸せなんだ、と何度も思おうとした。
でも駄目だった。
こっちの希望通りになんかほとんどしてくれたことないのに、自分は散々理想を押しつけて——。
そんなに私のやることが気に入らないなら、どんなふうに成長するかわからないんだから子どもを産んだりしないで、自分の言うことを聞いてくれるコをどこかで探してきて我が子になってもらえばよかったんだ——。
こういった考えが勝ってしまうのだ。
母親が教育ママって人で——。
つらい思いをいっぱいしてきた——。
それなのに、弱いコたちのために——。
麻奈はぎゅっと目をつぶった。
朝、一緒に登校している麻奈が、前の日の武秀中からの帰りのときと変わらず、気がふさいだ状態なのが明らかなのを、萌美は心配しながらも、訳を問い詰めるようなことはしなかった。
学校に到着すると、そんな早い時間から、廊下で生徒会役員のリコール署名を呼びかける生徒たちの姿が見られた。
教室が近づいてくると、それまではゆっくりめだった、麻奈の歩くスピードが急に速くなった。
「ま、麻奈。どうしたの?」
麻奈は返事をせずに、そのまま本人のクラスである四組の教室に入っていき、すでに自身の席にいた浩子に言った。
「ごめん、浩子。私、大場をやっつけられない。ごめん!」
打ちのめされたような態度で頭を下げる麻奈を、浩子がどうしたらいいのかわからないで黙って見つめるなか、ドアのところにいる萌美はつぶやいた。
「麻奈……」




