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浩子は、教室で授業を受けながら考えていた。
そうだ。絶対に大丈夫、失職になんてならない。恵ちゃんは真面目に仕事をしてきたんだから——。
恵は、生徒会が役員のみの活動の場とならないように、日頃からもだが、行事の際は必ずアンケートを行うなど、一般の生徒に意見を求め、耳を傾けるようにしていた。先生など大人には相談しづらいこともあるだろうからと、「役に立てる保証はないですが、悩みや困り事があれば、ぜひ生徒会室に足を運んでください」と呼びかけているし、それでもなおやってこない生徒もいるに違いないと、休み時間に暗い顔をしているコはいないか見回ったりまでしているのである。これ見よがしといったふうにはやっていないので、生徒会に無関心な生徒には格別働いている印象はおそらくないけれども、救われたコもいることを浩子は知っている。
——つまり、募金はしていなくても、ちゃんとうちの学校の生徒みんな、特に弱い立場のコたちのために、頑張っているのであって、あのリコールは不当でしかないし、それをわかっている人はいっぱいいる。リコールというものを面白がって、賛成に回る生徒はいるかもしれないけれど、引きずり降ろされてしまう役員のことを思えば、先生たちが黙って許容するはずもない。
だから大丈夫!
そう思い、嫌な予感がして不安を完全には消せないものの、彼女は少し冷静さを取り戻したのだった。
「え? うちのクラスでは、そんな説明されてないけど」
萌美が言った。相手はいつも通り親友の麻奈で、休み時間に廊下で、二人はしゃべっている。
「この後、話すのかもよ」
そう返した麻奈に、萌美は訊いた。
「で、どういう内容だったの?」
「まず、当然だけど真剣にやっていることを大場に確認している。それから、リコールは地方自治体で行われているきちんとした制度であって、学校で実施するのは良い勉強になる。あと、対象が一人だと負荷が大きいから、生徒会役員全員をまとめて、解職されるべきか問うようにする、ってな具合」
「ふーん。でも……」
萌美は納得できないといった表情である。
「ね」
麻奈はうなずいた。
「もっともらしく説明してたけど、もしリコールを起こしたのが大場以外だったら、先生たち認めてないよ。ただ、いくらこれまで保健委員の働きぶりなんかで信用させたにしても、誰が見ても問題があるという振る舞いじゃなかった生徒会役員たちを考慮すれば、あいつでも通常は無理なはず。多分、根回しみたいなこともしたんだと思うよ。その通りだったら、想像以上に恐ろしい奴だね」
「しかも、先生たちにとどまらず、か」
二人の視線の先で、数人の生徒が熱心な態度で「生徒会役員のリコールの署名をお願いしまーす」と呼びかけている。そこに修司はいないので、命令するといった、力ずくでやらせているのではないことは明らかだ。
「だけど、意外だったな。事件の話もあったし、てっきり暴力的な人かと思ってたのに、知能犯って感じ」
萌美がつぶやいた。
「とはいえ、本性を現しつつあるのかもよ。悪党のさ」
「うん。本当に生徒会役員が良くなかったとしても、いきなりリコールなんて、成立しなくてもかわいそうだもん。役員のコが気に入らないのか、学校を混乱させたいのか、どういうつもりか知らないけど、悪意は絶対にあるでしょ」
すると、「ねえ、なに、『どうして?』って。悪いのっ?」という強い口調の声が聞こえてきた。
麻奈と萌美が目を向けると、署名を求めていた女子生徒の一人が、すごい剣幕で浩子に詰め寄っている。
「ごめんなさい」
浩子は謝ったが、その相手の女子は責め続けた。
「いいかげんな気持ちじゃなくて、ちゃんと考えてやってるのに。なんか『自分は賢くて、言うことは絶対に正しいんです』みたいな顔してさ。あんたのそういうとこ、ムカつくんだよ!」
そうして怒りをぶちまけて、離れていった。
萌美と顔を見合わせてから、麻奈はうなだれている浩子に近づいた。
「浩子、大丈夫?」
麻奈と浩子はクラスメイトであり、友達と言っていい間柄だ。
「うん……」
うなずいたものの、まったく大丈夫そうではない。
それを見て、麻奈は浩子を抱えるようにして、二人が籍を置いているクラスである四組の教室の、彼女の席まで連れていった。萌美もついてきている。
少しして、ようやくちょっと落ち着いて、浩子は口を開いた。
「三組の真……伊藤くんと、一緒の小学校だったんだけど、私は五年生のときに転校してきたんだ。初めての転校で、すごくナーバスになっていたのを、親切にしてくれたのが、家が近くて顔を合わせる機会が多かったのもあるんだけど、伊藤くんと、お姉さんの恵ちゃんだったの。特に恵ちゃんは、今でこそ生徒会長で頼もしさがあるけれど、当時は伊藤くんが児童会長をやったり、明るく目立つ一方で、『真くんと違って、お姉さんはおとなしいのね』みたいに周囲から比べられて悪く評価されることが多くて、自分が晴れやかな精神状態じゃなかったのに、私にすごく優しくしてくれて。そんな恵ちゃんが、頑張ってやっと花が開いたって感じだったのに、あんな目に遭うなんて……」
うつむいて再び大きく肩を落とした浩子に対して、麻奈が告げた。
「わかった。私がリコールの阻止に導いてあげる。大場の思い通りになんてさせないから、任せて」




