勇者の狙い
聖女アイリ視点のお話になります。
聖女アイリside
私達は今王宮で先代の勇者メルト様の仲間である賢者メアリ様から話を聞いている。勇者と魔王の呪い、そんな恐ろしい呪いがあったなんて知らなかった。そして今私は安心している。陛下が魔王を倒したことで呪いが解け、ライルが次の魔王にならないということが分かったから。
私はライルと同じ村出身で同い年で家が隣の幼馴染。小さい頃からずっと一緒にいたわ。だから彼に恋をするのは必然だった。このまま二人でこの村でずっと一緒に暮らしていけたらと思っていた矢先に成人の儀でライルが勇者、私が聖女の加護を受けてしまった。
そこから王都での生活が始まって半年後には魔王を倒す旅が始まった。私は目まぐるしく変わる環境に適応できなかったのに、ライルは王都での半年間でものすごい成長を遂げ、旅でも魔物と戦闘があったり野宿なんかもあったりして大変だったのに彼は何ともない顔で過ごしていてその凄さに尊敬した。
でも旅が始まって一カ月ぐらいだったと思う。彼の態度が変わり始めたのは。
「あの、すみませんメアリ様。ライルの態度が変わったのってメアリ様と出会ってからなのでしょうか?」
「聖女アイリよ、先ほども言ったがそう急くな。まずは英雄の加護の説明じゃ。英雄の加護はな、ある条件がないと発現しないようになっておる。その条件というのが『勇者が勝負に負けそうになる時』なのじゃ。勝負に負けるというのは真剣勝負でないとダメじゃが、生死は問われない。基本的に勇者は魔王よりも強い力を持っているため負けるということがない。じゃから過去に英雄の加護が発現するというのがほとんどないのじゃ。それを聞いたライルはどうしたと思う?」
「今のお話で分かりました。ライルの態度が変わったのはメアリ様から英雄の加護の発現条件を聞いたからなのですね」
「そういうことじゃ。ではなぜライルはあのような傲慢で傍若無人な態度を取っていたか分かるか?」
そこが分からない。英雄の加護を発現させるだけなら真剣勝負して負けるくらいに陛下を鍛えれば問題ないはず。
「まあ分からんじゃろうて。答えは英雄の加護の力にある。英雄の加護を受けた者は必ずその時代の頂点に君臨することができる。そして英雄と結婚した者は漏れなく幸せになることができるのじゃ。先ほど言った勇者と魔王の呪いで迫害を受けるという運命すらも断ち切ることができるほどにな。つまり!勇者一行のメンバーが呪いの運命から逃れられるように、自分が嫌われることによってエド英雄王と結婚させることが目的でライルはあのような態度を取ったのじゃ!」
「じゃあお金を贅沢に使っていたのは……」
「それは生活に困窮している者を助けるために使っておったのじゃよ」
「じゃあ高級娼館に通っていたのは……」
「娼館にはな、色々な情報が集まるのじゃよ。つまり情報収集が目的じゃ」
「じゃああたし達を襲ったというのは……」
「嫌われるためにやったことじゃ。ちなみに襲っとらんし、服を脱がせたのはわしじゃ」
「じゃあ闇の組織と取引していたというのは……」
「剣聖ミカの妹を救うためと組織壊滅のために潜入していただけじゃ」
私は膝から崩れ落ちた。ライルのあの態度がわざとだったということが分かったから。本当に悪人になってしまったと思うこともあった。信じたかったけど信じられなくなる瞬間もあった。よかった……、諦めずに信じ続けることができて。
「そっか、あたし達はライルさんの掌で踊らされてたってことだったんですね……」
「でも待って!アイリはエドとは結婚してない!もしかしたら呪いを受ける可能性があるんじゃ……」
ナナもへなへなと座り込んでしまい、ミカは私の心配をしてくれている。
「剣聖ミカよ、安心するがよい!先ほども言ったようにエド英雄王が魔王を倒したことで呪い自体が消滅しておる。それもライルの作戦のひとつなんじゃよ、ホッホッホ!」
ミカがホッと一息つき、私はライルが本当に色々考えていたことに驚かされる。
「陛下が魔王を倒すというのもライルが考えたことなんですか?」
「そうじゃ、魔王を倒すには聖剣さえあれば別に勇者じゃなくてもいい。じゃからライルはいじめに見せかけて勇者の聖なる力をエド英雄王に送っていたんじゃよ。最初は少ししか送ることができなかったんじゃが徐々に送れる量が増えていったみたいでのお。最終的に聖なる力を自分のものにしたエド英雄王が聖剣に選ばれたんじゃ」
賢者メアリ様は話したくて仕方なかったんだろうな。ものすごい機嫌がいい。
「しかもいい誤算があってのお。エド英雄王に力を送り過ぎたせいで一時的にじゃがライルは弱体化してしまったのじゃ。それで英雄の加護が発現することにもなった。魔王との決戦の直前に英雄の加護の発現と聖剣に選ばれるという幸運を得ることができてライルは相当喜んでおったのお」
これで今まで点と点だったものが線となってつながった。私達は魔王を倒してからもう10年近くなってようやく真実に辿り着いたけど、その真実を見せないように短時間で幾重にも作戦を練ったライルは本当にすごい。
「メアリ様、全て納得がいきました。お話してくださりありがとうござました。私、今すぐにでもライルに会いたいという思いでいっぱいです。彼がどこにいるかご存じですか?」
「すまぬがそれは本人から絶対に言わないでほしいと言われとる。自分たちで探して見つける分には構わぬが、わしからそなたたちにライルの居場所を教えるつもりはない。ただな、じきに分かる。じゃから安心するがいい」
そう言ってメアリ様は帰っていった。
その後、陛下は「ライルを捜索して見つけるように」という王命を出した。各地でライルの捜索が行われ、私は見つかることを期待したが3カ月経っても見つからなかった。
そしてその頃にメアリ様が亡くなられた。突然の訃報だった。陛下が先代勇者の仲間だということを発表して盛大に弔らわれた。ちょうどメアリ様が亡くなられてからナナの様子がおかしくなった。頭を抱えフラフラと覚束ない足取りで心配になったので聖女の力で彼女の治療を行っていた。ナナの不調は2週間ほど続き、彼女はずっとうなされていた。
ナナが元気を取り戻すと私達を集めて話し始めた。
「エド様、あたしは今ようやく賢者となることができました」
「どういうことなんだいナナ。しかも呼び名もダーリンからエド様なんてよそよそしいよ」
「それはあたしが賢者としての自覚がなかったので今後はエド様と呼ばせていただくことをお許しください。先日メアリ様が亡くなられたあと、『賢者の石』というものがあたしの体の中に入ってきたのです。賢者の石は過去の賢者達が学んだり身につけた知識や技術が詰まった言わば図書館のようなものです。メアリ様が亡くなられてあたしがそれを引き継いだようです」
ナナはどちらかというと軽い感じというかちょっと子供っぽいなという印象が強かったが、今のナナは凛々しく知的なオーラを纏っている。
「その賢者の石の知識量は膨大で一番古いもので1万年ほど前のもので最近だとメアリ様の得た知識が残されていました。そこにライルさんの居場所も記録されていました」
なるほど、メアリ様が去り際に仰ってた「じきに分かる」というのはこういうことだったわけね。
「ナナ、ライルはどこにいるの?教えてもらえるかしら?」
「はい、ライルさんは今この世界の果てにある無人島で一人暮らしをしています。ここからそこまで船などで乗り継いで行くことは不可能な場所です」
「そんな船でも行けないような場所にどうやってライルは行けたの?」
「どうやらメアリ様は今はなき転移魔法を復活させようと研究していたみたいで、その際に作り出した転移石をライルさんに渡したようですね。メアリ様の家に行けば転移石が手に入るかもしれませんね」
「ありがとうナナ。陛下、私はこれからライルに会いに行きます。おそらくもうここには戻ってこないと思います。そして聖女の加護も捨てる覚悟です。これまでお世話になりました」
陛下は黙って頷き、私は深くお辞儀をして王宮を離れた。そしてメアリ様の住んでいた小屋まで足を運んだ。「勝手に入ることをお許しください」と言って小屋の中に入り、転移石を探す。メアリ様が研究をしていたと思われる部屋の机の上に木箱と封筒が置いてあった。
私はその封筒を手に取るとそこには「聖女アイリへ」と書かれていたので中身を取り出してそこに書かれていた文字に目を通した。
『聖女アイリへ この手紙を読んでいるということは賢者の石が無事賢者ナナに引き継がれたということであろう。ライルはな、今自分が次の魔王になってしまうのではないかと不安な中で生きておる。せっかく呪いを解いたのに、自分が暗黒面に堕ちれば元に戻ってしまうと考えておる。じゃからあいつの心の支えになってやってくれ。あやつは中々に頑固でわしが何度真実を話してそなたらと一緒に暮らせと言っても聞かんかった。その木箱の中にあやつの元に行ける転移石が入っておる。その転移石はあやつのいる場所に必ず行けるから逃げ出しても追いかけることができる。絶対にあやつを手放すでないぞ。最後にひとつ、聖女は純潔でないと能力が失われるという話は嘘じゃからな。迷わずアプローチせよ!』
ライルはメアリ様と出会ってから呪いから逃れるために独りで戦ってきた。そして今もライルは自分自身と戦っている。自分を犠牲にしてまでみんなの幸せを考えてくれた彼を支えたい。私は木箱から転移石を取り出して彼のところまで転移した。
どうやらライルのいる無人島に着いたみたい。周りを見渡すと煙が空へと昇っていくのが見える。あそこに小屋でもあるのでしょうね。私はそこまで足を進めて立ち止まる。目の前にはエドと戦い、街の人に連れ去られてから会うことのなかった愛しい人が農作業をしていた。
「ライル!」
私は駆け出して彼の胸に飛び込んだ。
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