勇者と魔王の呪い
賢者ナナ視点のお話になります。
「賢者」ナナside
「陛下はあの魔王を倒す旅で感じた違和感はありませんでしたか?」
あたしはアイリさんのこの言葉で王都でみんなと出会ってから旅の終わりまでのことを振り返る。違和感かあ……。あたしは旅についていくのに必死だったから違和感なんて何もなかったなあ。
ダーリンの顔を見るとダーリンもあの旅のことを思い出しているみたい。
「その言い方だとアイリさんは違和感があったということなんですよね?あたしはもうあの旅はみんなについていくのに必死だったからそういうの感じたことがないかもです。」
「そうね、私もナナと一緒だわ。あ、でも一つだけあるわ。エド達とあのクズ勇者と戦った時のことだけど、あのクズ勇者全然力が出てなかったように感じたの」
あー、確かにそうだ。あの時クズさんの攻撃をミカさんはあっさりどころか簡単に吹き飛ばしていたなあ。それにあたしの炎弾も普通なら全部魔法障壁で止められるはずなのに4発目くらいで破れてたなあ。
「確かに。あたしもあの炎弾簡単に当たるとは思ってなかったです」
「なるほど、そう言われればそうだね。ということはアイリにはそういう違和感がたくさんあるということなのかい?」
「はい陛下。私はライルと同じ村でずっと一緒にいました。だからライルに違和感があることはたくさんありました。一番初めに感じたのはライルの傲慢な態度です。村でいた時はずっと一緒にいましたけど、あんな態度一度だって見せたことはありませんでした。私には何か無理にそういう態度を取っているように見えていました」
これは幼馴染でないと分からない部分だね。でも確かに訓練の時は見下したり傲慢な態度だったってことはなかったな。
「他にもたくさんありますが、一番大きい疑問はミカ、ナナ、シノブが本当にライルに襲われたのかという点です」
「アイリ!さすがにそれは違和感でもなんでもないよ!私は起きたら裸だったんだから!仮に襲われてなかったとしても服を脱がしている時点で襲ったという行為には変わりない!」
たしかミカさんは妹のベラさんが誘拐された時にクズさんにお酒を勧められて酔った勢いで襲われたんだっけ。
あたしは四天王の二人目を倒した時、祝勝会でお酒をたくさん飲まされて、急に眠くなっちゃって朝起きたらミカさん同様裸でクズさんの部屋で寝ていたんだよね。起きた時はクズさんはいなかったけど服を着て部屋を出るときにクズさんが戻ってきて聞いたんだ。
「あの、ライルさん。あたし昨日ライルさんと寝たんですか?」
「なんだ、お前もミカと同じかよ!昨日あんだけ俺を求めてたじゃないか!お前相当スケベだな!また相手してやるからな!」
クズさんと寝たことが確定した瞬間はすっごい落ち込んだなあ……。あたしまだ誰ともそういうことしたことなかったんだよ!それをあんなクズさんに奪われるなんて涙が止まらなかった。
それをミカさんとダーリンが一生懸命励ましてくれて元気になったんだ。ミカさんがダーリンの良さを必死にアピールしてて仲の良い二人を見てあたしもダーリンと付き合いたいって思っちゃったんだよね!
「そうですよアイリさん!あたしだって起きたら裸だったんですよ!脱がせたのは変わりないんですからやっぱり犯罪ですよ!」
「シノブも同じ手口だと聞いています。シノブ、そうですよね?」
「アイリ様の仰る通りです。わたくしの時もミカ様やナナ様と同じです。あのクズ野郎にまた相手してやるよとも言われました」
「不思議に思いませんか?記憶がなくなるまで酔わせて朝起きたら裸でいてライルは部屋にいない。また相手してやるって三人とも言われたはずです。なのにその後は一切三人に手を出していない」
うーん、言われてみれば同じ手口に引っかかってるのもおかしな話だなあ。普通なら警戒するよね。でも少なくともあたしの時は全く警戒していなかった。そんなのが2回も続いたらシノブさんも警戒するけどそうはならなかった。しかもシノブさん忍者だよ?誰よりもそういうのに敏感なはずなのになあ。
「それとこれは最近教会から公表されたお話ですが、私の聖女の能力は純潔でないと失われてしまいます。陛下にお話した時も陛下は驚いておられました。公表されるまで世間も知らなかった情報です。それなのにライルは私には手を出さなかった。もしかしたら私に魅力がなかったからというのはあるかもしれませんが……」
クズさんは高級娼館に通っていたくらいだからアイリさんに手を出してもおかしくはないよね。でもあのクズさんはアイリさんには手を出さなかった。力を失われることを知っていた?そしてあたし達三人は本当は手を出されていない?アイリさんのいうことを聞いていくうちにあたしはだんだん違和感というより疑問が出始めた。
「そしてさっきミカが言っていた陛下と私達でライルと戦った時です。あの時のライルは拍子抜けするくらいに弱かったです。しかもあんなに傲慢な態度だったにもかかわらず負けはあっさり認めるし、街人に連行されても何も抵抗せず暴力も受け入れていました」
アイリさんはダーリンの前で跪いた。
「私はライルが何かを隠しているのではないかと思うのです。それが何かは全く分かりません。ですからライルを探して真相を明らかにするために私に旅をする許可をいただけないでしょうか?」
「アイリ、あなた本気で言ってるの?あんな人間のクズを探しても意味ないよ!」
ミカさんがアイリさんに向かって問いかける。
「はい、これは私の自己満足でしかありません。見つからない可能性の方が高いと思います。ですがこのままではいけない気がしてならないのです。それにライルを探しながら世界を見てみたいというのもあります。こんな我儘な私をお許しください、陛下」
アイリさんは本気のようだ。
「謝ることはないよアイリ。幼馴染のライルのことが心配なんだよね。俺も戦争中にいなくなった彼が心配だ。だから見つかったら昔のことは気にすることはないから会いに来てくれって伝えておいて」
ダーリンはアイリさんに旅することを許可した。
「ちょっと待ってくださいアイリさん!あたし達は四人でダーリンを守るって誓ったじゃないですか!約束を破るんですか?」
「ナナ、その話なんだけど、あくまで陛下をお守りすると誓っただけで陛下と結婚するという意味ではないのよ。現に私は陛下に求婚されたときにお断りしたから独り身なのよ」
え?そんなの初めて聞いたよ?あたし達はてっきりダーリンと結ばれて家族になっていたと思ってた。
「そうなんだよ、ナナ。僕はアイリにプロポーズして振られたんだよ。好きな人がいるみたいなんだ」
「アイリ!あなたもしかして……」
「ミカ、それ以上は追及しないで。でもこれだけは言っておくわね。私は生まれてからこれまであの人への想いは変わっていないの。どれだけあの人がおかしくなっても私は信じているの。いや、信じたいの。それとね、変わっていくあの人に何もしてあげられなかった。それを謝りたいの。もしあの人に手を差し伸べていたら未来が変わっていたかもしれない」
そう言ってアイリさんは王都を出て旅立っていった。アイリさんは月に一度写真と一緒に手紙を送ってくれる。手紙の内容は旅の日常についての感想ばかりでクズさんについての情報が何か得られたというわけではないみたい。
あたし達も何もしないでいるのも悪い気がしたから王都内で情報を集めることにした。とは言ってももう10年近く前の話だ。何か情報を得られるとは思えなかったけど、一件情報を手に入れることができた。
王都から少しだけ離れた森に住んでいる老婆がクズさんのことを知っているということだった。あたしはアイリさんにその情報と共に王都へ戻ってくるように手紙を書いて送った。アイリさんが帰ってくるのを見計らって老婆を王宮へ招待することにした。
※
アイリさんが戻ってきて老婆が王宮へやってきた。老婆はみすぼらしい格好をしていたけど、何かあたしには感じるものがあった。
「わざわざ王宮まで足を運ばせてすまない。名を教えてくれないか?」
「おお、エド英雄王様。こんなババアに声をかけていただけるなんて光栄です。わしの名はメアリといいますじゃ」
ダーリンとメアリさんが雑談を始めた。あたしはメアリさんから感じる何かが気になってしまい、思わず口を挟んでしまう。
「ちょっといいですか。メアリさん、会っていきなりで申し訳ないんですけど、あたし何かメアリさんから不思議なものを感じるのです」
「おお、賢者のナナじゃな。そらそうだろうよ。同じ力を持つ者同士じゃからな」
「え?てことはメアリさんは賢者の加護とお持ちということですか?」
「そういうことじゃ。わしは先代の勇者の時の賢者じゃった」
すごい!そんな昔の賢者様がこの世にいるなんて!これは何か分かるかもしれない。
「メアリ様、私は聖女のアイリと申します。単刀直入に聞きます。当代の勇者ライルについて何かご存じではないでしょうか?」
メアリ様の顔つきが変わった。というより雰囲気が変わった。
「そうさのお、知っておるが本人から口止めをされておる。じゃから教えることはできんのじゃ、すまんのお」
「お願いします!今ライルがどうなっているのか教えてほしいんです!彼は何かを私達に隠している気がするんです!真実が知りたいんです!どうか教えていただけないでしょうか?」
メアリ様の眉がピクっと動いた。
「ほお、あやつのことについて何か感じ取っておるということか。あやつは完全に騙しきったと言っておったがのお」
ホッホッホと機嫌がよさそうに笑うメアリ様。さっき騙しきったと言っていたよね。それはどういうことだろう。
「ライルが騙していた?それはつまり俺たちを欺いていたということになる。ライルは何をしていたんだ?これは王命だ。ライルから口止めされているかもしれないが話してもらおうか」
「おお、うっかり口が滑ってしまったわい。王命か、王命なら仕方ないのお。だがこの話は勇者ライルのことにも繋がるがそれよりももっと重い話になる。それを受け止める覚悟はあるか?」
先ほどとは違ってピンと空気が張り詰める。皆話を聞く覚悟があるみたい。ていうかそこまで言われたら話を聞きたくて仕方がないよ!
「全員覚悟があるようじゃの。では話してやるとするか。その前にひとつ聞こう。お主達は魔王を倒した勇者のその後を知っておるかのお?」
あれ?言われてみれば魔王を倒したあとの勇者の話って聞いたことがない。あたし達が知っているのは勇者が魔王を倒すまでのお話ばかりだ。
「どうやら聞いたことがないようじゃのお。ではもうひとつ聞こう。先代の勇者は魔王を倒した後どうなったか知っておるか?」
「全然聞いたことがないわ。アイリとナナは聞いたことある?」
ミカさんが尋ねるけどアイリさんもあたしも首を横に振る。ダーリンもシノブさんも知らないみたい。
「なんじゃ分からんのか。情けないやつらじゃのう。ヒントをやろう。もう先代の勇者は生きておらん。とある英雄に倒されたからのお」
「ま、まさか……、そんな……。魔王が先代の勇者だというのか!?」
「大ヒント過ぎてしもうたのお。その通りじゃ。先代の勇者は英雄王、そなたが倒した魔王じゃ!」
あたしも含めて全員が絶句する。あの魔王が先代の勇者!?
「まあ驚くのも仕方あるまい。魔王を倒したあとの勇者はな、次の魔王になるのが運命づけられておるじゃ!」
「ということはライルは次の魔王になってしまうということなのですか、メアリ様!」
「聖女アイリよ安心しろ。魔王が死ぬとき何か言っていなかったか?」
あー、そういえば魔王が消える寸前に何か言ってたな。
「良いことを教えてやろう、自分が最後の魔王だと言っていた」
そうそう、そんなことを言っていた。さすがダーリン!よく覚えてるう!そのあと光の玉がたくさん空へ上がって行ったんだ。
「やはりな、あやつは気がついておったということじゃな」
「メアリ様、魔王が最後に言ったあと光の玉がたくさん空へ上がって行きました。あれは何だったんでしょうか?」
話は逸れるけど、あたしは気になったのでメアリ様に尋ねる。
「それはな、あそこに封印された勇者一行の魂なのじゃ。勇者と魔王の呪いが解けたことで魂が解放されたのじゃよ。おかげでわしの仲間の聖女と剣聖も天に昇っていけたじゃろうて」
「勇者と魔王の呪いとは一体何なのでしょうか?」
「これからその話をしてやろう。勇者の加護というのはな、魔王を倒すことのみを目的とした加護なのじゃ。じゃから勇者は魔王を倒したあとは用済みとなってしまう。邪魔者という扱いを受けることが運命づけられる。つまり迫害じゃな。世界のために働いたのに迫害を受ける。こんな理不尽あり得ないじゃろお?それで勇者は暗黒面に堕ちる。暗黒面に堕ちた勇者は魔王となって世界に復讐を始める。そしてまた新たな勇者が生まれ、魔王が倒されてまた勇者が魔王となる。これが勇者と魔王の呪いじゃ」
なんて悲しい話なんだろう。魔王を生み出すなんて自分たちで首を絞めているようなものだ。
「迫害を受けるのは勇者だけでない。勇者一行——つまり勇者の仲間であった者も迫害を受けることになる。勇者と一緒に暗黒面に堕ちる者もいれば殺されてしまう者もおる。その魂は魔王城にて封印され輪廻することすら許されない。地獄の呪いなのじゃよ」
ちょっといいですか?とミカさんがメアリ様に尋ねる。
「ではなぜメアリ様は迫害もされず、暗黒面にも堕ちることもなくこの場にいれるのですか?」
「それはな、先代の勇者——メルトというのじゃがな、メルトは勇者と魔王の呪いのことをどういうわけか知っておったのじゃよ。それをわしに教え、一緒に呪いに打ち克つ方法を探した。それで見つけたのがこのハーレの指輪じゃ。このハーレの指輪はな、運命を断ち切る能力を秘めておる。じゃからわしだけ迫害を受ける運命から逃れることができたわけよ」
なるほど、でもそれなら勇者メルトが指輪をつけていれば魔王になる運命から逃れられたんじゃ——
「賢者ナナよ、お主の言いたいことは分かる。ハーレの指輪はな、2つあったのじゃ。ひとつはメルトがつけてたのじゃが指輪が呪いに勝てずに割れてしまったんじゃよ。数十年はもったんじゃがな」
「賢者メアリよ、勇者と魔王の呪いのことは分かった。ではなぜ俺が魔王を倒したことで呪いが解けたのか、それとライルが俺たちをどう騙したのか教えてくれ」
「そう急かすな。まあ勇者と魔王の呪いについては分かったじゃろう。では次は英雄の加護とは何なのかについて教えてやろう」
メアリ様は英雄の加護について語り始めた。
お読みいただきありがとうございます。