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【ハイファンタジー 西洋・中世】

鏡よ、鏡

作者: 小雨川蛙

 

 主無き女騎士が巨大な鏡の前に立って問いかけた。

「鏡よ、鏡。裏切者は誰?」

 問いかけられた鏡は答えた。

『私めには分かりかねます』

 騎士は槍を構えて鏡に、映し出された自分の首に当てた。

「鏡よ、鏡。嘘つきは誰?」

 問いかけられた鏡は答えた。

『私めには分かりかねます』

 騎士の握る槍が微かに震え、その分だけ鏡にヒビが入る。

「鏡よ、鏡。愚か者は誰?」

 鏡に映る騎士の姿がゆらりと消えた。


 その奇妙な鏡が王に献上されたのは僅か一年前だった。

 他国を滅ぼしながら領土を拡大し続ける覇王に対し、自他国問わず多くの人間が我先にと媚びを売りにきたが、そんな星の数ほどある献上品の一つだったのだ。

「この鏡は悪魔が自身の魔力を捧げて造り上げた鏡でございます」

 鏡を運んできた商人がそう言うと王は興味を惹かれて問いかけた。

「魔力とはなんだ? 普通の鏡とはどう違う?」

「はい。即ち、この鏡は古今東西あらゆる問に対して真実を答えるのでございます」

 商人はそう言うと鏡に映る自分自身に向けて問いかけた。

「鏡よ、鏡。裏切者は誰だ?」

 そう言うと同時に鏡は王の隣に控えていた大臣の姿を映し出す。

 それを見た大臣は大いに動揺して聞かれもしていないのに「ふざけた品を!」などと叫んだ。

 王以外の誰もが動揺する中で映し出された大臣が口を開いた。

『私は王を裏切ろうとしています。自宅に密書があるのです』

「嘘だ! そんなものあるはずない!」

 騒ぎ出した大臣を尻目に王は近衛兵に命じて、暴れる大臣を連行していった。

 ざわめきが収まらない中で王は商人に告げた。

「あやつが私の首を狙っていたことは知っていた。しかし、証拠をつかみあぐねていたのだ」

「光栄にございます」

 商人は深々と頭を下げた。

「王とは敵が多いものでな。まして、私のような覇王であればことさらに」

 王は身を乗り出すと鏡の前に立って問いかける。

「鏡よ、鏡。お前は正直者か?」

 映し出された王自身が答えた。

『その通りでございます。人間は嘘をつきますが、私は決して嘘をつきません』

 王は満足げに笑うと別の問いを投げかける。

「鏡よ、鏡。この商人は信用して良いか?」

 戯れだと分かっている商人は上品に笑う。

 鏡は商人の姿と化して答えた。

『いいえ。私を高値で売りつけようとしています』

「これはこれは」

 顔を赤くする商人に王はにやりと笑って言った。

「どうやら本物らしい」

「申し訳ございません」

 謝罪する商人を尻目に王はさらに問いかける。

「こやつを生かしておく価値はあるか?」

 鏡は答えた。

『殺してもいいでしょう。害にはなりませんが益にもなりません』

 深まる王の笑みに対し、青くなった商人は慌てて口を開いたが、束の間のやり取りの後に首を刎ねられた。

「良いものを得た。褒めてやろう」

 転がる首に王は言った。


 それから王は何を成すにも鏡に問うようになった。

「人間でないからこそ信用出来る」

 事実、鏡は王に害意を抱くものを次々に告発していった。

 元より力で他国を侵略していった王には敵が多かったが、それらが大きな火種となる前に全て摘み取られていき、やがて王を害するだけの力を持つ者は居なくなった。

「恐れ多くも申し上げます」

 若き大臣が王に伝えた。

「あなた様の周りには最早敵意を持つ者はおりません。しかしながら、あなた様の周りに居る者は私を含めてあなた様に恐怖から従う者ばかりです」

「何が言いたい」

 王の問いに大臣は大玉の汗を流しながら答えた。

「恐怖で従う者は一つの切っ掛けで謀反を起こす……処刑された父の言葉です」

「諫言をするその勇気を称えよう。だからこそ学べ。恐怖に怯えた者は圧せられている限り何があろうとも裏切らない。お前のようにな」

 王はそう笑うと傍らに置かれた鏡に尋ねた。

「こやつは私に害意を抱くか?」

 鏡が若き大臣の姿を映し出し答えた。

『いいえ。あなた様が抑え続ける限り、私はあなた様に逆らいません』

「だろう?」

 若き大臣は言葉を失い、どうにか頷くばかりだった。


 覇王は強かった。

 魔力を持つ鏡を所有しながらもそれに傾向することなかったからだ。

 しかし、唯一つだけ選択を誤った。

 それは問いかけを全て『自分に対してのもの』としたこと。

 王に従う者達は彼に恐怖から平伏したが、平伏した者同士が皆同じ思いを持っていたわけではなかった。

 誰よりも早く王に媚びを売り生き抜こうと皆が必死となりそれが争いを生み、あらゆる勢力が等しく弱くなっていったのだ。

 その中には他の者よりもさらに媚びを売ろうとした王自身の兵や騎士も含まれた。

 そして、王が気づいた頃には自らを守る盾はあまりにも頼りないものと化しており、盾が脆くなった事に気づいた者達は恐怖から解放された。

 それでも覇王は強かった。

 ただ一人であっても王は王。

 しかし、一人は独り。


『この私だ』

 主無き騎士の問に映し出されたのは覇王だった。

「よく分かっているじゃない」

 冷たく言い放ち騎士は映し出された王の首を貫く。

 騎士にとっては一度では殺したりないくらいだった。

 砕けた鏡の中に居た覇王は苦悶の表情を映したまま消えた。

 それを見届けた騎士は踵を返す。

 すると初めて鏡から人へ問いが投げかけられた。

『騎士様。私めが完全に砕けるまであと少しだけ時間があります。もう質問はございませんか?』

 騎士は振り向かないまま尋ねた。

「人を狂わせて楽しめた?」

 背後から大笑いが聞こえた。

『はい。この上なく』

「良かったわね。この告げ口野郎」

 そう言って騎士は未だ戦火に包まれる故郷へと帰っていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  正しく悪魔の囁きですね。
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