表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

テッカバ!番外編「私を映画館に連れてって」

作者: 閂 九郎

この短編は「テッカバ!」のクリスマス番外編です。

もし知らない方でしたら先に本編を読んで置く事を強くお勧めします。

「……クリスマスですね」

「……クリスマスね」

 鉄火場の隅にある小粋なバー、「芽樽木めたるぎ屋」のカウンターで私と唄方くんは暗い顔で言った。

 私たちの背後では奈々子と無口なマスターが一緒に店の飾り付けをしている。海外からの客も多いからこういうのはしっかりやらなくてはならないそうだ。

「ジングルベル♪ ジングルベル♪ 鈴が鳴る、イェイ!」

「……」

 奈々子は楽しそうに定番のクリスマスソングに我流の合いの手を入れながら歌っている。奈々子がそうしながら押さえているピカピカしたモールの反対側を、頭にバンダナを巻いたマスターが黙って引っ張って壁に貼りつける。

 店はまだ準備中なので店内には私たち四人だけ。私たちはすっかりここの常連になって毎日のように来ているので、マスターには店の一員のような認識で見られているらしいく特別に入れてもらっている。

 はぁ。今年もやって来たか、十二月二十五日。全人類が二種類に分けられる日。

 すなわち、「恋人が居る奴」と「そうじゃない奴」。綺麗に引く事の出来る線。

 はぁ。私はもう一度溜息をつく。

 ――残念な事に私は後者だ。


 どうも、私たちの事を知らない人が居たら始めまして。黒御簾くろみす由佳ゆかです。

 さっきからダラダラ周りを描写しているのはこの私。現在大学一年生にして鉄火場てっかば賭博師ギャンブラーをしている。

 鉄火場? ギャンブラーって? ってなっている人の為に簡単に説明すると、鉄火場というのは様々な事件を扱う国家探偵組織で私たちはそこに所属の探偵って事。それ以上詳しく知りたければ「テッカバ!」本編の方を読んで欲しいな。これはあくまでクリスマス番外編だから。

 で、今「私たち」って言ったけどこの場に居る探偵は私だけではないんだ。今隣の席でうなだれている逆立った後ろ髪の唄方うたかた道行みちゆきと音外しまくりの歌を歌っている祐善ゆうぜん奈々子(ななこ)、この二人も同じギャンブラーだ。

 緊張感が無くて「絶対的な強運」を持つ唄方くんと、私と同じ大学生とは思えない幼い外見を持ちながら「科学オタク全開」の奈々子。どちらもかなりの変人だが一流の探偵だ。

 マスターに関しては特に説明する事が無いんだよね。あんまり喋らないし、本名も知らない。作る飲み物は確実に美味しいってくらい。

 さて、紹介はこれくらいで終わりにして本題に入りましょうか。


 クリスマスの前後は恋人の居ない者にとっておそらく一年で最も辛い時期だ。

 世間はカップルを呼び寄せる為にあちこちでハートやら星やらのイルミネーションで街中を彩るし、各種メディアは平気な顔で「クリスマスは恋人とデートする日」と決めつけて番組や記事を出す。

 どいつもこいつも浮かれやがって! クリスマスはキリスト様の誕生日だぞ! 何勘違いしてラブラブデーにしてるんだ!

 ハートのイルミネーションなんてするな! 十字架にしろ十字架に。

 こんな世間の風潮のせいで我々人類の一部は市民権が無いかのような扱いを受ける。嘘だと思うならクリスマスの夜に一人で繁華街に行ってみなさい。確実にすれ違う人全てが哀れむような目を向けてくれるから。

 今年こそ、今年こそは哀れむ視線を注ぐ側でいようと思ったのに……畜生!

 私の隣で唄方くんが具合悪そうにしているのもきっと同じ理由だろう。奈々子はまったくそう言う事に興味を示さないが、皮肉な事に奈々子に好意を寄せる者は多い。科学への情熱が無ければ確かにこの子は小動物系の可愛い女の子だもんな。

 私が傍に居る時だけで今週奈々子は四回もこのバーで初対面の男性からクリスマスの食事の誘いを受けたが、全て「ゴメンね」の一言で玉砕した。それもそのはず、彼女が今夢中なのは「カルボキシル基」だから。(人間で例えるとハリソン・フォードだそうだ)

 はぁ。どうしてだろう。今の時代黒髪ロングの女は流行らないのかしら?

「……元気が無さそうだな」

 装飾を終えたマスターが私と唄方くんに訊いてきた。ぶっきらぼうな口調の向こうに不器用な優しさが垣間見える。

「マスタぁぁぁ!」

 私は顔を上げて彼に泣き付く。

「もうマスターで良い! デートしてぇぇ」

「頼む身分なのに『で』とは生意気じゃありませんか? 黒御簾さん」

 唄方くんが口を挟んで来た。

 書き忘れていたが唄方くんは基本的にどんな相手にも敬語を使う、しかし多くの場合慇懃無礼と言う奴になるのだが。今回もそう。

「うるさいわね! あんただって彼女居ない癖に!」

「恋人の有無で人の価値が決まるなら俺は人間を辞めます」

 私と唄方くんの間に険悪なムードが漂う。自分達でも下らないいさかいだと分かっているけど、私たちが抱え込んだ府の感情はそれぐらい大きいぞ。

「……店があるからデートには付き合えないが、こういう物ならある」

 いつの間にかカウンターの内側に戻っていたマスターが間に入って何かを取り出した。映画のチケット、二人分だ。

 どうしてマスターがこんな物を?

「……先週新聞屋が置いて行った」

 ああ、よくあるわね。

 奈々子もカウンターにやって来て、三人でそのチケットを見つめる。最近テレビで盛んにCMをやっている恋愛物の邦画「世界の中心で今会いに行きます」の大人券二枚。

 もしかして私たちにくれるの? この映画大人気過ぎて前売り券も含めチケットが全国で売り切れまくってるって噂だけど。

「……ああ、やる。ただし見れば分かる通り――」

 マスターが言葉を切って二枚のチケットを指でヒラヒラとさせる。

「――ここにあるのは二枚だけだ」

 ――二枚だけ。

 この場に居るのは三人。つまり誰か一人が映画を見られない事になる。

 私たちは同時に唾を飲み込んだ。カウンターに緊張が走る。

 百人一首で句の一文字目が読まれる瞬間のような空気だった。お互い相手の出方を全身全霊で探り合う。

 そしてその沈黙を切り裂いたのは――

「ここは公平にジャンケンで決めませんか?」

 唄方くんだった。ギョッとして私と奈々子が彼を見る。……ジャンケン、だと?

 前にも少し触れたが唄方くんは異常に運が良い。どれくらいかと言うと、建物の五階から突き落とされても包丁で胸を刺されても死なないくらいだ。(あれ? 考えてみると両方私の仕業だ)

 大学の編入試験もマークシート式だった為適当に埋めるだけで満点を取ったらしい。そんな強運を持つ彼がジャンケンで負けるわけがない……つまりチケットが確実に一人分奪われる。

「だ、駄目よ! ジャンケンなんて子供っぽいじゃない!」

「そ、そうだよ! ここは公平にあみだくじとかで決めよう」

 私と奈々子が矢継ぎ早に言う。しかしあみだくじでも結局は同じだ。そこに運が関係する以上唄方くんは百パーセント勝つ。

 一般的な公平な決め方は、彼が混じると不公平な決め方になる。面倒な男だ。

「良いじゃないですか、ジャンケンで。ねえ? マスター」

 唄方くんがマスターに同意を求めると、彼はあっさり首を縦に振った。

「……ああ、それが簡単で良い」

 うぅ、所有権のある人が言うなら仕方ない。唄方くんの相手をするのは諦めて、奈々子に勝つことだけ考えよう。

 ポジティブに考えるのよ、私。唄方くんが確実に勝つと分かっているなら、奈々子にジャンケンで勝てば形上はデートになるじゃない! 勘違いのないように言っておくけど唄方くんとデートがしたい訳じゃない。一人寂しい奴と思われるのが嫌なだけ。

「負けないよ、ミッスン」

 以前から止めて欲しいと言っているあだ名で呼んでくる奈々子。動揺を誘う作戦か。

「ジャーンケーン――」

 三人で声を合わせる。

 手を出す一瞬で私はものすごい量の思考をした。グーの利点、パーの確実性、チョキの奇襲性――ジャンケンに関して自分が持っているありとあらゆる知識を持ち出して私が最終的に出したのは、グーだった。

「ポン!」

 出された手はグーが二つとチョキが一つ。

 ――これで映画に行ける者が決まった。




 薄暗くて広い室内。私はフカフカの座席に座って前方の大きなスクリーンを見ていた。

「……まさかこんな結末になるとは思わなかった」

 銀幕に映し出される美しい愛の物語の結末を見ながら私は呟く。

「本当。こんな事があるなんて……」

 私の隣の席でポップコーンをムシャムシャ食べていた人物――奈々子が相槌を打つ。

 映画には来たが内容はほとんど頭に入っていない。何故なら私たちにとってそれより遥かに興味深い出来事が起きたからだ。

「――本当、何でなんだろう?」

 映し出された「fin」の文字。結局主人公たちの名前さえ覚えていない。

 エンドロールが始まったが見ていても意味は無いと思い、私と奈々子は劇場を後にした。




「……」

「……こんな事もあるんだな、お前さんが運の勝負で負けるなんて」

「……」

 客が一人だけになった芽樽木屋。グラスを磨きながらマスターがカウンターに突っ伏している唄方に声をかける。返事は無い。

 さっきの勝負でグーを出した二人は由佳と奈々子。信じられない事に唄方はジャンケンに負けたのだ。

「……ジャンケン負けるなんて十年以上ぶりです」

 どんよりした顔を上げる唄方。かれこれ一時間以上この調子で目元には大きな隈が出来てしまっている。燃え尽きていた、真っ白な灰のように。

 そんな彼の前にマスターはやさしくグラスを置いた。

「今日は俺のおごりだ。好きだろ? オレンジジュース」

 太陽を思わせる明るい色の果汁を前に少しだけ生気が戻った様子の唄方。付いていたストローを使わず一気飲みする。

「……マスター。おかわり」

「あいよ」

 ボトルを取り出して唄方のグラスに注ぐ。そして自分の分のグラスも取り出すとブランデーを注いでカウンターへ。そしてポケットからは二つのクラッカー。

「派手にやっとくか? 探偵」

「ええ、やりましょう。ド派手に」

 二人はそれぞれクラッカー持つと元気よく紐を引っ張って叫んだ。

「メリークリスマス!」

 妙に寒々しくて乾いた破裂音だった。




          クリスマス番外編・終

馬鹿らしい話ですみません。番外編なので許して下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ