脳のブレーカー
退院が迫ってきたある日。俺は久々に自分の体が以前とは異なることを思い知らされた。
その日は、月に一度あるドクターの問診だ。
ドクターも俺もガンダムオタクだったから、問診は話題がそっちの方向へ脱線した。
だが、話がガンダムネタではずむ中、俺は突如として「喋れなくなった」のだ。
「・・・!?」
混乱の中、俺は必死に言葉だそうとするが喋れない。
思考の幅も何だか狭くなった気がする。俺の異変に気付いたドクターは
「ああー。興奮しちゃったね。そうなると一時的に失語になるから気をつけてね」
と、あっさり割と重要な話をここで初めてした。
(は、初耳なんすけど・・・。)
要は、損傷した俺の脳はキャパが減っているから、頭の回転は普通でも、ストレスとか感情の高ぶりですぐにキャパオーバーになって停止するということらしい。
根本を辿れば、疲れやすくなったのと同じ理由だろう。
同様に、キレやすくなったりもするらしい。
だが、幸いなことにこちらは症状が現れてない。
・・・多分ね。
と言いつつ、なんだか以前より、下らんことでイラつくようになったような?
案外、以前の自分がどんな人間だったのか、よく覚えていないものなのではないか。少なくとも自分は。
会話中に急にブレーカーが落ちる症状だが、一つだけいいことがあった。
それは仕事中。例えば会議中にクソババアが訳の分からん、本題から外れた超細かい話を延々とした時にがあったとしよう。さらにイラついて、我慢ができなくった俺が余計な「うるせえ。黙れババア」的発言をしそうになったとする。
そんな時には脳のブレーカーが勝手におちて、俺に「おだまり」と言ってくれるのだ。
おかげで俺は会社での立場を必要以上に悪化させずに済んでいる!
まさに安全装置じゃないか!
その日の午後。俺は、いつものように、許可をもらって1時間以内の散歩とランニングのために外出した。
軽いランニングから始めて、早々と自分の中のノルマを達成する。2キロほどだったと記憶している。
病院スタッフの目を盗んで、無断で勝手に走ってみた頃と比べると、大分スムーズに走れるようになっている。だが、油断すると足がもつれやすい。一度転倒すると、右手はアテにならないから、体をうまくかばえず、大怪我になりかねない。
だが、退院に向けて、少しでも体の機能を向上させようと努力する。
そう。いよいよ退院が近付いているのだ!!!
病院近くの公園にベンチがあり、そこに腰かけて休憩する。
自分以外に誰もいない。平日の昼間だから当然だ。皆働いているのだ。
もう少し病院でゆっくりしたい気持ちも多少はあった。
ドクターはもう少し入院しても構わないと言ってくれてはいる。
だが、行き届いたこの病院でも、所詮は制限付きの自由が与えられるだけ。
最初はあれほど感激した遊歩道やコンビニへの冒険も、今や退屈なルーチンワークと化している。
また働かなくてはいけないが、引き換えに自由な生活を取り戻すのだ!そのためにリハビリしてきたのだから!!
思いがけない人生の夏休みに終止符を打ち、いつものように週末への残日数を指折り数え、1時間1時間を耐える生活に戻るのだ。
馴染みになった公園を見回す。退院したなら、ここへやって来ることはもう無いだろう。
退院までの日は、割と圧倒言う間に消えていった。
正直、指を折って数えるような日々だと思っていたが、そんなことは無かった。
これはきっと、自分の中で十分と言える程、体の機能が回復しきっていないのに退院して社会復帰することへの不安やあせりがあったせいだ。
特に再び働けるか、という不安。
そう思えば、ゆりかごのような入院生活を続けたい。
だが、入院を続けることで引き換えに失う時間、金、機会もある。
そちらを考えてしまうと、1人で公園に居ることが、なんだか異世界に取り残されたように感じてくる。
こんな中途半端な気分でいるくらいなら、すぱっと退院してしまおうと俺は改めて決断する。
教訓:ドクターは聞かないと、肝心な情報を言ってくれないことがある。




