ついに現れた右腕の痛み!人類よ!これが拘縮だ!!だが、その原因に気付かない俺!いまここに、拘縮と痛みとの長い戦いが始まる!きっと介護士時代の悪行の数々への天罰だね!なら、仕方ないんじゃねーの?
入院生活は、トータルで2か月を過ぎ、転院してから1カ月が過ぎようとしていた。
1ヶ月目の節目に、再びテストが行われて、理学療法士による足回りのテストは満点だ。既に外出が可能。階段の登り降り、それに起伏のあるところの歩行もOKだ。
そしてなにより少しではあるが、走ることもできつつある。
だから、リハビリレベルで考えるならば、2か月目にして合格点なのだ。
言語聴覚のリハビリの方も良好だ。人によっては、体が動くようになっても、認知や見当識、それに感情に重大な障害が残るケースがある。しかも、身体と違って、トレーニングで回復することが難しい。
こちらで大きな障害が残らなかったのは、運が良かったのと、母親がさっさと救急搬送を手配してくれたおかげだったろう。
一方、作業療法士による、簡易上肢機能検査は未だに苦戦。
前回は僅か1点だったのが、1ヶ月後は30点代まで伸びた。
随分向上した方だろうが、未だに赤点レベルなのだ。
さらに、作業療法士に連れられて、1Fのシミュレーターで、車の運転のテストをした。
シミュレーターは、NECとホンダによる本格的なものだった。
20年前、俺が免許を取る時にもシミュレーターと呼称される機械はあった。
だが、その内装はちゃちなもので、画像もビデオを流すだけ。何の模擬にもなっておらず、今思い返しても、何の意味もなかった。
だが、今度の機械はしっかりしたものだ。
本物の座席が再現されており、大きなモニターに映されたCGは、俺の操作をキチンとフィードバックする。
俺は20年間の技術の進歩に感心していた。
テストは、足の方は相変らず良好。
ブレーキも、アクセルも問題無く踏み込めた。
だが、腕は苦戦し、戸惑った。
右腕が思ったより動かなかったのだ。
まず、ブレーキを踏んで、スタートボタンを押そうしたが、右手指はあらぬ方向へ泳ぎ、一発でボタンを押せなかった。
思った所を指す。これが出来ないのだ。
もどかしく、数度やり直してようやくエンジンスタート。
お次は、ウィンカーの操作に苦労する。
思い描いていた、イメージとは違う事態が起きたことで、俺は容易く動揺してしまう。
シミュレーションとは言え、乗り物に動揺して乗り込むのは事故の元だ。
さらに、ハンドルを右に切ろうとすると、右腕が痛みを発することが分かった。
だが、これは作業療法士達の折り込み済だったようだ。
彼等は、後で輪投げの輪っかをビニールテープで重ねたものを用意してくれた。
これをハンドルに見立て、痛みを起こさないように、ハンドルを切る練習をするのだ。
最悪、ハンドルスピナーという、片手でハンドルを回せる便利グッズもある、ということだった。
だが、彼等は身体面よりも、脳の動きに着目していた。
つまり、俺の認知能力は、危険を危険と認識し、シミュレーターの出す指示に従うことが出来るのか?
という点だ。
シミュレーターは、いささか理不尽な道路横断者を模擬してきたが、俺は何とか回避。
1回目は目的地である駅への標識を普通に見落としたが、2回目はOK。
作業療法士達の見解は、運転は大丈夫!だった!
これで、退院後も車が運転できる可能性が大きくなったのだ!
その晩、テスト結果に満足した俺は、いつものように21時の消灯に併せ、就寝していた。
普段の生活だったら、21時に寝るなどあり得ないし、まず眠れなかっただろう。
だが、入院中は21時にスムーズに入眠出来た。
これは一つには、体力が低下して、入院生活と3時間のリハビリだけでも、体にしっかりとした疲れが残るためだった。
前にも述べたが、俺は体力の低下に気付いていない。
そのために、退院後の仕事復帰で少々苦労することになる。
それと、俺には作業療法士に不思議がられたことが一つあった。
右腕に痛みが現れないのだ。
大抵の場合、亜脱臼や神経の混乱により、痛み止めが必要になる程の痛みが現れるらしい。
だが、俺には現れなかったのだ。この日まで。
俺は痛みが現れないことについて「人より運動してたおかげかな?さすが俺!」と、気楽に考えていた。
だが、その夜。歪んだ俺の右腕は、とうとう臨界点を超えるのだ。
眠ろうと、仰向けになる。
微かに、右の上腕から肩にかけて違和感があった。
布団をかけて、目を閉じるが、違和感は瞬く間に拡大。とうとう痛みとなったのだ。
「!!???」
俺は、不意に現れた痛みにハネ起きる。
「何?何で痛いの?」
起き上がると痛みは消えた、だが、そのままだと眠れないから、再び横になる。
すると直ぐに痛みがやってくる。
試しに右を向いてみる。
右腕が下になり、固定されたためか、痛みが消えた気がする。だが、右腕が圧迫されたような感じで、別の痛みを発している気がした。
そこで今度は、左を向いてみる。
「ひんぎやああああ!!!?」
何故だかは全然分からなかったが、左を向いたのは失敗だった。
左を向くと、ぶらぶらとした右腕が、そのまま体から抜けるんじゃないか?というほど激しい痛みを発した。
たまらずナースコールで当直の看護師を呼ぶが、彼女に出来ることは限られており、余程我慢できない痛みだったら、痛み止めを出すと言われただけだ。
俺は、何とか右横を向き、そこで姿勢を調整し、痛みがマシになる姿勢を探して、何とか眠った。
翌朝5時。
最悪の気分で目覚めた。右腕には鈍い痛み。
安眠できないのは辛すぎる。
種明かしすれば、痛みの原因は拘縮だ。
つまり、神経が通わなくなったことで、動かせなくなった右腕が固まり、歪み出した。その歪みが、痛みを生じるレベルにまで達したのだ。
だが、この時の俺には、原因も解決策も分からない。突然やって来た激痛に途方にくれるだけだった。
だから俺は、入院以来、初めて弱気になった。
これは、きっと何かの天罰だと思う。きっと介護士時代に悪の限りを尽くし、手抜きを極めた報いだろう。
:教訓 神経が通わないことで起きる拘縮は、ほぼ回避不能!それとゲス介護士には、いつか天罰が下る!




