グーパー、グーパー。あのね。パーができへんねん。右手の扱い方と単調な入院生活。何とか刺激を!そして、入院2か月目。右腕の爆弾起爆は、目の前にせまる!当人はそことを知る由も無かった!!
日々変化する体の状態を、細かく説明するのは、難しい。
やろうとしても、この話を読み難い物にするだけだろう。
だから、ここから先は語るべき内容を、なるべく取捨選択していこうと思う。
それでもなお右手の状態を、俺の拙い文章で、具体的にイメージして頂くのは難しい。
難しいが、書き進めてみようと思う。
とりあえず、発症後1ヶ月半のこの時期、親指、ひとさし指、中指が動くようになった。
ただし、動くことは動くのだが、曲げることは出来ても、意識して伸ばすことが出来ない。
なので、例えば箸を使うことは、まだ全然無理だ。
箸を一度、何かを挟むように動かしたが最後。そこから箸を開く方に、動かすことができない。
だから、ばね付きで自動的に開く、介護用の箸に頼ることになる。
これでも、右手で、まがりなりにも箸を使って食事ができるようになっただけ、大きな進歩だった。
つまるところ、今の俺は、一度右手で「グー」を作ったら、「パー」を作ることが出来ない状態だ。
普段の右手の指は、常にダランと曲がっている。
この状態では、特に顔を洗う時に気をつけねばならない。
どういうことかと言うと、指が常に曲がっていることを意識せずに、無防備に顔を洗おうとすると、セルフで目つぶしをすることになる。
割とデンジャラスだ。
作業療法士はその危険を説き、顔を洗う時は、手を重ねるようにアドバイスをくれた。
左手を上にして、手を重ねることで、曲がった右の手指から、顔を保護することができる。
とまあ、このように、身の回りで意識しなければいけないことが多い。
右手が不自由なことで、出来ないこと、制限があることだらけだ。
けれども、病院内はバリアフリー設計なために、自分の不自由さを、つい忘れてしまいそうになる。
これが厄介だ。
ついつい、左手だけを使って、楽に生活することが出来てしまう。
だが、これでは、リハビリ専門の病院に来た意味が無い。
だから、楽をしそうになる自分にブレーキをかける。日常の動作を一つ一つ、右手で行いつつ、できることを一つでも増やすことが大事だ。
発症前までは、なんでもなかった動作を、じれったい思いを抱えて、練習するのは、なかなかに根性が要る。
だが、ここで我慢して、努力しないと。
さもなくば、数か月後には、そこから先、一生後悔する日々が待っている。
とはいえ、悲壮感たっぷりに、深刻ぶっていたわけでもない。
リハビリ生活に楽しみを見出そうと、必死でもあった。
とりあえずコンビニには、毎日通った。これも実践形式のリハビリだ。
店に悪いと思いつつ、月曜にはジャンプを立ち読みする。
(当然ながら、「逃げ若」の内容は、1カ月以上進行していた。)
片手で立ち読みをするのは不可能だ。
右手で苦労してページをめくり、次に、めくったページを保持する。
ただでさえ、今の状態で紙一枚をめくるのは難易度の高い仕事だ。後半のページになると、より難しい。
(ちなみに、このコンビニにはサンデーが無かったので、「あおざくら」が読めなかった。)
立ち読みを終えると、ブラックサンダーかキットカット。それにチルドカップのコーヒーを買う。
大事なのは、支払いだ。
クレカを使えば、らくちんだ。
だが敢えて、クレカでは無く、現金決済。
左手で財布を保持し、右手で頑張って、小銭入れのファスナーを開閉する。そして、やはり苦労して小銭を取り出す。
じれったいが、無論、リハビリ目的だ。
俺が訪れる時は、時間帯的に他の客も少なく、店員さんも理解があった。
きっと、近くの病院から、多少体の不自由な人間が買い物にくることは、いつものことなのだろう。
外出は、1時間以内。出入りの際は、ナースステーションに申告がいる。
大抵の場合、愛想の良い看護士長が迎えてくれた。
さらに、母親に頼んで、教科書とノートPCを持って来てもらう。
リハビリの間に、資格の勉強をするためだ。
教科書をめくるのもリハビリになる。
(ちなみに、麻痺のためか、右手は熱っぽく、ややむくんでいた。)
さらにPCで、半年前に完結させた、処女作の修正と、次作を書き進める。
先生は、タイピングは最高のリハビリになると言ってくれた。
だが、最初はわずか5行を打ち込むのがやっとだった。
何度も言うが、右手の指は3本しか使えない。
しかも、その動きは、お世辞にもスムーズとは言えないのだ。
じれったくタイプしたと思ったら、ミスタイプ。ムキー!!修正!。その繰り返し。
5行ほどのタイピングを、やっとのことで終え、ある程度の満足感に浸っていると、脳の奥から、例えようの無い疲労感が襲って来た。
どのくらい疲労かというと、就寝前にタイピングをした結果、翌朝起きるのが困難になり、午前のリハビリをキャンセルして寝込むくらいだ。
正直、こういう疲労感は経験したことが無かった。
それまでは5時には起床して、朝食前にウォーキングをしていたのが寝込んだことで、看護師さん達に随分心配をかけたらしい。
ともかく、この時期の俺にとっては、例え僅かなタイピング作業であっても、脳神経に膨大な負荷がかかった。そういうことらしい。
外出は、コンビニに行く以外にも、散歩目的でも出かけた。
とにかく、右足を動かすのだ。そして、外の空気を吸うのだ。
病院の周りは、綺麗な住宅地だったが、直ぐに慣れてしまい、単調に感じる。
そこで思いついたのが、周辺の家々を、勝手に「格付け」することだ。
これは、思いの他、散歩を楽しい物にした。
散歩では、他にも各家庭が、庭先に植えた、春の花を楽しんだ。あるいは運河を遡上した子魚の群れを眺め。コブハクチョウの親子をスマホで撮影したりした。
考えようによっては、望外の長期休暇で、贅沢な時間だ。
(ちなみに、部屋にTVはあったが、1度も使わず、介護スタッフに頼んで撤去してもらっていた。)
こうして、何とかリハビリ生活を単調にならないよう努力して、転院して1ヶ月。
比較的順調だったリハビリに、密かに進行していた拘縮によって、急ブレーキがかかる日は、間もなくだった。
:教訓 単調な入院生活。でも、TVを見る以外にも楽しみは、案外見つけられる!!




