第六章
翌日の夕方、競羅は自宅で御雪と電話で話し合っていた。
「それで、絵里の検査の結果は異常がなかったのだね」
「さようで御座います。おかげさまでと申しますか。退院が近そうです」
御雪は受話器の向こうで、安どの顔をしていた。
「ところで、競羅さんは、現在、何をしていらっしゃいますか?」
「何をって、普通に家にいるよ。パチへ行こうとしたけど、気分がのらないからね。実は昼頃だったかな、あれから、どうなったか、あの子に連絡を取ろうとしたら、二人の婦警のうち、どっちかが、しゃしゃり出てきてね」
「後さんか佑藤さんですね。それで、代わっていただけましたか」
「まあ、強引には押したからね。何とか話ぐらいはできたよ。けどね、やはり、踏み込んだ内容まではできなかったね。いつも、身柄を拘束されているみたいで、『早く自由になって、絵里の見舞いに行きたい』って言っていたよ。実際、あの子に直接会って、色々と話したいことばかりなのだけど、あいつらめ!」
競羅は怒っていた。その様子が、受話器の向こうから感じられたのか御雪は笑った。
「ほほほ、残念でございますね。しばらくは、おとなしくされた方がよろしいでしょう」
「と言っても、こんなことが、いつまで続くのかね。それより、どう考えても、不思議なことがあっただろ」
ここで、競羅は疑問の声を上げた。
「不思議とおっしゃいますと」
「だから、昨夜の鈴木さんの尋問だよ、同じ事を、何度も何度も聞いてくるのだからね」
「宅急便の送り状のことですね」
「ああ、そうだよ。あの荷物に張ってあったはずの伝票のことだよ。あんなの、なくなりようがないだろ。さっきの仕返しか、他のことを聞き出そうとして、あんな、変な質問を繰りかえしたとしか考えられないね」
「ですが、送り状が消失されたことは事実です」
「けどね、まだ納得がいかないね。もし、なくなったとしたら絵里の不始末だろうね」
「彼女の不始末ですか」
「ああ、番組のドンパチで興奮したあげく、高級肉が食べられるという期待感で、伝票をビリビリに引き裂いたのではないのかい」
「競羅さん、失礼です。絵里をけものあつかいにされますなんて」
「それしか考えられないだろ」
「ですが、もし、さようなことでしたら、何かしら破片が残っておられるはずです。警察の方は、さようなことを一度も言われませんでしたが」
「破片にならないぐらい、粉々にしたのだろ。うっかり食べたとか」
「競羅さん! いい加減にしていただけませんか!」
受話器の向こうで御雪が怒った。
「わかった。きっと、その伝票、食器棚か冷蔵庫の下に入ってしまったのだろうね」
「わたくしも、さような可能性が高いと存じますが。となりますと、あれから、天美ちゃん、キッチンの大捜索を受けられて大変ですね」
「それは、あの子も気の毒なことだね。絵里も食堂ではなく、居間で、落ち着いてあければよかったのに、せっかちというか、だから、あんな目にあったのだけどね」
「わたくしも、さような点にいたしましては同様に存じます」
御雪はそう答えた。彼女自身も絵里の非を認めた様子である。
そして、競羅は思い直したように声を出した。
「しかし、本当に、あの子も大きな災難に巻き込まれたものだよ」
「さようで御座います。天美ちゃんは、しばらくは、マンションに足止めです」
「ああ、大好きな運動ができないから、イライラしているだろうね」
「ですが、マンションにも、結構なトレーニング室が用意して御座いましたね」
「確かに、いろいろあったけど、しょせん機械だからね。でも、よく考えたら、しばらく外出は控えた方がいいということもあるか。これで、あの子の能力を狙っているかもしれない、おかしな外国の人たちが、あの子に近づけなくなるからね」
「おそらく、その方たちも、今回の事件をお知りになって、驚いておられるでしょう」
「あんた、昨日の会話を、よく聞いていなかったのかい? 犯人はそいつらだろ!」
「さようで御座いましたか。わたくしの拝聴しましたところ、昨日、競羅さんは、セラスタのマフィアの仕業だとおっしゃっておりましたが」
「あれは、あの子が敵意を感じた、と言っていたから、一時はそう思っただけだよ、復讐じゃないかなと。それに、あの子は無鉄砲だから色々と釘を刺していた方がいいしね」
「となりますと、ますます、お話がおかしくなります。今回の事件が起きたことによりまして、天美ちゃんは外出を制限されました。彼らにとって損では御座いませんか」
「ああ、裏目にでたようだね。けどね、やはり面識があると、いう言葉が、どうしても引っかかるのだよ。例の公園の視線だって、こう考えたらどうだい、あれは、敵意というよりも、あの子を能力ごと手に入れようとする野心が、激しいオーラというか、そういうものになって、びしびしと感じたというか」
「わたくしには、今一つ、ピンときませんが」
御雪は受話器の向こうで首をかしげていた。
「では、あんたは、他に意見があるのかい?」
「意見と申しますよりも、あまり、よろしくない考えが浮かび上がりましたが」
御雪がそう言い、つられるように競羅は質問した。
「よくないって何だよ?」
「生首を天美ちゃんに送られた目的は、天美ちゃんを怖がらせるというよりも、警察の警護におきまして、マンションから出さないためと申しますか」
「出さないため。あんたは、本当に面白いことを言うね。そんなの意味がないだろ」
「とは存じますが、何かの布石とも感じられるのです」
「布石とは不気味な言葉を。いったい、何が起きるのだよ?」
「わたくしも、実は理解ができていないのです。さようなことよりも、推理を進めますために、現場で何が起きましたか確認をさせていただきたいのですが」
「現場って、あの子の部屋は入れないよ」
「さようでは御座いません。一昨日、襲われました公園の現場を拝見したいのですが」
「公園! わざわざ、そんな場所に行くつもりなのかい?」
「さようで御座います。何かしら、手がかりが発見されるかも知れませんし。今から、一緒にご同行願えませんか」
「今からって、すでに夕方だよ。そんなの暗かったら、見つかる可能性は少ないよ。だいたい、二日以上も日にちがたっているのだしね」
「でしたら、明日、参りましょう。十時頃がよろしいですね」
御雪は一方的にそう答え、競羅の返事を聞くこともなく通話を終えた。
そして、翌日、問題の天神山公園の正面口に二人は立っていた。。
「かようなところで御座いますか、天美ちゃんの襲われました公園は」
「ああ、そうだよ。あの子が、いつも、運動の帰りに通る公園だよ」
と競羅は御雪の言葉に答えていた。
「確かに、時間によりましては、さびしくなられる場所ですね」
「ああ、朝の七時ぐらいなら、少ないかもしれないね」
「天神山公園ですか。こちらも、都会のわりには自然が豊かな場所です」
「ああ、そうだね、緑が多くて、一見、のどかな場所に見えるけど」
ここで、競羅の言葉が止まった。そして低い声になった。
「この植え込みの多さが、くせものだね。犯罪者が隠れる場所が多いというか」
「さようで御座いますね。なかなか安全との両立は難しいですね。それで競羅さん、天美ちゃんは、どのあたりで襲われたのでしょうか?」
「細かい場所までは聞いてなかったけどね。確か設置してある時計で、時間を確認したあとすぐ、と言っていたような。まずは、その時計から探さないと」
「では、捜索を始めましょう」
そして、しばらくして、その時計は見つかった。意外と目立つ大きなものであった。
「あれみたいだね」
「どうも、さようで御座いますね」
「今は、人の姿が見えるけど、やはり、この場所も朝は少ないかな」
「さようで御座いますね。もう少し、近くに行きましょう」
御雪はそう言い、二人は時計の下にきた。そして、たどりつくと競羅が口を開いた。
「この時計を過ぎて、すぐだと言っていたね」
「どちらにでしょうか」
「わからないね。おそらく、自宅に帰る方だと思うけど」
「となりますと、時計の向こう側になりますね」
「そういうことだね。そのあたりの植え込みから、怪しい視線を感じたと言っていたね」
「おそらく、あそこですね」
御雪は、ある一カ所を目視しながら声を出した。芝生地内の大きな植え込みである。
「ああ、このあたりで一番木が茂っているし、いかにもという場所だからね」
「では、さっそく調査をいたしませんと」
「ああ、そうだね。何か見つかるかもしれないからね」
と二人は、本来では、気軽に踏み込んではいけない芝生内に入っていった。天美と違い、調査のためなら、モラルを破るのにちゅうちょをしない性分のようだ。
芝生の中で競羅が口を開いた。
「それで、何か見つかったかい」
「おタバコの吸い殻が三本ほど落ちていました」
「マナーの悪い奴らがいるね」
「さようで御座いますね。かような場所に立ち入ってる、わたくしたちが申せる立場では御座いませんが、銘柄はナイツでしょうか」
御雪は答えながら、タバコの吸い殻を拾い用意していたティッシュにくるんだ。
「ナイツといったら、ショートナイツのことか」
「さようで御座います。どのおタバコも、根元まで、しっかり吸われております」
「根元までか、よほどのタバコ好きというか。けどね、それが、どうしたというのだい?」
「むろん、天美ちゃんが襲われましたとき、もう一方、人物が存在しておられたという、彼女の言葉の補強となります」
「そういうことか、けどね、それだけでは、その補強とやらにはならないね。このタバコが、その人物のものと証明されない限りはね。だいたい、こんなところに落ちているタバコなんて、いつのものかわからないだろう。てんで話にならないよ」
「さようなことを、おっしゃられては何も始まりません。ナイツは、現在では希少なおタバコです。吸われる方は滅多にいらっしゃいません。かようなおタバコが見つかったことに、わたくしは何かを感じます」
「そうかよ。それは、あくまでのあんたの主観だけどね」
「さようで御座いますか、かようなことより、わたくしは、まだ朝食を取っておりません。一旦は休憩をいたしましょう」
その後、二人は公園から、少し歩いたところにある喫茶店に入っていた。アプローチという名前の店である。モーニングの時間帯か店内はにぎやかであった。
「どの方も、おとついの港豪苑の事件について、話し合っておられていますね」
小さな丸いパンを片手に持った御雪の声に、
「ああ、ショッキングな出来事だからね。以前も都内のどこかの公園の池から、バラバラ死体が見つかっただろ。あのときも、一般人みんなが探偵気取りになって、事件のことを推理合戦をしていたからね。今回もそれぐらいの衝撃度だよ」
目玉焼きをフォークで、つつきながら競羅は答えていた。
彼女のたちの言葉通り、住民の世間話は、ほぼそれ一色であった。
そして、少し不快そうな顔をして御雪が声を出した。
「天美ちゃん(生首の受取人)も怪しいという、お声も、ちらほらと聞こえてきますね」
「客観的に見たら、そうだろうね。こっちも、事情を知らなかったら疑うよ。しかし、これだけ、その話でざわついているとね」
「では、いかがいたしましょう。せっかく、お店に入りましたのに」
「みんな、自分の世界に入って推理をしているからね。ある程度の話は大丈夫だろ」
「さようで御座いますね。まずは、先ほど、手に入れましたおタバコのことですが」
「ああ、根元まで吸われたナイツのことか、香りはいいけど結構きついものだよね」
「先ほども、申しましたように、最近、お吸いになられる方は減りましたね」
「ああ、あんなの、一般人は吸わないだろうね。けどね、こっちの知り合いには、案外多いよ、田んぼの幹部とかね。そんなの吸うのは、よほどのタバコ好きだよ」
「では、そのおタバコの話をすすめましょう。このおタバコ、雨に濡れた形跡は、まったく御座いませんね」
「どうして、そんなことがわかるのだよ」
「おタバコの色です。おタバコの吸い殻にはヤニというものが発生します。ヤニが発生した吸い殻は、一旦、水などで塗れますと、茶色に変色をいたします。ショートナイツですと、かなりのニコチンを含んでおりますので、より顕著にあらわれると存じますが」
「あ、そうか、確かにそうだね。でも、このタバコは茶色くないよ」
「さようで御座います。ほとんど白いですね。では一つ実験をしてみましょう」
御雪はそう言うと、持ってきた吸い殻のうちの一本を、目の前に置いてある灰皿のの上にのせて、それにコップの水をかけた。
ツーンとかすかにいやな臭いがして、吸い殻はヤニの色である茶色に染まった。
それを見て御雪は言った。
「いかがでしょうか」
「いかがも何も変色をしたね。となると水に濡れてないということだね」
「さようで御座います。では、ここで、天気についてお話をいたしましょう。ここのところ、雨は降っておりませんね」
「ああ、だから、あの子も毎日、有栖川公園にいけることを喜んでいたよ」
「まさに、さようで御座います。最後の雨は何日前で御座いましたか」
「火曜日だったから、五日ぐらい前かな」
「となりますと、目の前の吸い殻はそれ以降のものとなりますね」
御雪の言葉を競羅は考えていた。そして、答えが思いついたのか、
「そうか、つまり、あんたはこの吸い殻が怪しげな男のものである、つまり、植え込みの中にそいつがいた、ということを立証しようとしているのだね」
「さようで御座います。四日間です、吸い殻は、さような間に何者かが植え込みの中に存在されたという物証となりえるのです。となりますと、四日の間に複数の人物が植え込みの中で、おタバコを吸われるということは統計的にはありえませんので、吸い殻は天美ちゃんの話しておられた人物のもの、ということはまず間違いがないでしょう」
「なるほどね、そういう風に話を持ってきたか」
「さようで御座いますね。では、お話を進めましょう。かように、人物が植え込みの中に存在されたと証明された限り、わたくしの考えていた犯人像と一致するのです」
「あんたは、そいつが誰かわかるのだね」
「そこまでは申し訳ありませんが、しかし、よくよく考えますと、今回のショートナイツ、ここ最近ですか、公園とは別の場所で見かけたような感じがいたします」
「えっ、それは本当かい」
「さようで御座いますが、どうしても思い出せません」
「そうかい、いくら希少といっても、吸う人間はあちこちにいるからね。事件とは関係がないかもしれないね」
「確かにさようで御座いますが」
「とにかく、あんたの言う犯人像というものを。一応聞きたいね」
「さようで御座いますね。では話させてもらいます。今回の・・」
「待った、よく考えたら、やはり、ここではまずいね」
ここで、競羅は急に御雪の言葉を止めた。そして、そのあと次のセリフを続けた。
「さすがに、その話までは、ここで、するのはやめた方がいいね。みんな、どこの誰かが、どんな推理をするか興味を持っているかも知れないからね」
「競羅さん。先ほどまでとおっしゃられている言葉が逆なのですが」
話を止められた御雪は不快になったのか、そう声を出した。
「でも、こっちは当事者だよ。用心に超したこともないだろ」
「確かに、さようで御座いますね。では、これから、いかがいたしましょうか?」
「腹ごなしもすんだし、あんたの事務所で聞くことにするよ」
「わたくしの事務所ですか。承知いたしました」
二人は公園前の喫茶店アプローチをあとにした。
約三十分後、二人は、その御雪の探偵事務所の中にいた。所長室内では、御雪がくつろいだ声を出していた。
「やはり、この場所が落ち着きます。とりわけ事件のお話をいたしますには」
「ああ、そうだね。しかし、絵里がいないと雰囲気も違うね」
「まだ、入院中ですから」
「ああ、ちょこまかとして、さわがしい子だと思ったけど、いないと、何というか」
競羅の言葉をさえぎり、御雪は言った。
「競羅さん、今は事件のお話をいたしましょう。そのために、ここに、いらしたのですし」
「ああ、そうだったね。その、あんたの、さっき思いついた推理を聞くためだったね」
「さきほどと申しますか、以前から、あたためていた考えなのですが」
「どっちでも一緒だろ。早く言いなよ」
「では、わたくしが考えました結論を、お話させていただこうと存じますが、まずは、さような前に、競羅さんのご意見をうかがわせていただきます。競羅さんは、天美ちゃん襲撃事件と、生首を送られた人物を同一だと思っていらっしゃるでしょうか」
「いきなり、本論に入ってきたね。ああ同一だと思うよ。最初のうちは、公園での犯人は、殺された香港人か。はたまた、あの子の気のせいで実は誰もいなかった。かの、どちらかだと思っていたけどね。こうなってくるとね」
「でしたら、どなた、だと思われますか?」
「何度も話しただろ。特定はできないけど、あの三人の外国の人の中の一人だよ。組織に命令されて、あの子の能力を手に入れようとした。だから、まずは、その組織の上層部が言っていること、が本当かどうか、確認をするために暴漢をよこしたのだよ」
「天美ちゃんに生首を送られた動機は、何でしょうか?」
「セラスタのマフィアと違って、動機までは説明できないね。上層部が、そうしろと命令したと考える以外は。けどね、殺した理由はわかるよ。何度も話したように、あの子に近づいて来た被害者が邪魔になってきたので、手をかけた、ということぐらいは」
「さようで御座いますか。ですが、わたくしと、まったく、別な考えです」
「まさか、ナンパっていうわけではないだろうね」
「いくら何でも、さような考えでは御座いません」
「違うか、となると、あんたが思っているのは、もしかすると?」
競羅の目が鋭くなった。御雪は反応するように声をあげた。
「もしかすると何でしょうか?」
「脅かしだよ。つまり、とばっちり。あんた、思い当たることがあるだろう」
「わたくしがですか? 競羅さんのおっしゃる意味が理解ができないのですが」
「しらばっくれるのかい。あんたが、何かの事件に手をつけていて、その対象の相手が都合が悪いからといって、事件から手を引かせようとした。そのため、あんたが、よく連れ歩いている、あの子を連れ去ろうとした。それを指図した黒幕は、公園内の植え込みの中に隠れていたと。つまり、あんたが原因ということになるね」
「競羅さん、なかなか、興味深い発想をいたしますね」
「違うのかい。だから、今日も、その相手の弱点を探ろうとして、真剣になって、あの子が襲われた現場をあさっていたと、何か有利になるものはないかと」
「競羅さん、本気でおっしゃっられるのですか。さようのことは、よくよく考えますと、競羅さんにも当てはまりますのに」
「いや、こっちは、まったく身に覚えがないしね」
「果たして、さようで御座いましょうか。昨日も、お話にでましたように、人様、いつどこで、恨みを買われているかわかりません、競羅さんも同様です。恨みと申されましても、ショートナイツを根元まで吸われながら、植え込みに隠れられて、様子をうかがっていらっしゃる人物は、わたくしは、まったく存じ上げませんし」
「では、あんたは、どういう人物が思い当たるのだい?」
「わたくしも、現在、探査中の事件を思い浮かべましたが、どうも感じが違います。確かに天美ちゃんを襲っても、おかしくないぐらい卑怯なお方もおられますが、そのお方は、運転手付きの大型リムジンの後部座席に、ゆったりと腰を落ち着けまして、優雅に葉巻をふかせ、ほくそ笑みながら、様子を見つめていらっしゃるイメージなのですが」
「まさに、ギャングのボスというか、絵に描いたような悪党だね。けどね、そいつだとしても、おかしくはないよ。公園しかチャンスがなかったのだろ」
「その方が、本気で天美ちゃんを襲おうといたしましたら、人の多さは考慮なさいません。さようなことは気になさらないタイプですから。天美ちゃんが、大通りを歩いていらっしゃっても、大勢の部下を用いまして、車に連れ込もうとなさるでしょう」
「つまり、力でねじ伏せるっていう奴か。なるほどね、確かに植え込みに隠れてナイツを、こそこそと吸ってには程遠いイメージだね。何か今回の事件も、組織の一員が起こしたものとは違っているような感じがしてきたね。となると、個人的な恨みか、しかし、個人的な恨みだとしても、かなり、不気味な奴だね。あの子が毎日、公園でジョギングをしているということまで、つきとめていたなんて、前からつけ回していたのだろうね。これは、もう、よほどのご執着心というか」
「そこまで、想像をなさっていらっしゃるのに、まだ、おわかりになられませんか」
「そんなのわかるわけないだろ。本当のこと言うと、こうやって、色々と考えるのは苦手なのだよ。あんたも、いい加減、はっきり答えな」
競羅のいらつき始めている顔を面白そうに見つめながら、御雪は次の言葉を、
「承知いたしました。ストーカーです」
「えっ?」
競羅は思わず驚きの声をあげた。今まで、考えなかった言葉であったからだ。
「あれって、確か、あの、好きになった人間をつけ回すという」
「さようで御座います。天美ちゃんはストーカーに狙われたのです」
「確かに、あの子は、かわいいからね。けどね、まさか、動機がつけ回しとは思いつかなかったよ。つまり、あの子を襲った男たちは、そいつらの集団だったということか」
「さようでは御座いません。ストーカーが雇われたお方たちです」
「雇われた、なるほど、やらせか。つまり、あんたは、そいつが、あの子に気に入られようとして男たちを使ったと」
「今回は、お返事が早かったですね」
「ああ、やらせとかサクラは、しょっちゅう使う手口だからね。けどね、今回はさすがに、サクラとまでは気がつかなかったよ。まさか、あの子に片思いしている人物がいて、そいつが、格好いいところを見せようと、このまた何というか、よくありがちな三流ドラマに出てくるような筋書きを実行していたとは、ははは」
競羅は答えながら苦笑をしていた。
「競羅さん、愉快そうですね」
「ああ、想像をしたら笑えてきたよ。高ぶった気持ちを抑えるために、きついタバコをスパスパと吸い、息をはずんで、今か今かと出番を待っていたのに、肝心な雇った奴らは、あの子の能力によって、骨抜き状態になって解散をしてしまったのだからね。植え込みの中の自称英雄さんも、あ然としていただろうね。何をやっているんだ! 金返せ! と」
「ほほほ、さようで御座いますね」
御雪も笑い始めた。そして、そのまま言葉を続けた。
「競羅さんも、わたくしの推理に賛同してくださったようですね」
「ああ、組織の犯行かと思ったけど、意外にその線はあるかもしれないね」
「さようで御座います。わたくしも支持してもらえてうれしいです。それでは、問題となりました生首が送られた事件に入りましょう。わたくしは、今回の容疑者の行動につきまして、あるストーリーを立てさせていただきました」
「なるほど、ようやく、あんたの立てた推理が聞けるわけか」
「では、今から、わたくしの考えをお話させていただきます」
御雪はそう言うと、説明を始めた。
「今回、お話がしやすいように、仮に人物の名前をAといたしましょう。Aは、毎朝ジョギングをしに外に出てこられる天美ちゃんに恋心をいだいておりました。ですが、引っ込み思案で、声をかける勇気は御座いませんでした。
Aは毎日毎日、汗をかきながら健康的に走っていらっしゃる天美ちゃんを、まぶしそうに見つめておりましたが、ついに、行動に出ました。ネットか何かで、お金でうごきそうな怪しい人たちをつのり、お金を払いまして、ある依頼をいたしました。公園でジョギング中の天美ちゃんを襲わせることです。彼らが、天美ちゃんを襲いまして、彼女が助けを求めましたら、格好良く中に飛び込みまして、その・・」
「そこらへんは、だいたい、わかっているから、もう、しなくてもいいよ」
競羅が口をはさんだ。
「さようで御座いますね。天美ちゃんの、お力をご存じなかったAは、さようなとき、悪い夢を見ているような感じでしたでしょうね」
「ああ、さっきも言ったように、狐につままれたような顔をした様子が目に浮かぶよ」
「さようなことで、Aは天美ちゃんと親しくなるために、お声をかけることを、一旦、断念されました。だが、その執念はめざましく、ついに、天美ちゃんの住居を突き止めたのです。ですが、小心者らしく、それ以上は中に入ることができませんでした。Aは相変わらず、指をくわえて、天美ちゃんを見つめているだけでした。その天美ちゃんに、親しそうに声をかけている人物が現れたのです」
「あの三人の外国の人たちか」
「さようでは御座いません。彼らのことは、Aも最初からご存知でしたでしょう。その人物は、御三方以上に、天美ちゃんにずうずうしく声をかけ、つきまとっておりました」
「わかった、あの殺された香港人だね」
「さようで御座います。今回の被害者です。人物Aは、さような現場を多々、ご覧になられ、嫉妬に狂われたあげく被害者を手にかけたのでしょう。そして、さようなご自分の行動を、正当化、または誇示するために、被害者の御首を天美ちゃんに届けられたと」
「となると、違う意味の見せしめだね。けどね、よく考えたら、少し納得がいかないね。あの香港人、用心棒を引き連れていたのだろ、いくら何でも、そんな男なんかに」
「ですが人間、いくらでも油断ということが御座いますから」
「そうだね。数弥と似たような会話があったことを思い出したよ。考えてみれば、あんたの話した犯人像、正常な人ではなさそうだし」
「ですからこそ、今回の事件、不気味なのです」
「いくら、不気味といっても、こっちには何ともならないよ。あの子に接触しようとしても、二人の婦警どもが邪魔をするからね。逆なことを言うと、前も言ったように、あいつらに、足止めされている間は、事件が起こらないから、よしと思うしかね」
「さようで御座いますか」
「ああ、そうだよ。まあ何にしても、肝心の、あの子に連絡が取れないのだから、こっちが、いくら話し合っても、あの子の耳には届かないよ。しばらく、マンション周辺を注意深く見まわって、怪しい奴を見つけたら、ふんじばるしかないね」
「競羅さん、まさか、さようなことを!」
「まさか、こっちが、そこまでしてまで、マンションを見張る必要はないだろ。あくまでも、あんたの推理なのだから、その線も考えて行動をすべきだ、と言っただけだよ。どうしても、捕まえたければ警察に報告をすればいいだけだろ。喜んで、あんたの推理に従うと思うよ。とにかくね、あんたの考えはよくわかったよ。こっちも、色々と考えたいことがあるから、ひとまず、この辺でお開きにするよ」
競羅はそう答えると、所長室を出て行った。