第五章
京港署の捜査本部内、せわせわしく動いている捜査員を前に、捜査主任の十条裕太警部は腕を組んで考え込んでいた。
今回の生首の受取人、田野田天美は、警部にとって、とても気になる少女であった。
これも奇縁なのだが、今から二十年近く前、十条警部が警察に入った頃、同期に、下上愛美という女性巡査がいた。警部は、その下上巡査に一途な片思いをしていた。
彼女は、当時、女性では右に出るものがいない程の腕利きの警官であったし、また目を引くばかりの美人であったからだ。結局、彼女は、警視庁で行われた剣道大会で知り合った朱雀煬介という名の青年と、結婚することになったのだが、
数年後、朱雀愛美は南米担当の捜査官になり、警部補に昇進した。そして、捜査内偵中に、一章で述べた通り、南米で不慮の失踪をとげたのである。(本来はハイジャックによる飛行機墜落事件であったのだが、極秘の捜査中のために、搭乗名簿に本名を書かなかったので、ブラジルで犯罪組織に、死体も残さずに始末されたと発表された)
事件後も、彼女の面影が忘れることができないのか、警部は、どの女性とも交際する気はなかった。言い寄ってきた女性、上司の紹介の女性たちも、幾人がいたが、その誰とも交際を拒み続けてきたのである。
だが、その警部にも四十一才になったとき、新たな転機がおとずれた。事件の捜査中、一人の少女と出会ったのだ。それが天美である。彼女は、誰もが知らないながらも、朱雀夫妻の子供である。奇禍の間際に生んだ子供であったのだ。
警部は、ある事件が起きたとき、この天美を重要参考人として追っていた。そのとき、寸前で命を失うような大きなアクシデントに巻き込まれた。
危機状況の、もうろうとした意識の中、警部の目には、その天美が、母親である下上愛美として写っていた。愛美と天美、二人は親子でも、顔かたちは、そんなに似ていないが、身のこなし方や、追い込まれた情況における、ものの考え方がそっくりであったのだ。
危機的なアクシデントは、天美の機転で乗り切ることができたが、その件以後は、十条警部は、天美を子供のような目で、身守るようになっていた。
事件の起きるたび、天美の無鉄砲な行動を、ヒヤヒヤする目で見ていたのである。
その十条警部の耳に、無責任の捜査員たちの声が聞こえていた。
「絶対に、あの小娘、たたけば、ほこりが出るぜ。だいたい、あんなマンションに一人で住んでいる方がおかしいのだよ」
「僕もそう思うな。それも、ガイシャの斜め真向かいだろ。愛人だろうな」
「真っ先に、しょっ引けばいいのに、本部もまどろこしいねえ」
「まだ、十五ぐらいだし、その辺は慎重にしないとな」
「十五か、ガイシャもうらやましいね。おっと、殺されたら、元も子もないか。こんなこと言っては悪いが、ガイシャも自業自得だな。あちこちから恨まれているし」
警部は本部の刑事たちの言葉を複雑な顔をして聞いていた。
弁当を買い終えた競羅たちは、天美のマンションに向かっていた。
その車内では、二人は事件のことを話し合っていた。競羅は納得したように声を上げた。
「なるほど、被害者は、やはり、そういう人物だったのか」
「さようで御座います。かような筋では、かなり、悪名の通った方です。さようなあたりの確執か、恨みの線だと推測をいたしますが」
ハンドルを握りながら、御雪は説明を続けていた、
「ああ、そんなようなこと、数弥も話していたよ。あの子も、こんなようなこと言ってたね。『顔は笑ってても目が笑ってない、普通じゃない』とか何とかかんとか、まあ、そんな人物だったみたいだね。けどね、事件の筋は、一概に恨みとも決めつけられないよ」
「と、おっしゃられますと」
御雪の眉毛が動いた。競羅の言葉に、またも興味が出てきたのか、
「実は、こんなことが、最近、あの子の回りにあったのだよ」
競羅は、天美から聞いた有栖川記念公園での出来事について話し始めた。
御雪は、その話をハンドルを握りながら静かに聞いていた。
「ということだよ。あんたの方は、その外人共をどう思うのだい?」
「競羅さん、以前にも申し上げました通り、外国のお方に、ガイジンとおっしゃる呼び方は、まことに持って失礼です! ましてや共とは!」
御雪が競羅に発言に異議の声をあげた。
「つっこむとこは、そこかよ。そんなこと、どっちでもいいだろ」
「よくは御座いません。大変、お聞き苦しいお言葉ですから、今後、わたくしの前では、用いられないようにお願いいたします」
「本当に面倒だね。これ以上、面倒なことを言うと、話さないからね」
競羅はそう答えると、しぶしぶと
「では、ここだけは言い直すよ。その外国の人たちは、どうみても怪しいだろ」
「さようで御座いますね。アメリカの方と、ロシアの方と、ドイツの方ですか」
「ああ、こっちが思うには、そいつらの誰か、もしくは全員が、あの子の能力を手に入れようとしていた工作員じゃないかと、あんた、思い当たらないかい」
「さようで御座いますね、それぞれ、CIA、KGB、BNDですか」
「そうだよ。そのように考えると話がつながるよ。今一度、話を整理すると、こういうことかな。本国の命令を受けた工作員たちは、あの子の能力の秘密を得ようと、もしくは機会があれば、あの子の身柄を拘束しようとして有栖川公園で親しげに近づいてきた。
ところが、もう一人、彼らとは別のルートで、近づいて来た外国籍の人物が現れたのだよ。それが、今回の生首になった人物だけどね。前もって、あの子に接触していた工作員たちは慌て始めた。中国もしくはイギリスが中に入ってきて、あの子を、かっさらおうとしているではないかと、それで機先を制して、その香港人を始末したのだと思うけどね」
競羅の説明に御雪は無言になった。運転に集中しなければならない場所に入ったのも、そうだが、スケールの大きくなった話を頭の中で整理し始めたのだ。そして、答えた。
「確かに、さように、おっしゃられれば、かような可能性も御座いますが」
「おや、あんた、その口ぶり、その線では考えていないようだね」
「さようで御座いますね。競羅さんの中頃までの話までは、おおよそのところ、理解ができましたが、あとにつきましては少々」
御雪の言葉が濁った。
「どこがだよ」
「工作員の方々が、今回の被害者の殺害犯と断定をいたしましたところです、さすがに、さようなところまで組み立てられますのは、いささか暴論かとも存じますが」
「確かにそう言われればそうだけどね」
「さようで御座います。無理して、殺害をされなくても、他にも色々と対策は考えられますが。話し合いに入りますとか、決裂の場合でも、身柄を拘束とかの穏便な方法で解決をされてもよかったと存じますが」
「その拘束中に、何か起きたのではないのかい。あの子の話では、しばらく姿を見せなかったようだからね」
「アクシデントですか」
「そうだよ。スキを見て逃げ出すために、激しく抵抗をしたとかね」
「確かに、さようで御座いますが」
御雪の言葉には、まだ同意ができない、ひびきがあった。それに反応した競羅、
「まだ、納得がいかないようだね」
「さようで御座います。殺害は仕方がなかった、と一歩引きましても、かような首を切断し、人様のところに送りつけますような野蛮なことをなさられるなんて!」
「そこが、外人というところだよ。こっちでは、とても考えられないけどね。意外と簡単に、そういう野蛮なことをするものだよ。イスラム関係では珍しくないだろ」
「確かに、さようでも御座いますが」
先ほどとは違い、納得しかけているようである。まだ、釈然とはしないようだが、そして、競羅は話をまとめるように言った。
「これ以上、議論をしていても話は進まないよ。現実を見つめないとね。ということで、次の話題に移りたいのだけど」
「さようで御座いますね。でしたら、競羅さん自身に確認をしたいことが御座いますが」
「確認をしたいことって何だよ?」
「今回の生首が入っておりました、お荷物のことです。競羅さんも、例のお荷物が天美ちゃんのもとに届けられましたとき、ご一緒ということでしたが、さようなとき、怪しい感じはいたしませんでしたか? 爆弾等の」
「それは、なかったね。向こうでも長時間の間、冷凍庫に入っていたみたいで、冷たかったよ。タイマー式爆弾なら、何かしら音がするかもしれないけど、それも、なかったからね。だから危険なものではないと確信して、あの子が冷凍庫に入れたのだけど」
「さようで御座いましたか。でしたら、用心深い天美ちゃんが信じられたのも、無理は御座いませんね。ましてや、絵里なら、まったく疑われないでしょう」
御雪はここまで、普通に応答していたが、急に思い出したように、疑問の声を上げた。
「ですが、絵里は、いかような理由で現場におられたのでしょうか?」
「そこまでは、わからないよ。こっちも、それが聞きたくて、あの子を訪ねるのだよ」
「さようで御座いましたか。今ちょうど、天美ちゃんのマンションに到着をいたしましたから。お尋ねをいたしましょう」
港豪苑の前にはパトカーが数台止まっていた。これだけの大事件である、警察や報道関係者でまわりは騒がしかった。その様子を見て御雪が声を上げた。
「警察の方、大勢、いらっしゃってるようですね。マスコミの方たちも」
「ああ、それなりの猟奇事件だからね。しかし、これでは、住民たちも大迷惑だろうね。それよりも、あいつもいるかもしれないね」
競羅の言う、あいつというのは数弥のことであろう。
「さようで御座いますね。まずは車から降りましょう」
二人が車から降り、しばらく歩いても数弥は現れなかった。いつもなら、このようなケースでは、『あ、姐さん、待ってましたよ』と駆け寄ってくるはずだが、
「どうも、数弥さんのお姿、見られませんけれど」
「となると、これは、すでに中にいるね。あの子が、一番、気になるはずだからね。とにかく、こっちも中に入るよ」
競羅は御雪にそう答えると、天美がいるトレーニング室、横にある休憩室に向かった。
休憩室のドアの前には、十条班の最若手、小林刑事が立っていたが、競羅と御雪の顔を見るなり、空気を読むような顔をして、さっと、その場をどいた。上からの命令か、それとも、過去の同様の経験で何か学んだことがあるのか。
そして、競羅は御雪と一緒に、中に入ったのである。
「ここかよ、その休憩室というのは?」
休憩所のドアを開けた競羅は目を丸くしていた。ある程度は想像はしていたが、それ以上に施設が整っていたからだ。会員制最高級フィットネスクラブ級の、
部屋の中では、天美が、その低反発マットの上でストレッチ運動をしていた。彼女は、二人の姿を見ると声を出した。
「あっ! ざく姉、それと所長さん」
「天美ちゃん。本日は大変でしたね」
御雪も気づかうように声をかけた。
「でも、絵里さんが、あんなことに!」
「承知しております。警察の方から、病院に搬送されましたという、お電話が御座いまして、先ほど、病院に様子をうかがいに行って参りました」
「それで、絵里さんの状態は!」
「命に別状は御座いませんということで、おかげさまで、回復の方向に向かっております」
「よかった」
天美は心から、ホッとするような声を出した。
「本当に、あんたも大変だったね。昨日、近くの公園で変な連中に襲われたばかりだったのに、今日また、こんな事件に巻き込まれるとはね。それより、数弥の姿が見えないね。きっと、あんたのところにもいたのだろ」
「数弥さんなら、確かに、つい、さっきまでいたけど、同じ会社の新聞記者の人に呼ばれて、食事にいったみたい」
「そうかよ。それで、あんたの方は食事をすませたのかい」
「一応、簡単な弁当、警察の人からもらって、一時間ぐらい前に食べ終えたけど」
天美は答えると、テーブルの上にのっている、からの容器を見つめた。
「一足、遅かったようだね。けどね、まだ少しは、おなかに入るだろ。せっかく、こっちも買ってきたのだからね」
「今、運動してるから、少しは食べれそうだけど」
「少しでもいいよ。肝腎なのは、食事ではなく、あんたとの会話なのだから。ということでつきあってもらうよ」
競羅はそう言うと、買ってきた弁当を味噌汁ととともに天美に渡した。
食事をしながら競羅は天美に尋ねた。
「こっちが、聞きたいことは、なぜ、絵里が、あんな目にあったかだけどね」
「あった、って、どこから話せば」
「全部だよ。最初から終わりまで、なぜ、絵里があんたのとこにいたかということも」
「わかった、わったしも、話さなければならないと思ってたし」
と天美は言って、カップ味噌汁を手に、絵里が来たときのことについて話し始めた。
天美がドラマの話をしているとき、二人は何とも言えない顔をしていた。
「まあ、何というか、相変わらずドンパチが好きな娘だね。それで、その番組が終わったあと、今回のことが起きたと」
そして、競羅の質問が始まった。
「そう、そのあと絵里さん、『興奮しすぎて、のど、かわいたぜー』とか言って、台所に向かったの。そして、飲み物探そうとして、冷蔵庫開けたんだけど」
「そのとき、冷蔵庫で例の箱を見つけたのだね」
「正確には冷凍庫、ざく姉、見てた通り、わったしは冷凍庫に入れたのだし」
「そんな細かいことは、どうでもいいのだよ。要はそこで絵里が見つけたのだろ」
「そうなのだけど、それで、絵里さんが、『あれは、何だ?』って聞いてきたから、わったしは、『お肉だと思うけど』と答えたの。すると絵里さんが、『ちょうどいい、今から食べようぜ』と誘ってきたの。わったしも、今更外に食べにくの面倒だと思って、絵里さんに任せたのだけど、考え甘かった」
「確かにそうだね。あんたらしくないというか。そのとき、危険と感じなかったのかい」
「だって、あの荷物、ざく姉だって確認したでしょ。爆弾、仕掛けてないこと」
「そうだけどね」
「生臭い匂いしたけど、まさか、首だったなんて。わったしも反省してる」
「反省をしていればいいのだよ。それで、絵里は喜び勇んで箱を開けたのだね」
「そう、いよいよ、『ご対面だぜ』とか言って。その結果、気絶しちゃった」
「本当に生首と、ご対面をしていれば世話はないよ!」
競羅は呆れた顔をしていたが、すぐに質問に戻った。
「それで、その絵里が倒れたあと、あんたは、どうしたのだい?」
「むろん、守衛さんたち、電話で呼んだのだけど」
「それで、駆けつけてきたのだね」
「そう、衛藤さんと、もう一人の年取った守衛さんが駆けつけて来てくれた。衛藤さんも、びっくりしてたけど、すぐに警察とかに連絡してくれて。もう一人の守衛さんは、AEDとかいう機械、取りに戻って絵里さんに取り付けてくれた」
「AED?」
思わず復唱した競羅。
「自動体外式除細動器、つまり、心臓発作などで倒れられた方に、自動解析を行いまして、人工呼吸やマッサージを行われる機械です」
御雪が間に入って説明をした。
「そんなのが、用意してあるのかい」
「今は、人が集まられます場所には、たいてい用意されております。わたくしの事務所にも御座いますし、港豪苑クラスのマンションでしたら、設置は当然でしょう」
「でも、高いのだろ」
「そこそこの、お値段はいたしますが、人様の命を思えば安いものです」
「そうかよ。それで、そのAEDで絵里は何とかなったのだね」
競羅は天美に向かって質問を続けた。
「そういうことだけど、絵里さん、本当に顔引きつってた。こわいもの見たとき、ショックで死ぬ、と聞いたことあるけど、ああいう情況なのね」
天美は答えながら顔をしかめていた。
「それで、その心臓マッサージが終わったあとは、どうなったのだい?」
「終わるというか、その最中、救急車来て、絵里さん、病院運んでいった。ほとんど同時に警察の人たちも来て、捜査のために、わったしも部屋、追い出されちゃった」
「そんなことだろうね。だいたい、これで、こっちの聞きたいことは終わったよ」
競羅はそう言うと、
「あとは御雪、あんたの方は、この子に聞きたいことはないのかい?」
と言って話を御雪にふった。
「わたくしですか」
「ああ、あんただって聞きたいことがあるだろ。絵里のことだからね」
「さようで御座いますね」
御雪は、しばらく考えたあと口を開いた。
「今回の絵里には、関係が御座いません事柄でもよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわないよ。事件に関係するならね」
「では、遠慮なく御質問をさせていただきます、競羅さん。天美ちゃんに気になられる言葉を、おっしゃっていましたね。お近くの公園で怪しい集団に襲撃をされましたとか。先ほど、お車の中ではさようなお話は出ませんでしたが」
御雪は、競羅を非難するように質問を始めた。その質問に競羅は、
「ああ、その事件かよ。あれは黒幕はわかっているのだよ。殺された香港人だよ。だから、今回の犯人とは関係ないと思うのだけどね」
と答えたが、天美の方は否定の声を上げた。
「ざく姉、ちょっと、それは、ありえないと思うけど」
「何が、ありえないのだよ。あんたが自分で言っていただろ、そいつが怪しいって」
「そのときは、そう思ったのだけど、事情変わったでしょ」
「事情って、殺されたことか」
「そう、よく考えて見て、わったし襲った事件、昨日の朝だったでしょ。そのとき、すでに殺されてたじゃないの」
「そうとは限らないだろ。宅急便が来たのは今日の朝だったよね。となると、送ったのは昨日だよ。まだ、そのときは生きていた可能性があるじゃないかよ」
「あ、そうか。ざく姉、見ていなかったんだ。あの気持ち悪い首のことだけど、だいぶ前に殺された様子だった」
「それは、そういう風に見えただけだろ。冷凍漬けだったらしいし」
「それだけでなく、警察の人たちも言ってた。『随分、前に死んでるな』とか」
「それって、本当のことかい!」
まだ信じられないような競羅の声に、
「競羅さん。さような事柄は、鑑識の検死報告を入手されれば判明することです。まずは、天美ちゃんの、お言葉を信じまして、お話をすすめませんと」
御雪が中に入ってきた。
「しかしね、もともと、あんたが、言い出したことだろ。ファンさんかもって」
競羅は、なおも天美に突っ込み、
「だって、これ以上、ヨルク君たちの悪口、聞くのいやだったし、そういう風に答えておけば、ざく姉も追求あきらめると思って」
その天美は、ばつが悪そうに答えた。
「となると、やはり、その公園には、あんたを襲った連中以外にはいなかったのだよ。植え込みで誰かが見ていたというのは、最初、あんたの思った通り気のせいでね」
競羅の言葉が終わると同時に、御雪が口を開いた。
「競羅さん。今、おっしゃられた、お言葉ですけど」
「何か、おかしなことを言ったかい」
「おかしくは御座いませんけど、今の競羅さんの、お言葉ですと、天美ちゃんが襲われましたとき、もう一方、現場に人物がおられたような」
「ああ、その通りだよ。さっきから、ずっと言っている香港人のことだけどね、そいつが、植え込みで隠れていた、と議論をしていたのだよ。むろん襲ったのは、その配下でね。あの子が、どういう行動をするか、公園の植え込みの中で見つめていたのだよ」
「さようで御座いましたか、でしたら、お話が見えてきます。確かに、天美ちゃんの気のせいですね。その方はすでに殺害されていたのですから」
「本当に、気のせいなら、いいのだけど」
ここで、天美はそう口走った。その言葉に反応した競羅、にらむような目をして、
「おや、あんた。なんか情況をかき回すようなことを言うね」
「実は、ざく姉、心配すると思って、今まで言わなかったんだけど。その公園のときの視線、何となく覚えがあるの。このところの行動、ずっと、見つめられてたようなの」
「えっ! このところ、ずっとだって!」
競羅は驚き、御雪もまた同様に何か思いついたような顔をした。
「そう、よくわからないけど、どうも、わったし、いつも、誰かに見つめられたみたい」
「いつも、見つめられている? それって、自意識過剰じゃないのかい」
「そう思いたいのだけど、やっぱり、見つめられてた感じする。今までは、それがファンさんと思ったことあったけど、殺されてたのだし」
「となると、気のせいだけでは、片づけられない問題になったね。当然、その視線っていうのも、やはり、あんたが、しょちゅう会っている感じがする人物なのだろ」
「むろん、そうなのだけど」
「気のせいでもない、ファンでもないなら、あんたはいやでも、最初の考えに戻るしかないね。あんたが、毎日のように会っている外人の三人組だよ。その中の誰かが、あんたをたえず見つめていたのだよ。あんたを手に入れようと」
「でも、わったしの感じた視線は、敵意というか、もっと攻撃的な」
「敵意かよ! そこまで、踏み込んで聞いたのは初めてだね」
「だって、今回の事件、起きるまでは、それが、敵意とまでは感じられなかった。何か、見つめられると同時に、刺されるような感じ、しただけで」
「さようで御座いますか、刺されるような視線、ですか」
御雪が口をはさんできた。
「攻撃的な敵意か、となると、真っ先に考えられるのは恨みだね。確かに、あんた、一時期、派手に動いていたからね。それに恨みっていうのは、一方的に買うこともあるからね。あんたが、気がついてない、ことだってあるのだよ」
「そんな感じ、わったしとしては認識ないのだけど、向こうは認識してる感じだった」
「そうだよ。やられた方はよく覚えているものだよ。やった方は、その数が多すぎたり、手ごたえがないとかの理由で覚えていないことが多いけどね。しかし、今回は、それに加えて、もう一つの可能性を考えないとね」
競羅は答えながら不気味な目をした。
「加えて、もう一つ?」
「ああ、最初から結論は一つのようなものだよ。今回は、初めから、その可能性が高い事件なのだから。もう、わかってるだろ、連中の狙いは、あんたの能力だよ!。こっちが思うには、あんたの能力を欲しがっているのは個人ではないね、どこかの組織か」
「組織というと、わったしがセラスタ時代につぶした」
「やはり、因縁が出てきたね。その線は考えた方がいいよ。手口から見て、南米ギャングがやりそうなことだからね。当然、つぶされた組織の残党はあんたを恨んでいるよ」
競羅がここまでも、御雪の前で突っ込んだ話ができるのも、御雪は天美の能力、弱善疏については知っているからだ。実際、彼女は、天美をおとりにして探偵としての、いくつかの事件を解決していた。一方、天美の返事は、
「そう考えた方がいいかも」
「おや、あんた、その辺の自覚はあるようだね」
「でも、ファンさん殺した理由は?」
「むろん、邪魔になったからに決まっているだろ。能力が目的か、あんた個人に興味があったのか、どんな理由にせよ。あんたに、つきまとっていたのだからね。向こうとしても、見慣れない香港人が近づいてきたのを見て、あんたの能力を狙っている一味の手先、と感じたのだろうね。そして、機先を制して始末をしたのだろ」
「だから、そのあと、わったし、怖がらせるため、首、送ってきたと」
「あくまでも一つの推理だけど、そのあたりも考えないとね」
そのとき、外がにぎやかになった。複数の足音と聞き慣れた女性たちの声である。
彼女たち、一同が緊張するなか、
「では、入りますよ」
の低い声とともに四人の人物が部屋に入ってきた。十条班の鈴木警部補と渡辺刑事、あとの二人は京港署の女性警官、後翔子と佑藤恭子の二人であった。
「何で、あんたらが?」
競羅はその翔子に声をかけた。彼女たちは、すでに顔見知りである。
「決まっているでしょ。天美ちゃんを保護しにきたのよ」
「そうそう、係長から叱られてしまったわ。いったい、今まで、何をやっていたのかって!」
翔子、恭子の二人はそう口々に答えた。彼女たちは所轄の少年係で、上司の下上係長からも、天美を見張る(問題を起こす人物と認識されていた)ように言われていたからだ。
「こんなことが起きては、確かに、日月さんはおかんむりだろうね」
競羅も苦笑しながら答えた。日月さん、京港署少年係長、下上日月というのは先ほど、話に出てきた。下上警視正の妻である。そして、恭子は言葉を続けた。
「でも、叱られたと言っても電話だけどね。肝心なご本人は札幌だし」
「おや、日月さんは北海道かい」
「そうよ。何でも、研修の講師ということで、おとついから一週間の間、札幌に行っているの。そういうことで、しっかり面倒を見るように頼まれたの。あたしたちも色々と持って来たから、よろしくね。お泊まり用の着替えもそうだけど、大事なのは、これらね」
翔子はそう言うと、カバンから十数冊の薄い本を取り出した。天美が目を見張る中、
「そう、たくさんあるでしょ。これ、みんなドリルよ。あとは参考書。せっかくの警護の機会だから、うんと勉強をしましょうね。何と言っても、普段から学校に行ってないのだから、これぐらいやらないと同年代の子に追いつかないでしょ」
「そんなー」
天美は、競羅たち二人の方を向き助けを求めたが、二人とも下をむいたままである。
四人の警官の前、競羅は助けようにも、助けれない状態で、じくじたる思いがあるのだが、御雪にいたっては、笑いをこらえようと口に手を当てた姿を見られないためだ。
「皆様方の話も一段落ついたようですし、そろそろ、いいですかな」
ここで、再び鈴木警部補の低い声が、警部補は、そのまま競羅に向かって、
「朱雀さんには、わたしから、聞きたいことがありますので」
厳しい表情をして言った。突然、指摘された競羅、戸惑いながらも声を上げた。
「何だよ。聞きたい事って、こっちは関係ないだろ」
「そうはいきません。現場の状況に、とても、おかしな問題点が起きまして」
「それが、こっちに関係すると言うのかい」
「そういうことです。あるはずのないものが消えまして、だから、事情をうかがうのです」
「何が消えたかわからないけど、関係ないのだから、お手柔らかに頼むよ」
「先ほど、わたしは、いじめられましたからなあ。しっかりと尋問をしますよ」
鈴木警備補は勝ち誇ったような態度をしていた。