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第四章 


チャンチャララララ

 その電話は、競羅のいるパチンコ屋にかかってきた。ちょうど、一区切りが終わり、店の入口を出たところである。

表示画面を見たら、相手は数弥であった。応答ボタンを押すやいなや、

「姐さんすか!」

 その数弥の興奮した声が聞こえてきた。

「どうしたのだい、そんな興奮した声をして」

「どうしたも何も、天ちゃんのところに、なまくびが!」

「あくび? あくびが出たのか」

「あくびではないす。生首す。人間のちょんぎられた首、それが送られてきたんす!」

「な、何だって?」

 競羅は驚きの声をあげた。普通は、こんな話を聞いたらそうだろう。だが、そのあとは、冷静さを取り戻したのか、

「ろう人形か、イタズラがあったのだね」

落ち着いて答えた。しかし、数弥は興奮した声を続けて、

「違います! 本物の生きた人間の首す。宅急便で送られてきていたんす!」

「た、宅急便だって!」

 競羅のボルテージは上がった。昼間の出来事を思い出したからだ。

「姐さん、その驚き、何か思い当たるんすか?」

 新聞記者なるゆえのカンが働いたのか、数弥はそう答えた。

「ああ、実はね、それらしき荷物、こっちも見ているのだよ」

 競羅はそう言うと、昼間、荷包みが届けられたときのことについて説明をした。

その話を数弥はじっと聞いていた数弥、ホッとしたような声を上げた。

「そういうことだったんすか。でも、そのとき開けなくてよかったすね」

「ああ、あの子も用心をしていたし、とても、そんな情況ではなかったからね。実際、開けていたら、こっちも事件に巻き込まれていたよ。そのうえ、ものすごく、気持ちが悪い気分になっていただろうね」

「ええ、そうすね」

「それより、肝心なことを聞き忘れていたよ。首の身元はわかっているのかい」

「ええ、すぐに判明しました」

「誰だったのだよ?」

「誰っていいますか。マンションの同じ階に住む住人す。潘庚員という香港人すけど」

「香港人? もしかして奴なのか!」

 競羅は答えながら思わずトーンを上げていた。その言葉に反応した数弥。

「もしかしてって、姐さん知っている人すか?」

「いや、知っているわけではないよ。あの子から聞いただけで」

 競羅はそう答えると、天美が被害者からプレゼントを受けていたことについて話した。

 その話を聞いた数弥も、びっくりしたような声を出した。

「そうすか。天ちゃんに、そんな贈り物を!」

「ああ、理由があって、あの子に近づいたのだと思うけど、殺されたとはね」

「理由って、もしや」

数弥のその反応に、

「あんたの思っていることだけではないよ。もっと、面倒なね」

と競羅は意味ありげの返答をした。そして数弥も、

「僕が思っていることって」

「どうせ、色恋沙汰だろ。あの子が気に入って手に入れたくなったので、その関心を引くために、まずは贈り物をしたという」

「違うんすか」

「それも、目的の一つとしてあるとは思うけどね。大きく考えられるのは、あの子の能力のことについてだと思うよ。殺された男は、そっちの目的であの子を狙っていたね」

「となりますと、被害者は、天ちゃんのスキルを知っていた、ということすよ」

「そういうことだね。殺された男は香港の犯罪組織の工作員だよ。香港といえば、イギリスの影がちらつくし。もしかしたら、中国当局からの命令の可能性もあるしね」

「では、やはり、中華系マフィアが犯人だと」

 数弥は思わずそう言った。首を切断した、やり口からそのように思ったのか、

「いや、もっと、よその国だよ。昨日、あんただって話していただろ。あの子に接触をしている外人が怪しいとね。だいたい、あの子を取られたら、自分の組織にとっては大失態だからね、だから、その前に、その香港系の工作員の始末をしたということだよ」

「そうすね、確かに言われてみますと、その線も結構、可能性がありますね。アメリカなんかは、そういう情報戦が得意すから」

「アメリカとは限らないよ。あんた、まだ、二枚目の米国人が気になるのだね」

「そんなことはないんすけど」

「本当かい。どうも、あんたは気にしているような感じがするのだけどね」

「もう、そんなことはどうでもいいすよ。それより、先輩たちは、今回の事件、中華系マフィアの抗争と見ています」

「抗争、あっち系のドンパチか」

「ええ、上海系、台湾系、満州系などいますからね。その勢力争いにより香港マフィアの一人、潘庚員を殺害した。彼らは残虐すからね。他のマフィアたちの見せしめのために、殺した相手の首を切り、世間にさらすことにした。天ちゃんは、同じ階に住んでいたので、その、とばっちりを受けた。とまあ、こんなことを言っていました」

「なるほどね、隠された事情を知らないと真っ先に出そうな推理だね」

「それと、もう一つは怨恨が考えられます」

「怨恨か」

「ええ、警察はその線でも捜査をしています。姐さんは知らないと思いますが、今回の被害者、潘という人物は、かなりの悪党みたいすね」

「まあ、ある程度はわかるよ。誰から恨みを買っても当たり前、という奴なのだろ」

「姐さん、本当によく知ってますね。あったことがあるんすか」

「まさか、そんなことはないよ。ここまで悪党と言い切ったのは、あの子の話を聞いていたからだよ。さっき、そこまでは説明をしなかったけどね」

そして、天美が話していた感想について、あらためて説明をした。

「そうすか。天ちゃんが、そんなことを言ってたんすか」

「ああ、その相手が死んでしまったら、これ以上、気をつける必要はないけどね。何にしても、怨恨まで動機に入ってくると、警察の捜査もややこしくなるね。そういう奴は、いつ、どこで誰に襲われても不思議ではないからね。かたぎの可能性も出てくるし」

「そういうことす。ですから、まさかと思われる人物に油断をしたときやられたと」

「田んぼにも似たような奴がいたけど、結局は用心棒がいないときに、女に刺されたからね。今回の香港人も、実際、殺されてしまったのだから何ともいえないけど」

「では、姐さんは怨恨説も考慮に入れ始めたと」

「しかし、そうだとしたら、なぜ、あの子に生首を送る必要があるのだい?」

「そこまでは僕にはわかりませんよ。ですが、普通に考えると、捜査のかく乱すね。首を関係ない人物に送れば、その分、捜査が混乱しますから」

「そうなると、警察の方も色んな意味で大変だね。中華系の抗争問題がからむと、厄介な捜査になりそうだし、また、被害者の香港人に恨みを持ってる奴は多いからね。おまけに、その首を切り落として、宅急便で送ってかく乱を狙ったとは」

「ええ、そうすね。今頃、その捜査本部が、京港署で立ち上がっている頃だと思いますが」

「もしかして、【天神山マンション外国人バラバラ殺人事件捜査本部】とか」

「ええ、そんなような名称でしょう」

「これは本部も盛り上がっているだろうね」

「姐さん、不謹慎な言葉を!」

「そうだね、つい調子に乗りすぎたよ。さて、その捜査主任だけど、十条警部かい」

「わかりません。おそらく、ことの重大さから見て十条さんでしょうね。今かかっている事件はないみたいすから」

「となると、またまた・・」

 競羅は思わず声を上げたが、それ以上は言葉を止めた。余計なことをいって、ある意味ライバルである数弥を刺激したくないからだ。そして、言葉を続けた。

「確かに、十条警部の可能性は高いけど、あくまで、こっちの予想だからね。あの子が関わっているということで、はずされているかもしれないし。それに今回、また外人がらみだろ、もしかして、義兄さんかもしれないし」

「下上さんすか」

数弥はそう答えた。下上朋昌、警察庁国際刑事課長のことである。位は警視正、競羅の実兄の妻の弟、つまり、天美の叔父にもあたってもいた。彼もまた、天美の能力の存在を知っている人物で、その能力を利用していくつかの事件を解決していた。

「ああ、そうだよ。その可能性もあるということだよ。事件が事件だからね」

「確かにそうすね。何にしても、そろそろ行われる記者会見で明らかになりますから」

「そうかい。けどね、もう、わかっても連絡をしなくていいからね」

「えっ。今、姐さん何と言いましたか」

「だから、よく考えたら、そんなこと、どうでもいいと思い直したのだよ。あんたに頼むことは、もっと詳しい情報だよ。ということで、一旦は切るよ」

 そして、競羅は強引に数弥との通話を終えた。


 さて、次の行動は、競羅は、そのまま別のある場所に通話を試み始めた。

 しばらくの呼び出し音のあと、受話器を取る音がした。だが相手は無言である。

 競羅はやはりと思いながら、

「あんたか」

 声をあげた。すると受話器の先から、どこかで聞いたような四十代の男性の声が、

「あなたは、どちら様ですか?」

「そういう、あんたは誰だい?」

 競羅はうすうす相手の正体を知りながら、わざとらしく尋ねた。

「ですから、そちら様はどなたですか?」

 その二度目の問いに、競羅ははっきり声の主を断定した。そして言った。

「鈴木警部補さんか。この事件、やはり、十条班だったようだね」

 その競羅の返答に、明らかに動揺した鈴木警部補、思わず、

「お、お前は誰なんだ!」

衆目もはばからず叫んでしまった。当然というか、まわりにも緊張が走った。

競羅はその様子を想像しながら、おだやかな口調で答えた。

「鈴木さん。怒鳴るのは血圧に悪いよ。こっちだよ。声を忘れたかい、赤雀だよ」

「朱雀さんでしたか。おどかすのは、やめてください」

「別におどかすつもりなんかないよ。こっちがかけた番号を、よーく考えてみな、あの子の電話であって、あんたの電話じゃないだろ。もし、それが、おどかしと感じたなら、それは、あんたの心がそう思ったのだろうね」

「何かひっかかる言い方ですな。それに、主任の名前を出すなんて」

 警部補は不機嫌そうに答えた。

「十条さんの名前を出した理由ぐらいはわかるだろ。あんたも、その部屋の主と、警部とのちょいとした因縁は知っていると思うのだけどね。だから、はずされた可能性もあると思って、あんたが出たとき、さっきのように答えたのだよ」

「そこまで、上の連中も記者たちも知らないでしょう。もしかして、真道課長は知っているかもしれませんけど、人を冷静に見られる方ですからね、おかしな考えは持たないでしょう。第一、住人の少女は、とばっちりを受けた第三者ですから」

「とばっちりか、警察の方はそう見ているのだね」

「被害者と面識はあったようですが、被害者を殺す動機がありませんし」

「そうだろうね」

 競羅はそう答えながら、一歩踏み込む決心をした。そして、次の言葉を、

「だけど、あの子に生首が宅急便で送られてきたと」

「そういうことですが。しかし、そこまでご存知でしたか、耳が早いですなあ」

「ああ、あちこちに、その耳を持っていてね。これも、あんたなら想像つくと思うけど」

「あの女の探偵さんからですね」

警部補は思わず余分なことを口走ってしまった。その競羅は、なぜ御雪の名前が?と思ったが、そのまま、さりげなく相手を持ち上げるように言葉を続けた。

「ああ、さすが鈴木さんだね。すべてお見通しか」

「まあ、あれだけのことがありましたからなあ」

「確かに、とんでもない事態だからね」

「ええ、あれから、すぐに、病院に向かいましたけどね」

 警部補は、知らずに次のキーワードを、競羅も、なぜ、ここで病院が?とは思ったが、相づちを打つように、

「ああ、あの子も、こんなこと、目の前にしたら正常な状態ではないからね」

「そうですよ。所員の方が卒倒して倒れてしまったのですから」

 その警部補の言葉を聞き競羅は耳を疑った。

〈あのボネッカが生首を見たぐらいで、卒倒して倒れただって、セラスタの凶悪組織の残虐な行動を、何度も目の前にしても平気なあの子が、待てよ?〉

競羅は鈴木警部補の言葉を再び考えていた。

〈確か、所員と言っていたね。もしかして、あの、おっちょこちょいが〉

 うすうすの事情を感じた競羅は、同調するように声を出した。

「ああ、御雪も大変だよ。部下がそんな情況になってしまったら」

「確かにそうですなあ」

 警部補の言葉に競羅は確信した。絵里に、頭に思い浮かんだ異変が起きたことを。だが、今は次の質問の方が優先順位が上である、

「それで、肝心な、住民である、あの子の方は大丈夫だったのかい?」

「住人の女の子ならピンピンしていますよ。しかし、いつもながら度胸がありますなあ」

「そのことは、どうでもいいよ。今は警察署かい?」

「まだ十五才ですし、ある意味、彼女も被害者ですので、二階にあるトレーニングルーム横の一室に移ってもらい、そこで、聴取を受けています」

「では十条警部も、そこにいるのかい?」

「いや、最初はかけつけましたが、すぐに本部に戻って情報を集めています」

「すでに、本部に戻っているとは仕事熱心な男だね」

「所轄の捜査員たちが、関係者の聞き込みのため、散らばっていますから、その情報を分析して、次の指示を出さなくてはいけませんからね」

「今回は、抗争や怨恨で動機がある奴は、ごまんといそうだからね。そっちも大変だね」

「ええ、かなりの数の要参考人が出そうで、難しい捜査になりそうです。わたしも、これ以上、話をしている時間はありませんから、このへんで終わらせてもらいたいのですが」

警部補はそう答え話を終わらそうとした。だが、競羅としても、もっと、詳しい情報が欲しかったのだ。その結果、もう少し踏み込むことにしたのだ。そして、次のセリフを、

「そうかい、確かに、これ以上は何も進展がなさそうだね。しかし、病院に担ぎ込まれるぐらいだから、絵里も、よほど、びっくりしたのだろうね。冷蔵庫から生肉だと思って取り出したら、それが何と、人の首だったのだから」

「えっ、今、何て言いましたか?」

「冷蔵庫に生肉が、と言ったのだけど、どこか、おかしいのかい?」

「おかしいですよ、あなた、なぜ、そんなことを知っているのですか。まだ、報道陣には何一つ、話していないのですよ」

「では、あんたたちはまだ、肝心なことを・・」

競羅はそう思わず声を上げたが、すぐに、次のように言い直した。

「そのことかい、それも、御雪から聞いたと言ったら?」

「それも、おかしいですねえ。女性の探偵さんは、連絡を受けたあと、そのまま、病院に向かいましたので、詳しい事情については聞いていないと思いますが」

「おかしいか。では、確かめないとね、その病院って、どこだったかな?」

「えっ、それも、女の探偵の方から聞いていないのですか?」

 鈴木警部補はそう聞き返した。意外感というより大きな不審感か。その返答に、まずいと思った競羅は、弁解をするように言った。

「それなのだけどね、『た、大変で御座います。え、絵里さんが倒れまして』と、冒頭に叫んで報告をしてきただけでね。興奮していて、どこの病院かまでは詳しいことは報告しなかったみたいだね。さすがに、緊急関係の場所で携帯の長電話はまずいのじゃないかい」

「ちょっと待って下さい。となりますと、やはり、詳しいことは聞いていないですか。いや、それよりあなた、本当に探偵さんから連絡を受けたのですか!」

 警部補は突っ込んできた。あきらかに不審を持った態度だ。そして、競羅は考えた、ここは、どうすればいいのか。すぐに、その対応が思いついたのか、彼女は、

「そうかい、そういうことなら、あんたに聞いた方がいいよね。どこの病院だい?」

 そう尋ねた。だが、相手は警察官、警察官らしく次の返答を、

「そんなこと、わたしが言えるわけはないでしょう」

「それはそうだね、情報をもらしたことになるからね」

「わかっていたら聞いても無駄でしょう。それより、あなたこそ、なぜ、探偵さんも知らないようなことを・・」

 その警部補の質問をさえぎるように競羅は言った。

「それよりもね、あんたは、すでに情報をもらしているのに気がつかないのかい」

「わたくしが情報をですか」

「そうだよ。最初に絵里が病院に運び込まれたことを、先に言ってきたのは、あんたなのだよ。こっちは、住民の少女のことを聞いただけなのに、あんたが、勝手に勘違いをして、病院のことについて教えてくれたのだよ」

 その発言に警部補は返答につまった。手ごたえを感じた競羅は、なおも次の言葉を、

「まあ、場所のことは、直接、御雪に聞いてもいいのだけどね。あいつ、あんたの話だと、病院の緊急搬送所の近くにいるのだろ、携帯の電源を切っていればいいのだけど。もし、そうしていないと、着信が届いたとき、まずいことになるかもしれないね。その責任は、やはり、最初に口走った、あんたか。これは、十条さんにばれたら大変だ」

「朱雀さん。脅迫はいけませんよ」

「今の言葉が脅迫罪に相当するかどうかは、あとから、検事に聞いた方がいいね。それよりあんた、なぜ、こっちが、あいつが知らないことを、とか何とか、尋ねただろ」

「そうです。どうしても納得がいきませんから」

「そのことも答えてあげるから、病院の場所について言いな。無理なこともしたくないし、だいたい、そういう、手間をはぶきたいからね。あとは、あんたの腹しだいだね」

「わかりました。女性の収容された病院は、東京港聖クロスです」

「あーあ、言っちゃったよ。これであんたも、本当に被害者の捜査情報をもらしたということだね。港クロスか。病院の話をし始めたとき、何となく、あたりはついていたよ。そこが、一番、近くの病院だったからね」

競羅はそう答えた。もともと、病院の場所なんて、その気にさえなればすぐに入る情報なのだ。だが、ボロを出してしまったため、自分が有利になる必要があった。

 そのため、わざわざ、この質問をしたのだ。しかし、彼女の尋問テクニックも相当なものである。強者ぞろいの捜査一課、その中のベテラン警部補でも、この有様では、

相手の無言をよそに、競羅は言葉を続けた。

「さて、さっきの答えだけど、あんた、洞察力の方は一人前だけど、聞き込み方法については、まだまだ甘いね」

「それは、いったい、どういう意味ですか!」

「仕方がないね。では、ヒントをあげるよ。どういう状況で荷物が部屋に運ばれたか、関係者にあたるのだね。では、これで、話を終わらせてもらうよ」

 競羅はそう言うと、一方的に電話を切った。


 約三十分後、競羅は、地下鉄の駅から、二分ばかり歩いた場所に建っている病院に到着した。時間にして、午後九時頃、一般訪問時間を過ぎたのか、正面玄関は閉じていた。

 彼女は、時間外専門通用玄関を見つけて中に入った。入るとすぐに受付があった。といっても大きなものではなく、時間外客相手の案内所ぐらいのものか、

「ほんの少しばかり前だったかな、十九才の女性が運ばれたらしいのだけど、病室はどこだい? 川南絵里というのだけどね」

 彼女は、その受付に近づくと尋ねた。競羅の風采を見て、担当受付は、最初はいぶかしんだ様子をしていたが、すぐに、納得をしたような顔に戻り、

「かわなみえり、さんですね。今から、調べますのでお待ち願えますか」

 と答えた。不良の親玉が見舞いにきたのだと思ったのだろう。すぐに見つかったのか、落ち着いた声で応答をしてきた。

「川南さんは、現在、救命センターから、心疾患集中治療室に移されていますね」

「そんなに悪いのかい?」

「そこまではわかりません。危篤状態かも知れませんし、時間が時間ですので、ただ、病室に移されていないだけかもしれませんし」

「そうかよ。それで、集中治療室は、どこにあるのだい?」

「CCUですね。救命センターのとなりですから東門の前です。現在地は西口ですので反対側ですね。通路をずっと奥に行ってもらって右側に入りますと、救命センターです」

「わかった、奥だね」

そう言って競羅は救命センターに向かった。

 夜の病院と言っても、大都会の中である。病院の電灯は節約をされていたが、ブラインドまでは閉めていないので、外の明かりが室内にも入り不気味感はまったくなかった。

 はっきり昼間のようまでとは言えないが、視界は良好であったので、競羅は案内板を見ながら奥に進んで行った。

 やがて、救命センターの案内看板が見つかり、競羅は、その表示通り角を曲がった。

 都会の大病院の救急センター、ざわめきと、走り回る職員たちの熱気であふれていた。

 その、いくつかある治療室の、そのまた、東口側に心疾患集中治療室は存在した。

 心疾患集中治療室の前には、治療中の患者の家族たちのために、控室が用意されていた。

 そこは、五十平方メートルぐらいの広さであろうか、壁のあちこちに、【携帯の電源は必ずお切りください。ご利用の方は外でお願いします】と張り紙がしてあった。

 ソファが何脚か用意されており、数人の患者の様態を見守る家族たちが座っていた。

 前から三番目のソファに御雪はいた。うつむいて下を向いているようである。競羅は、その女性に声をかけた。

「御雪かい?」

 御雪は突然の競羅の出現に目を丸くしていたが、すぐに、反射的に応答をした。

「競羅さんですか」

「ああ、そうだよ。どうも、大変なことが起きたみたいだね」

「さようで御座います。今回のこと、天美ちゃんから聞かれたのでしょうか」

「いや、あの子には会えなくてね。別のところから聞いたのだよ」

「さようで御座いますか」

 御雪の返事は、いつもと違い、ただそれだけであった。今更、聞いた場所は、どうでもいいような感じである。それだけ絵里のことで気持ちが一杯なのであろう。

「それで、絵里の状態はどうだい?」

「回復には向かっております。一時的なショックということでした。正常な心拍数には戻られたということで、現在は、お薬を投与されて眠っておられます」

「それはよかったね、大事に至らずに」

「ですが、明日にでも、詳しい精密検査をなさらないと、医者はおっしゃっていました」

「それは、万全をきして言っているのだよ。ことは心臓発作、あとから何かあっては大変だからね。それぐらい、あんただってわかっているだろ。しかし、態度のわりには、肝っ玉が小さい子だね。入院とは」

「さようで御座いますね。ですからこそ、かような態度を取っておられたのでしょう」

「確かに、ガキがいきがっているのを絵に描いたような子だからね。あんたも、そういうことを知っていて、行動をしているのだろ」

「さようで御座います。ですから、わたくしは、今まで一度も、絵里を死体の発見現場や、大けがをなされた方のもとにお連れしたことは御座いません」

「そうだね。思い出したよ。誰かが血を流すような事件があったとき、あんたの横には別の人物が立っていたことが、二度ほどあったね。こっちは、その都度、絵里の都合が悪いかと思ったけど、そういう理由だったのか」

「さようで御座います」

「何にしても、今回は生首をつかんだかもしれないのだから、ショックも相当だろうね」

「はっ、つかんだ? 競羅さん、今、何とおっしゃいましたか」

「だから、つかんだといったのだよ。あ、そうか。詳しいことはまだ知らなかったのだね」

「いかが意味でしょうか?」

「そのことかい、実はこういうことが、起きたのだろうと思うのだけどね」

競羅はそう言うと、自分で思い浮かべた、ほぼ事実であろうという、想像について話し始めた。話を聞いたあと、御雪は口を開いた。

「さようなことが御座いましたか、つまり、競羅さん、お荷物を受け取られた時に、いらっしゃったということですね」

「ああ、そうだよ。成り行きいかんによっては、こっちが生首とご対面をしていた可能性だって、あったのだからね」

「ですが、絵里は、なぜ冷蔵庫を?」

「時間もこんな時間だったし、ふらっと遊びに来たのだろ。それで、ちょいとおなかがすいたので、冷蔵庫をのぞいた。そして、冷凍室にあった箱を見つけた。そんなとこだろ」

「さようで御座いますね。わたくしも、かような感じがしてきました」

「ああ、絵里としても、いかにも高級肉という感じだったから、きっと、喜び勇んで開けたのだろうね。今回の犯人、まったく罪なことをしたものだよ」

「さようで御座いますね。それで競羅さん、今回の事件につきまして、競羅さんはいかような犯人像を・・」

「待った。さすがに、ここでは、そんな話題はまずいよ。他にも、家族のことを心配して座っている人たちがいるからね」

 と言って止めた。御雪も思い直したように、声を上げた。

「さようで御座いますね。では、いかがいたしましょう」

「いかがって、その話をするなら、まずは、この場所から出ないと。他にもいかなければならない場所があるからね」

「さような場所とは?」

「あの子のところだよ。どういうことがあったか、もっとくわしく、聞かなければならないだろ。まあ、あんたは、ここに残ってもいいけどね」

競羅のその言葉に、御雪は考えこんだ。このあと、自分はどうすればいいのかと、そして、その結論が出たのか次のように口を開いた。

「むろん、わたくしも、ご一緒させていただきます。わたくしもいかようなことが起きたか、知りたいですし、絵里とは、あと数時間は面会できそうには御座いませんから」

「そうかい、わかったよ、それで、あんた、晩ご飯は食べたのかい。事件が起きたのは、七時頃だっていうから。もしかして、食べてないとか」

「さようなことは御座いませんが」

「その元気のなさから見て、まだ食事を終えてないようだね。では、久しぶりにおごるよ」

競羅は見通していたのか、そう声をかけた。

「競羅さんに、さようなことまで、していただくわけには参りません」

「そんな遠慮はいらないよ。普通の総菜弁当だよ。さすがに、食べている時間はないからね。ということで、すぐに、あの子のところに向かわないと」

「ありがとう御座います。では、わたくしがお車を出しましょう」

「それは助かるね」

「わたくしも、今回の事件は、大変、興味が御座いますので」

 そして二人は、駐車場に止めてある車に乗り込み、御雪の運転で病院をあとにした。




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