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第三章


 その日の三時すぎ、競羅は天美のマンションを訪ねた。早速、報告をするためである。

 天美は苦笑をしながら応対をしていた。きゅうすに、お茶っ葉を入れながら、

「ざく姉、今回のこと、かなり心配してるね」

「ああ、どうしても、あんたに伝えたいことが、できてね」

「伝えたい事って?」

 天美はお茶を湯飲みに注ぎながら聞いた。

「その前に一つ聞くよ。例の外人三人組のことだけど、様子はどうだったい?」

「その言葉。ざく姉は、まだ、あのことで、ヨルク君やアロンさんたち疑ってるの?」

「ああ、疑っているよ。どうみても怪しいからね」

「でも、言ったでしょ、みんな、わったしが日本に来る前からいたって」

「悪いけどね、今となっては、そんなことは関係がないのだよ。あれから、数弥と話し合ってね。もっと、よくない可能性を思いついたのだよ。だから、すぐに、そのことを知らせるために、ここに来たのだけどね。電話では話せる内容ではないから」

 競羅はそう前置きを言うと、数弥と話し合った内容について説明をした。話を聞いた天美は、ショックを隠しきれなかった。

「数弥さんが、そんなことを」

「ということで、あの三人が、あんたが日本に来る前か後かなんてことは、意味がなくなったのだよ。次の獲物っていうか、矛先があんたになっただけでね」

「でも、あくまで、ざく姉や数弥さんの推理の段階でしょ」

「そうだけどね。そういう可能性が出てきた限り、気をつけるのに超したことはないのだよ。しょせん外国は、日本にとって、すべて、敵とも言えるからね。そして、何よりも」

 ここで、競羅の目がよりきつくなった。そして、そのまま厳しい声で言った。

「その三カ国が、競争というよりも、つるんで、あんたのことを研究している、なんていう、最悪なこともあるかもしれないからね!」

「確かに、そう言われたらそうね。明日から、もっともっと慎重に行動する」

 天美も鋭い顔をした。自分の甘さを再認識したのか、

「どうやら、わかってくれたようだね。これで、こっちも、忠告をしに来た甲斐があったものだよ。さてホッとしたから、これ以上さめないうちに、いただくかな」

 競羅はそう言って、目の前に出されていた茶を飲んだ。と、そのとき、何か気になるものを見つけたのか声を出した。

「おや、さっきまでは気がつかなかったけど、目新しいものがあるね。この湯飲み、青磁製か、よく見たら、きゅうすもそうだし、渋いね。最近、買ったのかい?」

「あっ、それ、さすがざく姉、観察力、相変わらず鋭い! 実は、同じ階に住む人から、ひとそろい、もらったの、だから使ってるのだけど」

「なかなか、いいものをくれるね。やっぱり金持ちが多いというか」

「そのことだけど」

 天美は急に声をひそめた。その態度が気になったのか競羅は思わず尋ねた。

「何か、妙なことがあったのかい?」

「実は、その人、こんなものまで、わったしにくれたの」

 と言って、天美は引き出しに近づき、それを開け、中から平ぺったい小箱を取り出すと、競羅に前に持って来た。そして、その小箱を開けると、あるものが、

 それを見て、競羅は思わず声を上げた。

「これは翡翠のネックレスだね。混じりけのない」

「一応、盗聴器ついてないかどうか確かめたあと、こうやって、しまってるのだけど。結構、高そうなものでしょ」

「ああ、三十万いや五十万近くはするか、こんな代物くれるとは、社長さんだね」

「そう。香港人のちょっとした交易会社、経営してると言ってた」

「香港人の商人か、それなら、こんなのゴロゴロ持っていても不思議ではないね。向こうで買うと半額ぐらいか。しかし、よく考えると、そいつも、うさんくさい感じがするね。あんたの能力を狙っている組織の一員みたいな」

「だから、困ってるの。そんな悪党が親しげに近づいてきて」

「一目で悪党って、わかる奴なのか」

「まず目が普通じゃない。笑ってても本当に笑ってないというか。それにいつも、腕立ちそうな側近、二人連れて。どう見てもまともな人じゃない」

「そんな奴かよ。しかし、わかっていて、あんた、よくもらったね」

「湯飲みは、近所のみんなに配ってたみたいだから、素直にもらったけど、問題はこのネックレスの方。初めは断ったけど、えびす顔して、どうしてもと押しつけてくるの。だから、さっきも言ったように、盗聴装置ないこと、しっかり確認して、部屋に持ち込んだのだけど、やはり返した方がいいかな」

「それは、やめた方がいいね。警戒をしていること、相手に悟られてしまうからね」

「わったしも、そんな感じしたから、二度目は素直に受け取ったのだけど」

「そうだね。もらうに超したことはないから、そのまま、もらっておきな。正直なことを言うと、こっちだったら、最初から断らずに、ありがとう、と言ってもらうね。たとえ、それが、きたない金で買ったものだとわかっていてもね」

「ざく姉、それって?」

天美が疑惑の目を上げた。その目を見ながら競羅は言った。

「それでいいのだよ。こっちも、田之場の組長や幹部たちから、色々ともらうけど、罪悪感はまったく感じないね。どうせ断っても、他の誰かがもらうのだから。そういうときの彼らの狙いは、こっちの身体だよ。うまくいなして利用すればいいのだよ」

「もう、ざく姉の考え方についてけない!」

「あんたは子供だね。大きくなれば、考えは変わるよ。世の中そんなものだと」

「わったしは、そんな人間にならないつもりだけど」

「はいはい、そういうことにしておくよ。今は、そんな話をしているヒマははないからね」

 競羅はそこまでは、ちゃかすような感じであったが、何かを感じたのか、急に厳しい表情にかわると、そのまま心配げな口調になって尋ねた。

「しかし、あんたも、変な奴に目をつけられたものだね。そいつ本当に社長なのかい」

「持ってる名刺から見ても、間違いないみたい」

「けどね、交易会社というのは、日本でもヤクザの幹部が表の顔として、よく使うからね。その線から見ると、奴は香港マフィアとも考えられるね。となると、海外マフィア関係で、あんたの能力を狙っている可能性はより高くなったか」

「わったしも、ファンさんだけには油断してないから」

「そいつの名前はファンというのか」

「そう、さんずい編に、番人の番と書くのだけど。日本名では潘かな」

「そうか。あっちの人間は、漢字一文字の名字が多いからね。それで、そのファンっていう奴、今はどんな動きをしているのだよ」

「それが、ここんとこ姿見せてないの。だから、社員の人たち、探し回ってるみたいで」

「その社員たちは、おそらく、何も知らされていないのだろうね。きっと、そいつは今頃、闇世界で大きな取引をしているよ。地下に潜っているというか。何にしても、油断は禁物だよ。もしかしたら、奴自身も香港の工作員で、隠れている理由自体が、あんたの能力を手に入れるための下準備かもしれないからね」

「それぐらい、わかってる。ひょっとしたら、今回わったし襲った人たち、そのファンさんの部下かもしれないし。隠れてたのはファンさんで、面識ある一人だし」

「えっ! だから、あのとき確かめなかったのかい」

「実は、それも、あったの。だってばつ悪いし」

 天美は舌を出して答えた。その天美の顔を見ながら、競羅は言葉を続けた。

「何だ、そうだったのかよ。けどね、そういう知り合いでも、あんたが、そいつに襲われたという可能性がある限り、このままにはしておけないよ。本当に、あんたの能力を狙っているかどうか、いずれ話をつけないとね。むろん、そのときは、こっちも加勢はするけど。それよりね、やはり、公園に集まってくる三人にも油断をしてはいけないよ、数弥の想像通りのことが、実際、行われている可能性だって充分・・」


 その競羅の言葉の途中、部屋にチャイム音が鳴り響いた。

 天美はその音に反応したもか、鋭い顔になって声を出した。

「誰か玄関に来たみたいだけど」

「どうしたのだよ。あんた、そんな怖い顔をして」

思わず競羅は尋ねた。それだけ、天美の警戒した顔が気になったからだ。

「いや、部屋の玄関前のホンが直接鳴るってことは、珍しいことなの」

「なぜだい」

「ざく姉も知ってるでしょ。このマンション入口に大きなガラス戸あること」

「ああ、むろん知っているよ。さっきも、その前の機械にあんたの部屋の番号を・・」

 ここで、競羅の言葉も止まった。天美の警戒している理由がわかったからだ。

「もしかしたら、そのファンか。何にしても、うかつにドアを開けるわけにはいかないね」

ここで、再び玄関前のチャイムが鳴った。

「まただね。これはちょいと」

 競羅が顔をしかめた。

「でも心配ない。今はこういう便利な時代だし」

 天美はそう言うと、キッチンの方に向かった。そこに、モニターが設置してあるのだ。

 そのモニターを見つめながらホッとしたような顔をした。すかさず尋ねた競羅、

「ファンじゃなかったようだね」

「そう、衛藤守衛さんだった」

「ナル坊だったのかよ。それで何の用だい?」

「それは、会ってみないと。でも手に何か持ってるみたいだし」

 天美は競羅にそう答えると、

「今、開けるから!」

 モニター横の応答口に返事をし、横にある玄関ロック解除ボタンを押した。

それでも、衛藤君は中には入ってこなかった。そのように教育をされているのか、

 仕方なく天美は玄関に向かい、そのドアを開けた。

玄関口に立っていたのは、モニター通り、マンションの衛藤守衛であった。そして、これまた、モニターに写った荷物を手に持っていた。

「あんただったのだね」

 競羅が声をかけた。その顔を見ながら衛藤君は口を開いた。

「悪魔ちゃんか、返事も遅かったし、何か忙しかったかな」

「べつに、ただ警戒をしていただけだよ。それで、あんたが来た理由は?」

「ただの、お届け物さ」

「へえー、ここはお届け物まで守衛がするのかよ」

「普通は業者だけど、時と場合にはね」

「どういうときだい?」

「相手が留守のときかな、業者の人が、何べんも呼び出しを押しても返事がない場合、ものによっては、管理人が認め印を押して受け取る場合があるね」

「そのものとは?」

「業者に代理でもいいと、直接頼まれた荷物かな」

「なるほど、それで、そういう荷物ならわざわざ届けてくれるのかい」

「いつもではないね。たいていは、住民が帰ってきたとき、声をかけて、そのまま引き取ってもらうことが多いのだけど」

「でも、今回はあんたが持ってきたと」

「そのことなのだけど、ぼーくは、さっきまで、荷物が届いていたことを知らなかったのさ。実はこの荷物、今朝早く届いたみたいで、ぼーくが、まだ出勤する前かな。相方というか先輩が業者から受け取ったようだね。この子、いつもその時間にいないし」

「ああ、朝の運動をしに、近くの公園に行っているからね。それで」

「だから、その先輩、ここに書いてある要冷蔵という青い太文字と《生ものですので、お早く、お召し上がり願います》という、この但し書きを見て、守衛室の冷蔵庫の中に入れたのだけど、そのことを、すっかり忘れていたみたいで、ついさっき、届いたことを報告してきたのさ。届いてから、すでに、八時間以上もたっているのに、呼びつけるのは失礼だと思い、ぼーくが直接持って来たということさ、本当に悪かったね」

「そういうことか」

 ようやく、競羅も納得をした。

「ということで、今から渡すよ。見た感じよりより重いからね」

 そう言って衛藤君は荷物を天美に手渡すと、ドアを閉めて帰って行った。


 天美は持っていた荷包みを部屋に入れた。それを見て競羅が声をあげた。

「何か、また怪しいものが増えたね。あんたが走っていた時間に来たようだけど」

「そうみたい。それで、この届け物、耳をすませても、タイマーらしき音まったくしないし、この通り、長時間冷凍したあとあるから、爆弾でないと思うけど。生臭いにおい、ぷんぷん感じてくるし、魚とは匂い違う。もしかして肉かな」

「確かにね。素直に取れば食べ物だろうね。それで差出人はと」

 競羅は荷包みに張ってある伝票を見た。そして言った。

「おやおや、今、二人で話していた人物だよ」

「潘さんでしょ。わったしも、さっきから見て、びっくりしてるところ」

「発送元はこのマンションか」

「別に不思議でないと思うけど、ここに住んでるのだし」

「それはそうだね。しかし、あんた、本当にその香港人に気に入られてるね。これだけのものを送ってくるのだから」

「いくらぐらいかな」

「わからないけど、この重さから見て、おそらく牛肉だね。百グラム最低五百円と仮定しても、三キロはありそうだから、一万五千円か。いや、五百円ということもなさそうだから、その倍、いや三倍ぐらいの値段かな。もっと高かったりして」

「そんなもの、また、もらうなんて」

「では、あんた、突き返す気かい。生ものだよ。しばらく、どこかに行っているみたいだし、もしかしたら、そいつが戻ってきたときは、商品価値がなくなっているかもしれないだろ。どうしても気になるのなら、何か別のものを送るのだね。そうすれば、向こうも、喜んでくれるよ。あんたのつけている下着とか」

「ざく姉!」

 天美の顔が赤くなった。

「冗談だよ。今度、何かいいものを、みつくろってやるよ。だから、この肉はありがたく受け取っておきな。そうだ、バーベキューをやろうよ」

「シュラスコパーティね」

「南米ではそう言うらしいね。さて、そうと決まったら、いつまでも、こんな場所に置いていくわけにはいかないね。早く冷蔵庫にしまわないとね」

 そして、天美は冷蔵庫に行き、荷包みを内蔵してきた。それを見た競羅は次の言葉を、

「きちんと、冷凍場所に入れてきたようだね。では今日は、こっちも、このあたりにしておくよ。そろそろ次の用事の時間だからね」

「用事って、もしかして?」

 天美は手でパチンコ台のレバーで、玉を弾く行動を模した。

「そうだよ。まだ、今日は行っていないからね。一件落着したから、気分よくできるよ」

「本当にそれ、好きなのね」

「性分になってしまっているからね。しないと落ち着かないよ。あんただって、毎朝、走ったり体力運動をしないと調子が悪いだろ」

「そうだけど」

「むろん、明日も走るつもりだよね」

「日課だから」

「それなら、くどいほど言うけど。公園での外人の連中には気をつけるのだよ。今回の事件とは関係がなかったとしても、いずれ何か仕掛けてくるかもしれないからね」

「わかった。油断しないようにする」

「それじゃあね、また」

 競羅は最後に別れのあいさつを言って天美の部屋から出て行った。


 競羅が帰ったあと、天美は思っていた。

〈ざく姉には、あんなこと言ったけど、何かファンさんとも感じ違うのよね。敵意ある視線というか。でも、そんなこと言ったら、またざく姉、ヨルク君たちの悪口言い出すから、黙ってたけど。といって数弥さんの言ってた言葉も気になるし。とにかく、こういう事情になったからは、明日からもっと気をつけないと〉

 考えているうちに眠り込んでしまった。その眠りを覚ましたのは、

トゥトゥ、という音であった。これはマンション入口の呼び出し音である。

「また、誰か来たみたい」

 天美はそうつぶやくと、モニターが設置してあるキッチンにむかった。

そのモニターをのぞくと、来客は絵里である。

 彼女は川南絵里といい、天美がつきあっている探偵事務所の所員である。洞察力が人一倍鋭く思慮深い探偵所長の外村御雪とはまったく違い、何かと迷惑をかける、おっちょこちょいな性格の女性であった。そして、モニターに向かって天美は言った。

「絵里さんね」

「そうよ。おれよ。入れてくれるよな」

「どうしたの?」

「テレビを見たくて」

「またー その用件」

 天美の言葉から、こういうことは初めてではないようである。

「そうよ。見ようとしていた番組、もうすぐ始まっちまうからよ。また、うっかり録画をするのを忘れて、遊びに出ちゃって。ここまで何とか走ってきたんよ」

「わかった。開けるから」

 天美が玄関前のロックを解除し、数分後、絵里が玄関前に立っていた。

「急に訪ねて悪かったな」

「まあ、いいけど」

 そして、天美は絵里を部屋に入れた。入るやいなや絵里は声を上げた。

「おっと、もう始まっちまうぜ」

 そして、机に置いてあるリモコンを取ると、そのスイッチを押した。目的のチャンネルに変えるためである。ちょうど、刑事ものの一時間ドラマが始まったところであった。


 約五十分後、その刑事ドラマは終了した。絵里は満足した声を上げていた。

「やはり面白かったぜ。それに、おめえのとこのテレビ、結構、大きいからなあ、迫力も、かなりあったし最高だったぜ」

「初めから備え付けてあるものだし。それより絵里さん、こんな番組、好きなんだ」

「そうよ。刑事ものは、やっぱり、こうでなくっちゃな。最近はこういうのが少なくなって困るな。難しい謎を解く話ばっかりで。今日みたいにど派手な銃撃戦がないとな」

「うーん」

天美は何とも言えない顔をしていた。セラスタ時代のことを思い出していたのか、

そして、絵里の言葉も続いた。

「本当にシビれたぜ、敵のアジトで十数人を相手に、まあ、いつものようにだけど、バババーンと、車とか柱に隠れながら撃ち合うのだよな。最後は当然、主役の御園警部が、相手のボスを打ち倒しておしまい。わかりきってるけど、面白しれえよな」

「そうかなあ。わったしも、さすがにここまでの経験ないし」

「当たりめえよ。十人以上の敵に囲まれて応戦する。そんな経験あってたまるかよ。こういうのはな、あくまで想像の世界なのだよ。ストレス解消のためのな」

〈でも、わったしが銃、持たないだけで、囲まれたことは何度もあったけど〉

 天美はそう思っていたが、あえて口をつぐんでいた。

 そんな天美の心中は知らず、絵里は声を出した。

「どうも、興奮して、のどがかわいちまったよ。何か飲むものねえのか?」

「野菜ジュースなら、あるけど、あとは冷たい、お茶かな」

「お茶か、冷たいのならいいぜ。冷蔵庫の中か」

「そうだけど」

「では、取ってくるぜ。冷蔵庫は台所だよな」

「そう、その入った右のとこ」

天美はそう答え、絵里はキッチンに向かった。そして、絵里のとがった声がした。

「おい、目の前にあるのはタンスじゃねえか」

「タンスが台所にあるわけないでしょ。それが冷蔵庫」

「冷蔵庫まで木目か」

「最初からなってたから、文句言われたって」

「そうかい。よく考えたら、どうでもいい話だったぜ、まずは何か飲む物をと」

 絵里はそう言って冷蔵庫のドアを開けたが、中にはジュース類は入っていなかった。数本の缶ビールや、缶詰とか酒のさしみになるようなものは入っていたが、

 それを見て絵里は言った。

「おっ、ビールがあるね。うまそうなもの、入ってるな。ビールで一杯やるか」

「絵里さん、未成年でしょ。そんなことしたら、すぐ逮捕されるから」

「逮捕って?」

「そう、中のもの、ほとんど警察のお姉さんたちのもの」

天美は答えながら苦笑をしていた。その言葉通り、冷蔵庫の中身の持ち主は、後翔子、佑藤恭子の二人の女性警官であった。

 彼女たちは所轄京港署の少年係で、天美を監視するという理由をつけて、彼女のマンションに入りびたっているのだ。それを聞いた絵里は、

「あの、婦警の姉さんたちのかよ。確かにさわらねえ方が無難だな」

 と素直に引き下がった。口だけは威勢がいいが、かなりの小心者である。

「そろそろ、来るかも、ここ二日ばかり来てないし」

「わかったよ。とにかく、おれは、のどがかわいちまったから、飲み物がねえと」

「うっかりしてた、それなら下のドリンク入れに入ってるし」

「下か」

 絵里はそう答えて、すぐ下の引き出しをあけたが、そこは冷凍庫であった。

「間違えちまったよ」

 と言って、すぐに絵里は冷凍庫を閉め、その下の引き出しを開けた。そして、ようやく、飲み物にありつけたのである。

 コップにウーロン茶をそそぎ、ひとごこちついた絵里は声を出した。

「あのなあ、この冷凍庫、中に箱があったけど、あれも婦警どものものか」

 天美が冷凍庫に入れた荷包みのことである。

「違うけど」

「何か気になるな。あの箱、いったい何よ?」

「今日、宅急便で送られて来たもの」

「では、あれは、おめえのものなのだな。それで中身はわかるか」

「どうも、肉の塊みたい」

「本当か」

「確かめてないからわからないけど、匂いや重さから見て、そんな感じ」

「そうか肉か。今日なら、あの婦警どもも気がついていねえし」

 絵里の目が光った。そして言った。

「おめえ、今、腹が減ってねえか」

「そう言えば、まだ夕ご飯食べてなかった。絵里さん来るまで寝てたし」

「それは、ちょうどいいね。その肉、今から焼こうぜ」

「今から!」

「何を驚いているんよ。おめえ、おれの肉焼き術、知っているよな」

「それは知ってる。最初会ったとき、あんまり上手だったから感心したし」

天美の言葉通り、絵里と天美の出会いはステーキ屋であった。そこで、彼女は、絵里が焼いたお肉をごちそうになったのである。肉も上等だったのか、その味は絶品であった。

 絵里は、期待感でふくれるような声で言った。

「そうか、それなら決定だな」

「でも、それは、よくないと思う、ざく姉もこの肉のこと知ってるから」

 天美はそう言うと、先ほどのやり取りについて説明をした。説明後、絵里は、

「姉貴、そんなことを言っていたのかよ。となると、まずいかもしれねえな。でも待てよ」

 と、つぶやいたが、思いついたように声をあげた。

「けどよ。この肉、どうせ、あの婦警どもに見つかるよな、そのとき断れるか」

「どういうこと?」

「だから言葉どおりよ。あの姉さんたちは、あんな風に冷蔵庫を占領しているんだぜ。すぐに、あの箱も見つかるよな。そのとき、きちんと断ることができるのか」

「たぶん」

「本当に間違いないか。きっと、おれより迫ってくるぜ」

 絵里にそう言われ、天美も自信がなくなってきた。

「だろう。婦警どもに見つかったら、どのみち姉貴たちの口には入らねえよ。おめえには入るけど。となると、これから、おめえはそういう奴だと見られるだけさ。なあに、全部ではないよ。大きさから見て結構ありそうだし、四分の一ぐらいよ、つまむのは」

 絵里も、こういう目先の利益だけに関しては駆け引きができるようだ。天美が困っている様子を見て、絵里はなおも言った。

「おめえが気にしてるのは、姉貴のことだろ。大丈夫よ、姉貴には内緒にするし」

「違うでしょ、ざく姉に知らしておかないと、だめでしょ」

 天美は呆れ声をあげた。やっぱり絵里の思考能力は、ここまでかと思いながら、

「姉貴に、わざわざ、つまみ食いしたことを知らせて、どうするんよ。怒られたいのか」

「だから、そういう考え方、間違ってるの! ばれたあとのこと考えないの?」

「そんなの、ばれなきゃいいのよ。特におめえが黙っていればな、絶対ばれねえよ」

 絵里は自信満々な態度で答えていたが、天美は次の反論の声を、

「そうかなあ、わったしが黙ってても、ばれると思うけど、絵里さん、今日来たこと、マンションの記録に残ってるし、そのとき肉の量、減ってたら間違いなく。ざく姉、こういう隠し事、大嫌いだから、ばれたら絵里さん、半殺しの目にあうかも」

「では、食べられないのか」

 絵里は言葉通り困った顔をした。その顔を見ながら天美は言った。

「だから、報告しとけば問題ないの。ざく姉って、まったく食べ物に執着しないし」

「そうか。つまり、おめえも、何やかんや言いながら早く食べたいのだろう」

 絵里はそう天美の顔をのぞき込むような態度で答えた。

「正直言って、少し当たってる。今から外、食べにくの面倒だし、肉を焼くのが上手なコックさん調理してくれるなら、それもいいかと思って」

「ははは、そうか。では取ってくるよ」

 絵里は笑いながら冷蔵庫に向かうと、冷凍庫を開け、その荷包みを取り出した。

 そして、それをテーブルに置くと、包装してある紙を破り取った。中から出てきたのは、上下のふたをガムテープで強くとめた発砲スチロール製の箱であった。

「思ったより重かったな。やはり、これだけの量があったら、少しぐらいもらっても、ばちは当たらねえよ。では、ご対面と行くかな」

 絵里は上機嫌で、ガムテープをもぎ取り、上ぶたを持ち上げ、中のものに手をかけた。

「わあああああ!!」

 その途端、とんでもない大声を上げたのだ。

「絵里さん。どうしたの? そんな声、上げて」

 天美が台所に近づくと、絵里はショックで倒れて気絶をしていた。その箱の中身は!

「この顔は!」

 天美は思わず叫ぶと絶句した。何とそれは、数時間前、競羅との話題に出、また、この荷物の発送元と思われた人物、潘庚員ファン・ゴン・ユェンその生首であった。


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