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第二章


 その日も晴天であった。天美は有栖川宮記念公園内で、いつものように、三人の外国の人たちと会話をしていた。

「そう言えば、アロンさん、前にこのあたりに住んでる、って言ってたよね」

 会話中、と天美が何気なく聞き、

「まあね」

アロンがそう答えていた。そのとき、ヨルク君が中に入ってきた、

「ぼくは、知ってるよ、アロンさんち。公園正面口を左に曲がって、三本目の道を、右に曲がって、駐車違反の標識が出ている真ん前の家だね」

「君、勝手なことを」

 アロン青年は気分を害したが、

「あれ、しゃべって悪かったかな」

 ヨルクは、どこ吹く風である。いつものように、ミニフォンを両耳につけた状態で。

「そんなこと常識だろ。こういうことは、むやみに知らない人に、しゃべることではないよ。こんな常識的なこと、お互いにわかっていると思ったけどな」

「でも、アロンさん。お姉ちゃんのこと、気にいっているでしょ」

 ヨルクのいかにも子供っぽい言葉に、

「まあ、そうだけど、これは・・」

 アロンは、その後も何か言葉を続けようとしたが、それより先にヨルク君は声を出した。

「だけど、あんまり、仲良くするのはよくないよね。家には、こわーい、のがいるから」

「恐いって、もしかして」

「その通り、こわーいこわーい奥さんだよ。アロンさんが、天美ちゃんとベタベタしていたら、想像しただけでも、こわこわ」

 ヨルクは答えながら首をすくめた。アロンは文句を言おうとしたが、だまっていた。こんな子供を相手にしても仕方がないと思ったからか、

一方、そのヨルク少年は、天美に向かって誘いの声をかけていた。

「それより、お姉ちゃん、ぼくの方はお姉ちゃんを一度、家に呼びたかったんだ。近いうちに招待をするよ」

「天美ちゃん、それは、絶対にやめた方がいいよ。何ていったって、この子のうちには、ものすごく危険な犬がいるからね」

 ここで、アロンが忠告をするように口をはさんだ。ヨルクは口をとがらせた。

「犬って、ルドルフのこと」

「そう、その黒いドーベルマン、天美ちゃん、うかつに近づいたら、いきなり首筋にガブリだよ。とても訓練された軍用犬だから」

「軍用犬」

 思わず天美は復唱した。警戒感が走ったのか、

「やだなあ、アロンさん。ルドルフは、そんな犬ではないよ」

「飼い主だから、そう思うだけだよ。しかし、最近、ヨルク君、ドーベルマンを連れて歩かないね。そっちこそ恐いのじゃないかい。手に負えなくなって」

「そんなのじゃないよ」

 ヨルク君はそう否定をしたが、アロンは、先ほどのことにまだ腹がたっているらしく、からかうように言葉をつづけた。

「そうかな、僕にはそう見えるけどね」

「だから、そうじゃないって。ルドルフは、おとなしいったら、おとなしいよ!」

 ヨルクはアロンにムキになったように言い返した。その二人に対して、ナターシャが仲裁をしに入ってきた。

「まあまあ、ケンカはやめましょう」

 彼女も、しばらくは成り行きを見つめていたが、さすがに、これ以上は見るに見かねて、ほおっておれなくなったのか注意をしてきたのだ。

 ヨルク君は口をふくらませていた。

「僕たちはケンカをしてないけど」 

「あら、そうですか。わたくしには口げんかに見えましたけど」

 そのナターシャの言葉に、二人とも、ばつが悪そうな顔になった。そのあと、ナターシャは、微笑みながら話を続けた。

「本当に若い人たちはいけないね。すぐに、頭に血がのぼるのだから、それでは、何もうまくいきませんよ。そうそう、おばさんのいた国、ロシアにはケンカをしている二人の男と、犬を巡っての面白い寓話があるの。今からその話をしましょう」

 天美を含めた三人の迷惑顔をよそに、ナターシャは昔話語りを始めた。


天美がナターシャから解き放されたのは十数分後であった。アロンたちと別れた天美は、次のジョギングコース、天神山公園に入っていた。

「今、ちょうど七時か。今日もまた、こんな時間に、なっちゃった」

 天美は公園内に設置してある大時計を見ながら声を出した。そのあとも、

「さて、あと少しで、今日の朝の運動も終わりと」

 そうつぶやきながら走っていた。とそのとき、妙な気配を感じたのだ。彼女は、このような気配には特に敏感であった。セラスタ時代に、もまれていたからだ。

 彼女が厳しい顔をすると同時に、前方から数人の男たちが歩いてきた。その数、五人か、いかにも、不良そうろうという格好の男たちである。

男たちは天美を値踏みするように見つめていたが、そのうちの一人が声を上げた、

「ヒュー」

ジャンバーのポケットに手を入れていた男である。風格的にリーダー格か、

 そのリーダー格の男性は、ナンパが目的なのか天美に向かって声をかけてきた。

「お姉ちゃん、かわいいねえ。僕たちと遊ばなーい」

「あーあ、遅くなったせいで、変なのがあらわれちゃった」

 天美は苦笑いを浮かべながら答えた。その言葉に男は当然の反応を、

「俺たちが変なのだって!」

 と肩を怒らせて詰め寄ってきた。天美はその男性に向かって声を上げた。

「そう、変な格好してるから、ただ変と言っただけ」

「思ったより、なかなか度胸があるな」

「とにかく、わったしは、早く朝ご飯食べたいから、そこ、どいてもらわないと」

 面倒になった天美はそう言って、その男の横をすり抜けていこうとした。そして、彼女がすり抜けようとした瞬間、そのリーダー格の男が彼女の肩に手を掛けた。

「ちょっと待ちな。姉ちゃんよ」

「まだ、何か用なの?」

 天美は男をにらみながら答えた。その彼女の態度に、男はびっくりしたような顔をしたが、やがて苦笑をすると、仲間たちに向かって演説をするように声を出した。

「おいおい、聞いたかよ。今の言葉、こんな情況で、『まだ何か用なの?』だってよ」

「実際、用なかったら、とっとと帰らせてもらうけど」

天美は不愉快そうな顔をして答えた。

「本当に、ふざけた姉ちゃんだね。俺たちを前に素直に帰れると思っているなんて」

「ふーん、素直に帰れないって、何かやる気なんだ。そう言う気なら、ここで、あっなたたちの悪事、しゃべってもらおかな」

 彼女は挑戦的な言葉を吐いた。これは、彼女が相手に威嚇などされて頭に来たとき、または、目的の相手と対面したとき、必ず使う決めゼリフである。

 その態度に、ついにリーダー格の男の我慢も切れた。

「悪事をしゃべるだと、このアマー、ふざけるなー」

 と叫ぶと、両手で天美を押し倒したが、ここで突然、その続きを中断させた。そのあと、

「おい、こういうことって、よくないよな、もうやめようぜ」

 と仲間たちに向かって言い出したのだ。

その男の行動とセリフに、四人は目を見開いて驚いた。よくない! やめよう、どこから、どう間違えても、そんな、セリフを言わなさそうな人物が、その言葉を発したからだ。


【今はたらいたのが、天美の能力の一つ、弱善疏である。この能力は、天美が自分の身を守るときに発動するもので、彼女を捕まえるため身体の一部にでも触れた人物は、その途端、その彼女を捕獲する意志をなくすのだ。そればかりか、《絶対に、彼女を最後までサポートしなければならない!》という気持ちに陥り、彼女を逃がす行動をとることはもちろん、彼女や彼女が守ろうとした対象の人物を捕まえようとか、危害を加えようとするものに向かって、妨害をし始めるのである。ただし、その効果は約半日だけだが】

「先輩らしくないすねえ。朝っぱらから寝ぼけてるんすかー。獲物を逃がすなんて」

 とリーダーの右側にいた男が天美の手をつかんできた。左側にいた男も同様に天美に飛びかかかった。ここで、再びはたらいた弱善疏、二人は弾かれたように手をはなすと、

「やめよう、やめよう。ばからしい」

「やはり、朝っぱらから、こんな仕事はむかないよ。中止にした方がいいよ」

 と口々に、残った仲間たちにやめるように言ったのだ。

 残った二人も、天美を襲った三人の変貌に驚いていたが、驚いてばかりもおれず、同様に天美につかみかかった。あとは人は違うが、ビデオ画像の繰り返しのようなものだ。結局、彼女を襲った五人は、全員、天美の弱善疏に墜ちたのである。

 ことが終わったあと、天美はある視線を感じた。その視線の先は、いかにも、人が隠れていそうな植え込みが。実際、その刺すような視線は植え込みから発せられていた。

〈わったしを、にらんでた感じ、確かこのあたりからしたけど〉

 彼女は、その場所を見つめながら考えていた。さて、このあと確かめにいくか、どうするか、だが結局は、目の前に設置してある時計に目を移すと、

〈今、七時五分過ぎだし、本当に遅くなっちゃったから、そろそろ帰らないと〉

とそのまま公園をあとにした。


 マンションに戻った天美は、すぐさま、競羅に連絡を取った。そして、そのことを詳しく報告するために、浅草新家にある競羅のアパートを訪ねたのである。

 競羅は一連の出来事を聞いたあと、難しい顔をしていたが、すぐに声を出した、

「それで、そのことを確かめずにほおっておいたのかよ」

「そう、時間も、いつもより過ぎてたし。気のせい、だっていう可能性も」

「こっちは違うね。気になったら確かめに行くよ。そんな、妙な視線を感じたらね」

「でも、わざわざ、そんな気分したぐらいで立入禁止のとこ入るなんて」

天美はそう言った。ずれた正義感というか、

「ただの芝生保護だろ。あんた、自分がそんな目にあいながら、仕返しをするような気が起きないのかい。こっちだったら、気にせずに、ずかずかと踏み込んでいくよ。そして、もし隠れていた相手がいたら、そいつを問い詰めるよ。何が目的で襲ったかとね」

「ざく姉だからでしょ、本当に好戦的なんだから」

「まったく、あんたの考えはよくわからないよ。それより、そいつら、いったい何の目的で、あんたを襲ってきたのだろうね。やはり普通に考えて、荒っぽいナンパかね」

「いや、そんな、感じではなかった。その植え込みに隠れてた視線の人、どうも、初対面でないみたい。前から面識あるような」

「えっ! 面識があるって」

「そう、あくまでも、そう思っただけなんだけど、わったしも、よく顔合わせてるような感じが、つい最近もどっかで何度も会ったような人で」

 その天美のセリフに、競羅が大きく反応した。

「つい最近も会った人物? それも何度もだって!」

「何か、おかしい?」

「おかしいも何も、あんたらしくないね、まだ思いつかないなんて。だいたい、あんた、最近、外人の変な連中とジョギング中に公園で接触をしているよね」

「もしかして、アロンさんたちのこと?」

「そうだよ。そいつらだよ。面識がある。つい最近、何度も会ってる。そして事件は、そいつらと別れたあと、すぐに別の公園で起きた。まさにピッタシの条件じゃないかよ」

「では、ざく姉は、あの人たちが朝の事件に関係すると言うのね」

「あくまでも可能性だよ。二つの公園の出来事、偶然かなと思って」

「だけど、あの人たちは、わったしと同じように、朝の散歩してるだけでしょ。アロンさんは犬に運動させるため、ヨルク君は、わったしと同じようにジョギング、ナターシャおばさんは、ぼけ防止のための散策ということで」

「アメリカ人と、ドイツ人とロシア人だったね」

 競羅の顔が険しくなった。よくない想像をしているのか。

「ざく姉、そんなこわい顔しなくたって」

「何か、話を続けていくと怪しくなるね。そいつら、あんたの能力を何とか、手にいれようと近づいている各国の工作員のような感じがしてきたしね」

「ヨルク君たちがスパイだって」

「そう思っても、不思議ではないよ。アメリカやロシアといったら、工作員のイメージがつくからね。ドイツも、第二次世界大戦あたりに細菌ガスとともに、自白剤のような怪しいクスリを、研究していたといううわさだし」

「確かに、今朝、こういう事件起きたから、前、以上に疑わないと」

「前以上というと、あんたも、少しは疑っていたのだね」

「あれ、では、ざく姉は、わったしがその人たち疑ったことない、と思ってたの?」

「思っていたよ。今朝みたいな目にあっても、のんびりした受け答えをしているからね」

「だから、そんなの余裕で切り抜けれたし」

「普通の女の子では簡単に切り抜けられないよ。たとえば、さっき、あんたが遭遇したと言っていた五人の男たち、そんなのに囲まれたら逃げられないだろ」

「そうかな、ざく姉なら、どうする?」

「公園の木の枝をへしおって抵抗をするね。短くても木刀があれば、何とかなるからね。五人か、相手が戦いのプロでなかったら撃退できるね」

「さすが、ざく姉」

「だから、それは、こっちもケンカ慣れをしているからだよ。本当に、普通の女の子だったらそうはいかないよ」

「でも、わったしが聞いたのは、あくまでも、ざく姉だったら、ということだし」

「そうかい、それなら、今のが答えだよ。ただし、さっきも言ったように、襲ってきた相手が、ナンパの延長のようなもので、格闘のプロでない場合だよ。プロだったら相手の度量によるけど、一対一でも勝てない場合があるね」

「では、今日の相手ぐらいなら勝てるんだ」

「けどね、かなりの体力と精神力を使うよ。五人が同時にかかってきたら、それなりの打撃は受けるし、また別々でも厄介だよ。こっちが、四人を相手にしている背後から、五人目の奴が公園の縁石などを持ち上げて、背後から打ち下ろしてきたら、そこで、おしまいだよ。だから、そういうことも色々と考えてケンカをしないとね」

 競羅はそこまでは普通に答えていたが、すぐに、真剣な顔になると次のセリフを、

「それより、今は、そんなケンカ談義をしている場合ではないだろ。そのあんたを襲った奴らを背後であやつっていた人物、そいつの素性について話し合う方が重要だろ」

「そこまで、あつくならなくても」

「あんたねえ。こっちは、あんたのことが心配だから言っているのだよ。どうも、話を聞いてみると、その外人たちにあんたは気を許しすぎだよ」

「それはないけど、さっきも言ったでしょ。すでに疑ってるって」

「そうかな。やはり、あんた、自分の能力を過信しすぎていると思うけどね」

 その競羅の言葉に天美は不愉快になった。そして、怒ったような口調で言葉を続けた。

「わったしは、ざく姉が思ってるより、セラスタでは工作員関係について、厳しい指導受けたの! とくに、意味なく親しくしてくるような人間には気をつけろ! ってね」

「その効果、まったくないじゃないかよ」

「そうかなあ」

天美は策があるのかニヤリとした。その態度に何か競羅は感じたのか反応をした。

「あんた、すでに、手がうってあるような顔をしているね」

「だから、何度も、最初は疑ってた、と言ったはずだけど、当然、その人たちについて、ある程度、調べたに決まってるでしょ」

「ほお、すでに調べておいたのかよ。それで正体は判明したのかい?」

「正体というより、わったしを狙ってない、ということだけは、わかったの」

「なぜ、正体も調べられなかったのに、そんなことを言えるのだよ」

「だって、三人とも、わったしが日本に来るずっと前から、公園に集まってたんだから」

 天美は自信満々に答え、そのセリフに競羅は、

「ずっと前、えっ! それは本当なのかよ!」

 と思わず聞き返した。推論が崩れたからである。

「わったしも怪しいと思って、公園に来る他の人たちや管理人さんに聞いたの。その三人の人たちについて。その結果、詳しい素性までわからなかったけど、三人とも、わったしが来る一年ぐらい前から、公園に集まってた、ことだけは証明されたの」

「どうかな、買収をされていたとかいうことも考えられるだろ」

「そんなことない、他の人たちも同じ事言ってたから」

「となると、そいつらは関係ないか」

 競羅はそうつぶやいたが、なおも疑っているのか言葉を続けた。

「けどね、もしかしたら、こういうことは考えられないのかい。あんたが聞いた人物、全員で口裏を合わせているとか。工作員なら買収なんてお手のものだし」

「ざく姉!」

 天美が、とがった声をあげた。そして、そのまま言葉を続けた。

「ざく姉の言葉、聞くと、公園に集まる人たち、みんな敵みたいじゃないの!」

「違うのかい?」

「でも、公園には子供から老人まで、たくさんの人たち集まるのよ。十人も二十人も」

「けどね。監視するなら大勢いた方が確実だからね」

 競羅の言葉を聞きながら、天美はじっと考えていた。そして、思い直したように言った。

「確かに、今朝こんな事件あったから、より慎重にならないと」

「ああ、それがいいよ。怪しいことがないか、じっくり観察をするのだよ」

 競羅はそう答え、天美は競羅のアパートをあとにした。


翌日、晴天は続かず、どんよりした曇り空である。 だが、雨が降る気配は一向になく、天美のジョギングは中止にならなかった。

 彼女は、何食わぬ顔をして、そのジョギングをしていた。むろん、彼らに怪しまれないようにするためである。やがて、定刻通り三人は現れた。

 ヨルク少年が、いつものように走りながら声をかけてきた。

「お姉ちゃん、今日も、がんばってるね。僕もがんばるぞ」

 昨日の事件のことを知っているのか、知らないのか、一見、普通の態度である。

「キャンキャン、ハッハッ」

 足をとめた天美に、子犬がなついてきた。アロン青年の飼い犬アンディである。

「アンディ、よい子ね。これ、今日も、わったしからのプレゼント」

 天美はそう答えながら、犬用のビーフジャーキーを取り出し、アンディに渡した。喜んで食べるアンディ。天美は、その様子を目を細めて見ていた。

 アロンが声をかけてきた。

「天美ちゃん。今日もありがとうね」

「うん、わったし、こうして、アンディにえさあげるの楽しみなの」

「だってさ、アンディ、きちんとお礼を言うのだよ」

 そのアロンの言葉が理解できるのか、アンディは天美に甘えた声を出した。

「クウーーン」

ここで、マイペースで前方から年配の女性が歩いてきた。ナターシャである。彼女は天美たちにあいさつをしてきた。

「皆様、おはよう御座います。ごきげんよろしいでしょうか」

「むろん、みんな元気だよな。こうしてね」

 ヨルク少年はそう快活な声を上げた。

天美はその三人の様子をじっと見ていた。本当に何か怪しいところはないか。だが、じっくり見ていても、何ら怪しいそぶりはなかった。

しかし、その行動を妙に感じたのか、 アロンが声をかけてきたのだ。

「天美ちゃん、どうしたの? 何か浮かない顔をしているけど」

。突然の声に天美は戸惑った。そして言った。

「そんなことないけど、何かちょっと」

 その天美の心中を見破ったかのようにヨルク少年が声を出した。

「きっと姉ちゃん、誰かに叱られたのだろ。僕たちを相手にしちゃいけないって」

ヨルクの洞察力の鋭さに天美はハッとなった。 その発言に、一瞬、凍りついたまわりの雰囲気。アロンもナターシャも目を見開いた。

 だが、そんなことはおかまいなく、ヨルクは言葉を続けた。

「だって、僕も同じことママに言われてるもんね。『運動は結構だけど、公園で会う外国人たちのつきあいは、ほどほどにしておかないと』ってね、大人は誰もが心配をするのさ」

「何だ、君そんなことを言われているのか」

 ホッとしたように、アロンは声を出した。

「そう、だから、お姉ちゃんの様子見て、ピンときちゃった。これは、誰かから何かを言われたな、と。そういうことで気にしていたのだよな」

「実はそうなのだけど」

 天美はそう答えるしかなかった。目の前の疑っている相手から、その疑っているということを、どんな形であっても、指摘されたらそのように答えるしかないからだ。

 ここで、ナターシャが口を開いた。

「今朝の、若い子たちの気持ち、お空と同じように曇り空ね。そうだ、おばさん、こういうときの気分をほぐすための、おまじないを知っているのよ。おばさんのいたロシアの小さい村に伝わっている、おまじないだけどね。このようにするのよ」

 どんなときも、ナターシャのマイペースぶりは変わらなかった。


昼過ぎ、朱雀競羅の方は、部屋の掃除をすませ、いつもの行動、パチンコ屋に出かけようとしていた。まさにそのとき、

 チャンチャララララ

 携帯電話がかかってきたのだ。彼女は反射的に通話ボタンを押した。

「姐さんすか」

 その電話の相手は、天美とも親しい真知新聞記者の野々垣数弥だ。この数弥もまた、天美の能力の存在を知っている一人であった。

 おもわず競羅は尋ねた。不愉快そうな声で、

「あんたか、何の用なのだよ?」

「別に用事はないんすけど、天ちゃんの様子、どうすか?」

「あんた、すでに聞いたのかよ」

「聞いたって何をすか?」

 数弥の返事は事件を知らないのか、こうである。競羅は、そのあと、どうしようかと悩んでいたが決心をすると、その受話器に向かって言った。

「実は、昨日の朝、ボネッカが近くの公園で見知らぬ五人の男性に襲われてね」

「えっ! 天ちゃんが襲われたんすか」

数弥の驚いた声が受話器に響いた。それだけ天美のことが、普段から気になってるのだ。

 競羅は、そのような反応が来るのを予期していたのか、あわてず、説明を続けた。

「今、言った通り、今朝、近くの天神山公園でね。なあに、結果は大丈夫だよ。あの子には例の能力があるだろ。いとも簡単に追い返したよ」

「それでも、襲われたことは事実なんすよね」

「ああ、あの子が、ウソを言う必要はないからね」

「相手は何者なんすかね」

「こっちが思うには、あの子の能力を狙ってる奴らだろうね」

「えっ! 天ちゃんのスキルをすか! それで、どんな奴なんす」

 数弥のボルテージが上がった。

「どんなと言っても、こっちは、直接会ったことはないけどね。いろいろ、考えると、あの子が、雨の日以外はほとんど毎日、別の公園で顔を合わせている連中だよ」

 と競羅は、以前から、天美から聞かされている外国人三人組の話を数弥にした。

 数弥も、天美から、ある程度のことぐらいは前もって聞かされていたのか、最初のうちは冷静であったが、競羅から詳しいことを聞くにつれ興奮をしだした。そして、受話器に向かって大きく声をあげた。

「そいつは、絶対に怪しいすよ。特に犬を連れたアメリカ人青年は!」

「おや、若くてハンサムというところが、気にかかったのじゃないのかい」

 競羅のからかうようなセリフに、

「そんなことはないすよ!」

 と数弥は否定をしたが、声質は認めているようなものであった。

「とにかくね、こっちは、そのアメリカ人だけを怪しいと思っているわけではないよ。ドイツ人、ロシア人も同様に疑っているのだからね」

「確かに、情況から見て変かもしれませんけど、よく考えたら、麻布周辺で外国人を変、という発想自体がおかしなことなんすよ」

「まあ、言われてみれば、そうかもしれないけどね」

「ええ、姐さん、東京で、外国人のビジネスマンが一番多いところは港区すよ。ちょっと収入がいい人たちは、そこで住むことがありますからね。ドイツ人の少年にしても、ロシア人の老婦人にいたしましても、彼らの家族という可能性が高いす」

「アメリカ人は違うのかい?」

「それは・・」

 数弥の言葉がつまった。

「そらみろよ、あんたは、ただ、そいつに余計な感情を持っているだけだよ。そのアメリカ人だけに対してはね。だいたい、あの子自身、今では疑いを持っていないよ」

「えっ、あの用心深い天ちゃんがすか?」

「その三人組、あの子が、日本に来る一年ほど前から公園に集まっていたからね。あの子の、能力が目的ならそんな前から集まっているはずはないだろ」

「でも、姐さんは気になるんすよね」

「ああ、視線の主が、あの子が、しょっちゅう会っている面識あるという人物だからね」

「早朝、緑多き都会の真ん中の公園で散歩がてら接触をしている外国人三人組すか」

 ここで、数弥のトーンが低くなった。それが気になったのか競羅は思わず尋ねた。

「あんたも、何かひっかかる、ものの言い方をするね。詩的な」

「実は僕、海外ドラマで、そんなようなシーンを見たことあるんす。どこか、外国の街の中の公園で、散歩がてらに別の国の三人の外国人が、いつも、決まった時間に会っているんすけど、その三人は、それぞれ、どこかの国のスパイで、お互いに相手の身分に感づきながらも、その公園で住んでいる国の情報を探り合っていたと」

「まさに、今、ある情況じゃないかよ」

競羅は思わず声をあげた。

「ええ、そうす。だから、僕も不安になり始めました」

「ああ、まずい情況だね。あんたの説を簡単に言うと、こういうことだろ。その三人組は、以前から日本の機密を探るため、大使館近くの公園で、お互いに腹の探り合いをしながら、情報交換のようなものをしていた。その仲間に、あろうことかあの子が迷い込んだと」

「いや、そんなもんじゃないすよ。三カ国の人たちも、天ちゃんのスキルの存在を知った母国から、新たな命令を受けて、天ちゃんに近づいて来たとも考えられますが」

「そうだよ。そっちの方が合点がいくよ。もともと、こっちは、そいつらが能力を手に入れたいがために、あの子に近づき始めた、と推理をしたからね」

「ええ、そういうことす。彼らの目的は間違いなく天ちゃんのスキルすね」

「これは大変なことだよ。すぐに、あの子に知らせないといけないね。ということで、悪いけど通話は終わらせてもらうよ」

 競羅は厳しい顔をして電話の通話スイッチを切った。




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