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上巻 終章(1)

              

御雪との会話から約一時間後の午前十一時頃、競羅は数弥と、港豪苑内一階の奥に設備されているラウンジにいた。なぜなら、その数弥に呼び出されたからだ。

「ほお、こんな場所まであったのか。確かに、あんたの言う通り、雑談に適した場所だね」

 競羅の機嫌良さそうな声に、数弥は白い歯を見せて言った。

「いいとこでしょ。紅茶もコーヒーも、コインを入れれば、こうして飲めるようになっていますし。この時間は、たいてい、このようにすいているんすよ。お昼どき前すから」

「ああ、雰囲気はいいし、住民以外は人はこないし、ちょくちょく使わせてもらうか」

「さて、ここに、姐さんを呼び出したのは理由があるんすよ。まずは、その黄色い紙が置いてある席に座ってもらいたいのですが」

「えっ! 座る場所まで指定するのかよ」

「お願いします。事件のことで、どうしても、重要なので」

 数弥の言葉に競羅は納得はできなかったが、事件という言葉が気になったのか、

「わかったよ。その代わり、自販機の飲み代は頼むよ」

 と言って、指定された席に座った。

 そのあと、数弥は、自動販売機に向かい二人分の飲み物を買った。そして、競羅の向かい側に座ると口を開いた。

「さて、ではお話に入りましょう。姐さんは、どのような情況で、天ちゃんが朽木元警部補に連れていかれた、と考えているんすか?」

「まずは、そこからか。奴は相当の居合いの名人でね、あの子もさすがに、その不意打ちをさけることができなかったのだよ。それで気絶をさせられ、荷物用のエレベーターに乗せられて、そこ、すぐ目の前にあるだろ、この裏口から連れ出されたのだよ」

 競羅の説明に数弥も情況を入手していたのか動じなかった。その代わりというか、

「ですが、その裏口から、という決め手の証拠はないんすよね」

 と質問を返してきた。

「あんた、今更、何を言っているのだよ?」

「わかっていますが、その裏口という根拠には、一つ、あやふやな問題が」

「それって、あんたが、昨日、電話で話していたことか。今いる、この場所で、くっちゃべっていた三人の女性たちがいて、そのうちの一人が、『裏口の通路を使った人物は、その時間、誰一人も見かけなかった』と言っていたことだろ」

「ええ、そこす、そこなんすよ、僕の言いたいことは。正面のドアを見てください。真ん中の部分が上から下までガラス張りでしょ」

 数弥はそう言って、ラウンジ入口のドアを指さした。その言葉通り、ドアの中間部分、幅にして三十センチぐらいか、その部分だけが上下にかけてガラス仕様になっていた。

「なかなか、おしゃれなドアだね。でも、それが、どうしたのだい?」

「下までガラス張りということは、かがんでいても姿勢を低くしていても、その前を通れば、必ず見えてしまうということす。だから、この場所に座ってもらったんすけど」

 数弥の説明に、一瞬、競羅の言葉は止まったが、すぐに、再び口を開いた。

「ああ、確かに丸見えだね。しかしね、その女性、ずーうと通路の方を見ていたわけではないだろ。話に夢中になって、ほんのちょっとぐらいは目を離したと思うのだよ。運悪く、そのときに連れさらわれた、のかもしれないだろ」

「ですが、その女性、佐治さんでしたか、決して、目を離したとは認めていないんすね。拉致されたという問題の時間帯ですか、『二人の女性が会話に夢中になって、つまらなくなったから、仕方なく、コーヒーを飲みながら正面、つまり、あのガラスドアから裏口に通じる通路の方を見つめていた』と」

「そこまで、言い張っているのかよ。けどね、目を離した時間はあったのだよ。みんなが、『本当は見落としたのだろ』と言ってくるから意固地になって、『見落としてない!』って、言い張っているのだよ。そんなに意地をはらなくてもいい、と思うのだけどね」

「ですが、実際のところ、まだ、天ちゃんが連れ去られていく現場を見た、ということを裏付ける証拠もないんすよね。たとえば、防犯カメラの映像とか」

「残念ながらないよ。御雪も、それについて何も話していなかったから、きっと、存在しないのだろ。だいたい、その裏口のドアは、守衛だけしか開け閉めができないような仕組みなのだから、防犯カメラなんか必要ないしね。しかし、今から思うと、ちょいとくやしいね。裏口にもカメラさえ設置してあれば、あの子を連れ出されたときの状況が、より詳しくわかったのに。だいたい、こんな議論だってしなくてもいいし」

「つまり、証拠はないということですか」

「あんた、妙に絡んでくるね。いいかい、もう一度だけ言うから、よーく頭で理解をしなよ。裏口は間違いなく使われたのだよ。それは、面倒くさいね。ナル坊がワゴン車が発車したところを確認をしているからだよ」

「そうすけど、やはり」

「おや、あんた、まだこっち、つまり、警察の見解にケチをつけたいようだね」

競羅の目がつり上がった。数弥の言葉に、だんだん、腹が立ってきた様子である。

「いえ、僕の考えが正しければ、天ちゃんの連れて行かれた場所が想像つくんす」

「想像がつく。あんた、でまかせを言ってはいけないよ。警察が必死になっても、洗濯屋の車をほっぽり出したあと、どこに行ったか、手がかりが、まったくつかめないのに。それに考えが正しければとか、文章が成り立たないだろ」

「そうすか。僕は、案外近くにいると思うんすけど」

「近くって、どういう意味だよ?」

「ここ港豪苑から、直線にして、千五百メートルぐらいの場所すか」

「おいおい、あんた、冗談を言っている場合ではないよ!」

「いや、ちょっとした推理の結果すけど。これも、姐さんを、ここに呼び出した理由す」

「こっちはね、よく眠れなくて、気が荒れているのだよ。そんなときに、何を言い出すのだよ。これ以上、ふざけたことを言うと、ただじゃおかないよ!」

 競羅のボルテージが上がった。

「では、姐さん、僕の報告を聞いてくれないんすか」

「聞くも何も、くだらないことに、つきあっているヒマなんてないのだよ。どうせ、答えはわかるよ。あの子が近くにいてくれたらいいな、という妄想から生まれた推理だし」

「違いますよ。そんな理由で、千五百メートルと言ったわけじゃないす」

「では、どういう理由だよ。いいかい、本当に、こっちは、あの子を見つける手がかりがなくて、イライラしているのだよ。それを、安易に千五百メートル以内と言われてもね」

「その千五百メートルすけど、姐さんにとって、どのぐらいの感覚すか」

「感覚と言われてもピンとこないね。普通に歩いて二〇分ちょいぐらいか」

「確かに、そんなもんすね。一キロ半の距離感覚は、それぐらいすよね」

「ああ、そうだよ。しかし、あんたなぜ、そんなに千五百メートルにこだわるのだよ。具体的に数字まで出して」

 競羅は不思議そうな顔をして尋ねた。

「ですから、そこに、その建物があるからすよ。天ちゃんが監禁されていると思われる」

「だから、それは、どこなのだよ?」

「その場所を言う前に、もう少し説明をしますと、その建物って、間に大きな公園があるから、道沿いに行くと、実際のところ三キロぐらいはあるんすよね」

「それでも近いね。結局、一キロ半が三キロになっても状況は変わらないだろ」

「いや、労働力が半分ですみますから」

「何が労働力だよ。走る時間が倍になったぐらいで」

「いや、日程的にも半分ですみますから」

「日程だって、あんた、わけのわからないことばっかり! もう怒ったよ。あんたが、あの子が捕まっている場所に思い当たるというので、おとなしくしていたけど、こんな、ふざけた禅問答のような会話しか、してこないなんて!」

 ついに、競羅が実力行使に出た。血走った目で数弥の襟首をつかんできたのだ。襟首をつかまれた数弥は、必死で答えた。

「姐さん、僕がでまかせを言っているように思えるんすか?」

「思えるも何も、もったいぶって、その場所を言わないからだよ。さあ、言うのかい!」

「わかりました。今から言いますから、手を放してもらえますか」

 そして、競羅は数弥をつかんでいる手を放した。


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