幽霊、昔の同級生に会う
場所
夜道
登場人物
幽霊
男
ー第1幕ー
(幽霊登場)
幽霊 うらめしや・・・この怨み、晴らさでおくものか・・・でも、それには一体どうすれば・・・
(男登場)
男 松本さん!松本さんじゃありませんか!?
幽霊 え・・・私を旧姓で呼ぶのは・・・誰?
男 やっぱり松本さんだ!
私は木村ですよ!ほら、高校1年の時に同じクラスだった・・・
幽霊 木村?昔の同級生でこんな人いた?
男 いやあ、懐かしいですねえ!10何年ぶりになりますか!あなたは昔と変わらないですね!
幽霊 あの、ちょっと聞いてくれませんか?
男 うん?何ですか?
幽霊 あなたは気がついてないようですが、私はこの世の者ではありません。
殺されたのです。それも、夫に毎日のように暴力を振るわれた末に殺されたのです!
それで・・・
男 げっ!?ってことは、あなたは、幽霊?
幽霊 あっ、逃げないで聞いてください。
あなたには何もしませんから。
実は、あなたに、お願いしたいことがあるのです。
男 そ、それは、何ですか?
幽霊 そういうわけで、すぐに夫のところへ行って、無念を晴らさなければ、私は死んでも死にきれないのです。
でも夫は、私が家に入れないように、玄関に魔除けの御札を貼っています。
だから、あなたに、その御札を剥がしてほしいのです。
あなたは生きた人間だから、それができるはずです。
男 それは・・・
幽霊 ええ、あなたの言いたいことは分かります。
私の言うとおり御札を剥がしたら、私は家に入って、夫を呪い殺します。
そうしたら、あなたは人殺しを手伝ったということになって、一生罪の意識に苦しまなければならない。
そうならないように、私がこれから、あなたを脅します。
言うとおりにしなければ殺すって。
あなたは私に脅されて仕方なくやったのです。
だから、あなたが苦しむことはありません。
男 あの・・・私があなたを脅しますって、あらかじめ予告されてから脅されても、脅されたって気がしないんですけど・・・。
幽霊 それじゃ予告なしで脅します。
男 予告なしって、さっき予告しちゃったじゃないですか。今さら遅いですよ。
幽霊 だったら、さっきの発言は撤回。忘れてください。
それなら良いでしょ。
全く面倒くさい人だなあ、本当に!
男 私が言いたいのはそういうことじゃなくて・・・。
松本さん。
あなたは優しい人ですね。
幽霊 え、優しい? 私が・・・!?
男 だいたいの事情は分かりました。
今まで辛かったでしょうね。
怨みを晴らしたいというのもよく分かります。
でも、そういう状況にあっても、私が苦しまないようにと気を使ってくれてる。
あなたは高校時代から優しい人だったけど、今でも変わってないんですね。
幽霊 私、高校でこの人に優しくしたことなんかあったかしら?
というか、こんな人いたっけ・・・。
男 そのあなたが人殺しになるのを見るのはつらい。
幽霊 ・・・。
男 でも、あなたの気持ちも分かります。
良いでしょう!ここは私も腹をくくって、あなたの言うとおりにしましょう!
なに、私のことは心配いりません。
私はね、初めてあなたの役に立てることが、嬉しいんですよ。
幽霊 えっ、それはどういうこと・・・
男 すぐに行ってきます。
(男、答えないで立ち去る。)
ー幕ー
第2幕
(男登場。その後ろから幽霊登場。)
幽霊 木村君・・・。
男 ああ、あなたですか。
幽霊 この間はありがとうございました。
おかげで怨みを晴らすことができました。
男 !・・・そうですか。怨みを晴らしましたか。
幽霊 あの後、私はすぐに夫の家に入りました。
私の顔を見た時の、夫の顔といったら・・・!
顔面蒼白になって、半狂乱になって、おしっこチビってました。
思ったより気が小さい男だったんですね。
男 ・・・。
幽霊 それで私が、自首しなかったら殺すって脅したら、夫はすぐに警察に駆け込んで、自分のそれまでの悪事を洗いざらい全部しゃべって、だからすぐに私の死体が発見されて、夫は逮捕されました。
もうすぐ起訴されるそうです。
男 そうですか。良かったですね・・・。
幽霊 あの時、夫を呪い殺そうと思えばできたんですが、殺しませんでした。
なぜだか分かりますか?
男 なぜです?
幽霊 決まってるでしょ。
あなたのためですよ。
私が夫を殺したら、あなたは人殺しの片棒を担いだことになって、一生、良心の呵責に苦しまなければならなくなる。
恩人のあなたを苦しめるわけにはいかないから、止めておいたんです。
私はあなたのせいで夫を殺しそこねたんですよ。
感謝してくださいね。
男 はあ、それは申し訳ないことで・・・
幽霊 あ、本気で謝らないでください。
今のは軽口ですから。
男 軽口をたたく幽霊というのを初めて見ました。
幽霊 ・・・ま、それはともかく、私はもう行かなければなりません。
死んだ人間は皆あの世に行かなければならないんですが、私の場合、怨みを晴らすまではあの世に行かないって閻魔様に無理を行って、あの世行きを待ってもらってるんです。
だから、もう行かなければなりません。
男 はい。
幽霊 実は、夫を殺したら、後で地獄行き確定って閻魔様に釘を刺されてたんです。
男 そうなんですか!?
幽霊 ええ、例え復讐であっても人殺しには変わりないからって。
実は、地獄行き覚悟で復讐に来てたんです。
でも私は殺してないですからね。
自首を勧めただけだから。
地獄には行かずにすみそうです。
あなたのおかげです。ありがとう。
男 いえいえ。当然のことをしただけですよ。
幽霊 それではお元気で。さようなら。
男 あなたもお元気で、っていうのもおかしいか。
来世では幸せになってくださいね。
さようなら。
(幽霊、立ち去る。)
ー幕ー