第62話 初めてのNO
階層主を討伐した僕たちは次の階層へと進んでいた。
僕の魔法攻撃が未熟であることがわかったので、ザコ狩りで魔法の熟練度を上げるようにしている。
特にレベルアップの時のような告知が無いので、なんとなくで判断するしかないそうだ。
感情の昂りに合わせて威力が変動したり、かなりアナログな仕様らしい。
残りマインドの感知もアナログだし、かなり不安が残る仕様だ。
しかし、威力が低いものの、レベルが高いことから、上位魔法も使えているようで、爆裂魔法はやはり優秀な威力を持っていた。
サルビアは爆裂魔法には一家言あるようで、何やら語り出していたが、聞き流していた。
だって、話が長いんだもん。
そうやって僕は重要な情報を聞き逃してきたのだろうが、それは今さらな話だ。
少しずつ僕のペースで情報を手に入れ、自分の血肉としていきたい。
サルビアのコアな魔法トークはまだ早いと感じたのだ。
「……だから、爆裂魔法って言うのは面白いのよ? わかった?」
「ああ、わかったよ。ありがとう」
「あー、絶対聞いてないって顔してる!」
「そんな事ないよ。爆裂魔法が面白いって話でしょ?」
「そうそう、それでね……」
聞きな流しスキルは取得していないが、得意であった。
賢者なのにバカなサルビアはチョロい。
そんなやりとりを横目にアイリスは落ち着いていた。
彼女はかなり大人しい性格なので声をかけないとずっと静かに過ごすことになる。
僕は彼女のそんなところが好きだ。
僕のようなモブキャラ相手にも真面目に相手をしてくれるし、バカにすることもない。
高級な言葉を選ぶなら「真摯」というワードがぴったりだ。
でも、彼女のそんな性格に付け入ってエッチなことをしようとしてしまう僕はクズだろう。
それでも、アイリスは僕のそばを離れずについてきてくれる。
ありがたい存在だ。
そんな性格だからか、アイリスは『受け』というスキルを持っている。
このスキルは誰かからの依頼に対して少し無理があってもこなしてしまうという無理をし過ぎてしまうスキルだ。
過去に僕も何度か利用したが、本当にムチャなお願いも聞いてくれた。
戦闘中でも、指示を出せば目標遂行のために最善を尽くす。
「敵影あります。正面2です」
前衛であるアイリスは索敵もこなしてくれる万能メイドだ。
メイドでありながらも僕の婚約者という難しいポジションもこなしてくれる。
「OK。それじゃ、これまでと同じようにサルビアは指示を出すのが仕事で、アイリスはタンクメインの立ち回り、僕が魔法で攻撃するね」
「承知しました。姿を目視しました。大型の魔物です。警戒してください」
「ホントだね! ありゃ、フロストリザードだ。それも二体もいる!」
「それって強いの?」
「う〜ん、私なら一撃だけど、アーサーの魔法なら少し時間がかかるかもね」
「そうか、それなら、さっさと一発目を打ち込むよ」
「そうね。やるなら早い方がいいよ。あいつの攻撃は少し厄介だからね」
「そうなの? よし、バーニングフレア!」
どごおおぉぉぉぉおおん!!!
僕の魔法が炸裂したが、それほどダメージは入っていなかった。
これはまずいかもしれないな。
「やばいと思ったらサルビアも攻撃に参加してね」
「そうね。でも、これくらいは練習だと思って倒しておかないと後々苦労するよ?」
と言われても、攻撃が通らないしな。
物理攻撃に切り替えるしかないかな?
腕が痛くなるから剣聖攻撃はしたくないんだよなぁ。
そんなどうでもいいことを考えていると、フロストリザードはブレス攻撃をしてきた。
ブォォォォォ!
氷点下の風が吹き抜ける。
中には氷につぶてが入っているため、物理ダメージも受ける仕組みだ。
ブレスは僕たちに襲いかかるが、アイリスが盾で防いでくれる。
でも、いくら大きめの盾とはいえ、一人で防げる攻撃量には限界がある。
ブレスは広範囲攻撃だ。
アイリスは必死に防ごうと素早い動きで僕たちの前に現れた。
そして、フロストリザードへ突撃していった。
ブレスがいくら広範囲攻撃とはいえ、噴射口は一点だ。
そこまで近づけば二人を同時に守ることができると判断したのだろう。
そう、あくまで、防衛対象は僕たち二人だったのだ。
アイリスにとって、自分自身は防衛対象には含まれていなかった。
真面目な彼女は僕たちを守ってはいたが、自分自身は守れていなかったのだ。
具体的に言うと、彼女の足元は氷のつぶてが大量に当たり、ズタボロになっていた。
「サルビア、回復を!」
「了解」
僕はサルビアに指示を出し、剣に手をかけた。
素早く剣聖スキルを使って攻撃を放ち、フロストリザード二体を切り刻んだ。
そして、すぐにアイリスのところへ駆け寄った。
「アイリス、ムチャをしすぎだよ……」
「いえ、私はアーサー様の盾です。どのような事があっても受けきる覚悟です」
「ありがとう。でも、自分の安全も考慮して受けて欲しいな。僕が頼りないのはわかってるけど、いくらなんでもこんなのを何回もされたら一緒に連れて行けなくなるよ」
「それはイヤです!!」
初めてアイリスがNOを突きつけた。
それが僕は嬉しかった。
「そうだね。僕もイヤだから、お互い怪我は少なくなるようにしようよ」
「承知しました」
こうして、アイリスとの関係も深まった気がしたのだった。