第56話 必死の決行
周囲の避難が少しずつ進んでいくが、まだまだ貴族は残っていた。
会場は大混乱となり、我先にと逃げまどう紳士淑女。
無慈悲にも触手は振り回され、アリのようにプチプチつぶれていく。
王や上級貴族から避難を始めたようで、下級貴族――主に男爵――がつぶされた。
触手から守るべく、ガーベラは立ちはだかる。
無数にある触手をショートソードでいなし、細いところから切り落としいっている。
僕は戦うと足手まといになることが予想できたので、避難誘導の手伝いをした。
決して怖かったわけではない!
決して!
いや、怖かったです……はい。
逃げ出すように、避難誘導の手伝いをしていると、やはり、混乱のあまり取り乱す人もいるようだ。
「た、助けてくれ~。金ならやるから先に逃がしてくれ~」
「みんな貴族なんだから小銭には興味は無いんだよ!黙って移動しろ!」
「ひ、ひぃ~」
「こわいよぉぉぉ~」
日頃、偉そうにしている貴族の無様な様子を見て少し冷静になれる自分がいた。
ふと振り返ると、ガーベラは善戦しているが、押されている。
レベル六百代の剣聖対レベル五百代の魔王もどきの対戦。
激しい剣戟が繰り広げられているが、レベルは上でも、手数で押されている。
触手の数はまさに数えきれないほどだ。
タコみたいな見た目とは違い、触手は八本どころではない。
軽く百本はあるのではないだろうか?
それを二本のショートソードでさばいているのだ。
さすがに物量に押し切られている。
やはり、加勢した方がよさそうだ。
僕の実力がどの程度通用するかわからないが『剣聖』スキルを使えば一本くらいは切ることができるだろう。
全力を使えば腕は使い物にならなくなるが、腕一本につき触手一本は切り落とせるのではないだろうか?
百本のうちの二本なんて少しの助力が役に立つのかは不明だが、やれることはやっておこう。
避難誘導の近衛騎士から剣を奪い、魔王もどきに近づく。
触手はうねうねと周囲を動きまわっている。
気持ち悪いが、そんなことは気にならないくらい周囲は混乱している。
僕が魔王もどきの横に立ったころには避難はほぼ完了しており、近衛騎士も少しずつ戦闘に混ざりつつあった。
フルプレートメイルの近衛騎士が一撃でつぶされている様子を見て血の気が引いた。
どうやら、触手の一撃は思っていたより重い一撃らしい。
ガーベラの動きを見ていると、重い一撃は剣で受けるのではなく、斜めにそらしながら回避している。
ガーベラの膂力をもってしても受けきることはできないということだ。
それが百本。
絶望的な戦いであることが誰にでも予想できた。
近衛騎士の練度は高く、また、士気も高かった。
死地での戦いと知ってもひるむことなく敵に向かって行った。
「ガーベラ! サポートするよ! 何か指示を!」
「ありがとうございます。アーサー。でも、あなたの力量では厳しい相手です。離れていてください」
すごい惨めだ。
婚約者の前でカッコつけることもできず、足手まとい認定をされた。
たしかに周囲の近衛騎士でさえ、プチプチつぶされている。
物量が半端ない。
ここに入れば僕は間違いなく、足手まといとなる。
『ピュア』「僕はレベル千の動きができるようになる!」
スキルをコピーできるなら、レベルも自己暗示で引き上げることができるのではないだろうか?
かなりの賭けになるが、イチかバチか試してみた。
一気に、過去に経験したことのない予測感知機能が自分の身に着いたことがわかった。
触手の動きに予測ができるようになったのだ。
筋肉の動きから次の動きや、物理法則から何がどこから飛んでくるのか。
この場のありとあらゆる物の動きの予測ができるようになった。
シュン!
実際、飛んできた、テーブルのかけらを避けることができた。
これならいける。
早めに予測ができるので、危険地帯を避けて近づき、触手に切りつける。
少し切っては、少し離れる。
ヒットアンドアウェイ。
危険は冒さない。
冒険はしない。
僕がけがをすると、近衛騎士やガーベラの足を引っ張る。
それを回避するためには、無傷で居続ける必要がある。
どれほど役に立っているのかはわからないが、少しずつ削っていっている。
もうどれほど戦っているだろうか?
時間が引き延ばされたように周囲の動きがゆっくりに感じる。
感知能力の向上で間隔時間が引き延ばされているのだろう。
そのせいもあり、実際の時間間隔がわからない。
しばらくは安全圏内で戦っていたが、触手の数が減ってくると、どうしても相手の間合いに入る必要が出てくる。
しかし、これ以上踏み込めば僕の運動能力では回避できない。
それに体力の限界も近づいてきている。
少しずつ敵の攻撃がかするようになってきた。
体力が予測に追いついていない。
本来であれば一歩下がって安全圏内に入りたいところだ。
しかし、それは許されない。
ガーベラは必至の形相で一歩ずつ進んでいる。
ガーベラが僕の進路を確保する形で進んでいっている。
それなのに、ガーベラの背中を僕が守らなければガーベラは一気に危険にさらされる。
いつの間にかこのような進撃方法になってしまっていたが、ガーベラと僕との体力差が致命的に違った。
いくらレベルが上がって技量が上がったとしても、体力はスキルレベルでは上がらなかったようだ。
悔しい気持ちで胸が押しつぶされそうになりながらも。
「ガーベラ、ごめん、体力が限界だよ。少し下がろう」
「そうですね。ここまで背中を預けられて助かりました。アーサーは少し休んでからまた参戦してください」
「すまない」
僕は少しずつ後退していった。
ガーベラは現状維持を続けるようだ。
背中を守る僕がいないのに。
剣聖には後退の二文字は無いようだ。
さすが剣聖。
背負っているものが違う。
僕は自分にできることが何なのかを必死で考えた。