第49話 ご乱心
「お前は許さない……!」
「許さない? 結構ですよ? 今から『催眠術』でなにもできないようにして差し上げますからね」
『ピュア』『ピュア』『ピュア』「スキルを使うな」
会心の三重掛けだ。
痛みは関係なく効くはずだ。
「『催眠術』『催眠術』『催眠術』あなたはスキルを使えなくなる」
宰相は僕のスキルを完全にスルーする形でスキルを発動してきた。
「どうしてそんなことができる?」
「もう準備は済んでいたのですよ。あなたのスキルが『ピュア』であることは周知の事実。私はすでに対策をしていました」
「どういうことだ? くそっ! スキルが使えない!」
相手が同系統のスキルだった場合非常に厄介だ。
自分がいかにズルをしてきたのかを実感させられる。
「さあ? 秘密です。ご自身で考えてごらんなさい。あなたも似たスキルを持っているのでしょう? さて、あなたはもう私にとっては邪魔者でしかない。合法な手続きで死んでいただきましょう」
似ているも何も『催眠術』も持ってるんだけどね。
「何をする気だ? でも、お前がショコラを殺した犯人ということは、国家転覆をはかろうとしていたのもお前ということだろ! お前の方こそ追い詰められているんじゃないのか?」
「おっと、そんなことを気にしていてもいいのですか? あなたは、以前、敵前逃亡を行い、国家転覆の容疑をかけられた身です。私とあなたとどちらが信用されるでしょうか?」
「どちらの言い分にも証拠がないだろ。お前は自白したんだからお前が捕まるにきまってるだろ!」
「これだからお子様の相手は嫌だ。私が自白したのはあなたの前だけですよ? あなたがいくら何を言っても私が認めなければ私は犯人ではない……おっと、そこのあなたにも黙ってもらいましょう。『催眠術』『催眠術』『催眠術』あなたはここで見聞きしたことを他人に話すことができない」
そう言って、アイリスに『催眠術』を使われた。
「すいません。反撃できませんでした」
アイリスは謝っているが、謝る必要はない。
だって、僕も何もできずにいたのだから。
だから、僕は腰の剣に手を当てた。
もう、いっそ、殺してしまおう。
「おーっと、それはいけませんね。私を殺しても結果はかわりませんよ。それどころか、私を殺してしまうと、他の罪も認めることになります」
「どういうことだ?」
「言ったでしょう? 私はすべての準備を終えて来ていると。それは、あなたに罪を被せる準備も終えているという意味です。すでに、王を含めた複数の幹部には、あなたが犯人である旨の手紙を送っています。もちろん、あなたに私の命が狙われているとも書いてね」
そうか、これは偶然会ったのではなく、待ち伏せだったのか。
完全にハメられたわけだ。
スキルも使えない。
武力行使もできない。
証人もしゃべれない。
こうして、こいつは宰相の位まで登ってきたのだ。
僕は邪魔になったから消されるんだ。
きっと、ショコラを城に住まわせたことが原因だ。
ショコラは犠牲になり、僕も追い詰められている。
最悪だ。
「わかった。僕が追い詰められたことは認めよう。しかし、アイリスは関係ない。巻き込まないでくれ」
「おお、すばらしい。騎士道ですか? 元々巻き込む気もなかったので、話さないでいてくれる間は生かしておきましょう」
「ありがとう」
あれ?
なんか、違うな?
僕ってこんなだっけ?
騎士道?
騎士の自覚もなけりゃ、なったつもりもない。
確かに、騎士団には所属したが、すぐに逃げ出したぞ?
ああ、また、ピュアになっているからだ。
昔の僕ならここでアイリスを裏切ってでも助けを求めていたはずだ。
でも、これはこれでアリかもしれない。
だってかっこいいもん。
カッコつけて死刑ならアリかもしれない。
それに、アイリスとは結婚しようとも誓いを立てている。
そんな彼女を守って死ねるならカッコいいじゃないか。
うん。
納得しよう。
ガシャガシャ。大きな音が聞こえてくる。
きっと宰相が呼んだ近衛兵に違いない。
この後、逮捕されて、牢屋へ入れられるんだろう。
裁判など無く、いきなりお父様の裁量で死刑が決定するシナリオが用意されているのだろう。
宰相にとって僕は生きているだけでリスクになる。
今の戦いは生きるか死ぬかの戦いだったのだ。
僕はスキルを発動することすらできず、剣を握ることすらできずに負けた。
完敗だ。
負けを認めよう。
「宰相閣下、お呼びでしょうか?」
「よく来た。こちらの第六王子様がご乱心だ。以前くわだてた国家転覆計画は本物であることがわかった。横の女も同罪である、一緒にひっ捕らえよ!」
「はっ!」
え?
アイリスは守るんじゃなかったの?
と、いうアホな顔をしていると……。
「国家転覆は一人ではできませんからなぁ。婚約者全員が怪しいので、逮捕しますね」
宰相はニヤニヤしながら僕のことを眺めていた。
そうか、僕の婚約者を逮捕できるということは、派閥の旗頭である剣聖と賢者を両方逮捕できるのか。
そうすることで、宰相派閥の力が増し、一気に政治への発言力も強まる。
はじめからそれを狙っていたのか。
「いやぁ、助かりましたよ。面倒な勢力を一気につぶすことができたので、王子には感謝しています。ありがとうございます」
宰相は耳元でささやいてきた。
気持ちの悪さにゾワッとしながらも、計画が周到すぎることに寒気を覚えた。
ガーベラとサルビアにはなんて謝ろう。
もう、混乱が止まらない。




