第37話 決戦に向けて
王城には先触れとしてアイリスを送り、少し時間を空けて行くようにした。
側室とはいえ、王妃がいきなり現れると迷惑をかけてしまう。
準備の時間がいるだろうから、それくらいは待つ。
しかし、今夜が襲撃ということから時間に余裕がないこともアイリスに持たせた手紙には書いておいた。
「そろそろいきましょうか」
お母様は少し焦っているようだ。
仕方がない。
宰相はともかく、城が戦場となればお父様の命も危ない。
しかも、半数以上の人間が歩きにくい今の状態で先頭になれば、間違いなく乱戦になる。
乱戦になってしまえば、誰が殺されてもおかしくない状況ができあがってしまう。
僕はこの状況をさけたかったのだが、話の持っていき方が悪かったのか、このような事態になってしまった。
僕の説明が壊滅的にヘタなのもあるのだが、いつも、悪い結果のあとは落ち込んでしまう。
根っからの陰キャ育ちの僕としては、この王子ムーブがしんどいのだ。
僕はスミの方でジッとしているのが好きなのに。
ややこしいやり取りは勇者であるサイトに押し付けよう。
方針は定まった。
「はい、向かいましょう」
顔だけはキメてみた。
手紙を渡して一旦帰ってきたアイリスが、僕を見てうっとりしている。
中身との差に気づいたら幻滅するだろうな。
そこは『ピュア』先生に助けてもらおう。
「そうですね。私たちは戦えませんが、その場にいることに意味があります」
フランソワがかっこいいこと言っている。
サイトがうっとりして見ている。
その人は僕と違って本物なのでご安心を。サイト君。
準備といっても、食料と武器くらいしかない。
武器といっても、安物の手持ちの武器だけだ。
足りない分は王城でかっぱらおう。
サイトの武器もたいしたことなかった。
コイツ勇者なのに、装備貧弱だよな。
伝説の武器とか持たせてもらえないのかな?
あ、派閥の関係で持たせられないのか。
召喚したのはストライク家で武闘派だもんな。
あれ?それじゃ、ガーベラがダンジョンへ連れて行ってくれたのって?
と、いうか、ガーベラやサルビアは派閥争いの旗頭にされているのに、内情を知らなさそうだったな。
子どもまでは巻き込む気はないということかな?
そうは言いつつも、今回は戦闘に駆り出されそうだもんな。
最悪、ガーベラVSサルビアなんて構図ができるのか?
考えただけでもゾッとするな。
というか、僕の妻同士の戦いなんて見たくないから、それは『ピュア』で回避したいな。
でも、今日はすでに『催眠術』も含めて両方三回ずつ使ったんだよな。
知ってたら使わなかったのに。
でも、使ってなかったらこの情報を得られなかったわけで……。
仕方ないな。
なんとかなるだろ。
「さて、出発しますか」
御者はアイリスで、馬車には僕、お母様、フランソワ、サイトが乗っている。
馬車は二頭立てで、ゆっくりと王都を進んでいる。
時刻は夕方。
おそらく数時間後には戦闘が始まっているだろう。
馬車はゆっくり進み、王城の堀に到達した。
堀には橋がかかっており、堀の先には城壁がある。
城壁は高さにして20mほどだろうか。
マンションの6階くらいはある。
あれを人力で超えることは不可能だろう。
橋を渡った先には門があり、門の衛兵からチェックを受ける。
許可が下りたら入場可能だが、王妃や王子が乗った馬車は基本的にノーチェックだ。
チェックすることさえ失礼とされている。
つまり、有力貴族もノーチェックで入城できるというわけだ。
派閥の長ともなれば、やりたい放題だろう。
門を越えると、中には広大な敷地の庭園や図書館、武道場、練兵場、研究所など、公共の施設が多く並んでいる。
税を納めている国民は誰でも利用できるが、奴隷はだめだ。
奴隷は主人が国に税金を納めているので、利用できない。
ショコラは僕が奴隷としてもらったが、書類上は奴隷ではない。
税金も僕が払っているが、彼女は平民のままだ。
ショコラの任務と、彼女の悲運な運命を考えての処置であるらしい。
本人には言っていないので、本人は奴隷だと思っている。
ある程度復讐の計画が立った辺りでタネ明かしする予定だ。
馬車のルートは決まっていて、外壁門から城門までは一本道だ。
防犯のことを考えているのか、ルートはグネグネ曲がっている。
いくらスピードを出そうとしても馬の全速力では建物の壁にぶつかってしまうように設計されている。
日本の城でもよく見るあのグネグネ道だ。
グネグネ道を進むと馬車の停留所となる。
ロータリーのようになっていて、複数の馬車が駐車している。
城に用向きがある場合は降車後、御者が駐車場へ馬車を運ぶ。
今回であれば、アイリスが駐車場へ馬車を運びに行った。
「お待たせしました」
ペコリと頭を下げるアイリス。
そういえば、彼女にも結婚の約束をしたはずなのに、その後、何も行動に変化がない。
もっと、偉そうにしててもいいのに、メイドのままだ。
どうなってるんだろう?
あ、僕がお父様に言ってないからかな?
後で言っておこう。
まずは……。
「あの、お母様、ご相談なのですが、よろしいですか?」
「なんですか? あらたまって」
「いえ、結婚についてなんですが、アイリスも妻として迎えようと思います」
「え? アイリスもですか?」
「はい。ダメですか?」
「ダメも何も、もう、あなたの場合、サルビアとの結婚がありえないので、私にはなんとも判断できません。お父様にご相談なさい」
「は、はい」
あきれられた。
そりゃ、そうだよな。
サルビアは今は平民だ。
いくら賢者とは言え、平民になってしまえば、王族のとの結婚なんてありえない。
子どもは産めても、結婚はしないだろう。
かと言って、サルビアは直前まで貴族令嬢で、かつ、賢者だった。
だからズルズルと進めているが、本来はアウトだ。
しかも、子爵となった僕は自らの結婚相手というカードを平民に使うことになる。
そのあたりがお母様のあきれポイントだろう。
それに加えてアイリスというバルーン家子爵令嬢も加わると、誰に対しても不義理な気がするな。
ま、僕には関係ないけどね。
僕は侯爵になる気なんてさらさらないから、出世を望んでいない。
そうなると、世間の常識なんて知ったこっちゃない。
好きにやらせてもらおう。
さあ、城門が見えてきた。