第86話 退場
まずは、この世界の異常に気づいているのが、自分一人になる必要がある。自分のこの考えを理解してくれる者が、仲間にいるとは思えなかった。
だからまずは。
「オレは気づいたら、魔王の死に際の顔に惚れていた。あの正気に戻って絶望した顔を、何度も見たいと思うようになったんだ」
この世界の異変に気付いている、ヴィオラチュームを手にかけた。
彼女が使える補助魔法を手放すのは惜しかったが、己の望みの前では些事だった。
それからしばらく残りの仲間と魔王討伐を繰り返していたある時、こことは別の世界から多くの人間がやってきたことを知った。そして、その誰もが一般の兵士よりもレベルが高いということも。
そこで自分は思いついた。
ならば、その中の誰かのフリをすれば、魔王を何度でも殺せるのではないか、と。
ヴィオラチュームは運良く殺せたが、人王の息子という肩書きから、どうしても行動に制限がかかっていた。もう少し自由に動けるようにはするには、その肩書きを無くす必要がある。
そして、自分のことを知る仲間を殺した。
父である人王も殺そうかと考えたが、何故だか自分のことを忘れているらしく、人界の統治も必要であることから、殺さなかった。
誰のフリをしようかと考えていたら、運良く見つけたのだ。自分と瓜二つの分身を使っているというスグリという男を。
スグリとして振舞うようになってから、最初に「モーサ・アウェクリアス」を創った。創った理由は、異なる世界から来た回復魔導士を殺す為だ。
回復魔導士はヴィオラチュームのように、この世界の時間が巻き戻っていることに気づくかもしれない。だからまずは、自動で回復の出来ないレベル59までの回復魔導士を全て殺すことにしたのだ。
そして予定通り、スミレ以外の回復魔導士を殺すことができた。
それからスミレが即死魔法を使えることを知り、そのデメリットも知った。
その後、いくつか邪魔は入ったものの、スミレを殺す算段がつき、ついにその時が来た。
なのに。
「―――は?」
スミレを殺すはずだった刃が切り裂いたのは、母だった。
目の前にいるのは分身だ。本物じゃない。
それに、普段ならば興奮するはずの死に様に、むしろ。
「…………母様? なん、で」
失ってしまう。いなくなってしまう。そんな絶望が心を縛っていった。
時間が再び巻き戻って、魔王討伐の日。
もう既に、自分から魔王の死に顔を見たいという衝動は消えていた。だから。
「……余と戦う前から、そのような腑抜けた顔をしているとはな。それでも人王の息子か?」
今までのように異邦の強者に向けた言葉ではない。人王の息子に向けた怒りに、自分は動揺した。
待って母様。オレ、ちゃんと戦うから。父上と約束した通り、世界を元に戻す為に何度でも母様を殺すから。
「戦う気がないのならば、結果など見えている。ここで世界を滅ぼした方が、そなたの為になるであろう」
母様がまた死んでしまう。今度は、世界を道連れに自ら死んでしまう。
「か、母様待ってくれ……!」
そんな願いは届かず、母は目の前で自爆した。
この世界の時間が巻き戻る刹那の。夢を見ているかのようなひと時。
イウスティオは一人、膝を抱えてうずくまっていた。
最初はただ、母を楔という役割から解放したかっただけだ。そしてまた昔のように、自分に慈しむような眼差しを向けてほしかっただけなのだ。
ただ、それだけが自分の望みだったのに。
「―――あーあ、こりゃあ潮時みたいだな。まあ、お前も結構良い思いしてるし、そろそろ退場願おうか」
そんな声が聞こえた直後、イウスティオの意識は真っ黒に塗り潰された。
次話は2月2日に投稿予定です。




