第85話 星々よりも
世界の時が巻き戻って二十一回目。イウスティオは、父の自室の前に来ていた。その目には、覚悟の色が宿っていた。
聞かなければいけない。父に。魔王が自分の母なのかを。
イウスティオは深呼吸をすると、部屋のドアをノックする。
「父上。お話があります」
「―――入りなさい」
父の自室に入ったイウスティオは父に尋ねた。父はしばらく無言でいて、やがて重々しく頷いた。
「―――――そうだ。お前が考える通り、魔王は……カモミールは、お前の母親だ」
父からそう言われて、イウスティオはさほど驚かなかった。
ああ、やはりそうなのか。名前の呼び方が、それ以外には考えられなかった。
それから父は、母のことを語り出した。
「カモミールとは幼い頃からの友人でな。その頃から約束をしていたよ。それぞれの種族の王になろうとな」
父はそれから、まるで物語のように母との過去を話した。
人間と魔族。それぞれの種族を治める王だった親の、月に一度の会合に幼い人王と魔王も、後継者として連れられていた。二人は少しずつ仲良くなって、いつしか友となっていた。
そして年月が経ち、彼らは王を継いだ。王になった後も彼らの交流は続いた。
単なる王同士。もしくはそのまま友人としてまでで関係が終わっていたのなら、良かっただろう。だが、気づいた時には彼らは、恋仲になっていた。
どちらも一つの世界を治める長だ。干渉し過ぎるのはどちらの民にも悪い影響を及ぼしかねない。
それでも、彼らは他の誰かを愛せるとは思えなかったのだ。
「……母親を倒すよう命じるなど、酷い父親だろう。だがこれは、カモミールからの願いなのだ」
何かをこらえるように、父は顔をうつむかせる。
魔王が世界を滅ぼすと宣言をする三日前、彼女は父のもとを訪れたという。
久しぶりの再会に喜ぶ父だったが、魔王は苦しげに告げた。
―――これがきっと、そなたとの最後の逢瀬になるだろう。……余は世界を留める楔となる
創生の書を読んでいた父はすぐに意味を察した。父の顔は青ざめて、手足の末端は氷のように冷たくなった。
それを見ながらも魔王は、感情を抑えた声で淡々と言った。
―――もしも余が、人間を殺そうとしたのなら、構わずに殺せ。魔族を殺そうとしても、殺せ
イウスティオは目を閉じて小さく頷く。
きっと母ならそう言うだろう。
母親としての姿を覚えているわけではないが、自分の名前を呼んだ時の表情が、きっと赤子だった自分に向けていたものだったのだろうと、確信できた。
「ご安心ください、父上。母上の為にも、早急に解決します」
誰も望まぬ争いなど、繰り返されてはいけない。それが自分で解決できるのなら、やり遂げてみせよう。
「お前がそう言ってくれるだけで、私は救われた気持ちになるよ」
そして父はようやく、穏やかに微笑んでくれた。
だから。
「“最強の七人”だぁ? そんな寄せ集めのお前らより先に、魔王をぶっ殺してやるよ!」
そう言った輩は、誰も見ていない場所で、早々に切り捨てた。
仲間を馬鹿にされたからではない。自分以外の人間が、魔王を殺そうなどと言ったのが許せなかったのだ。
最初はただ、自分以外の誰かに魔王を殺されたくなかっただけだった。
だが、いつからだろう。
我が子のことを忘れて絶望して、子の幸せを願いながら死んでいく母の姿が、空に瞬く星々よりも美しいと感じたのは。
それを自分だけが見られるのなら、この繰り返される世界のままで構わないと思ったのは。
それから自分は、自分のやりたい事の為に必要な行動を始めた。
次話は1月19日に投稿予定です。




