第73話 最後の頼み
最初に二人の頭の中に、魔王の過去が流れ、次にすみれと千尋の今までの出来事が流れた。ここまでは今まで通りだ。
その次に流れてきた映像には、魔王が一人、こちらを見ていた。
「―――このようなものを残したのは、初めてだな」
まず初めに魔王はそう言って、照れくさそうにはにかんだ。
「陳腐な言い回しだが、あえて言おう。……これをそなたたちが見ているということは、余は既に、死んでいるのだろう」
そして胸の前で拳を強く握りしめる。
「予感がするのだ。そなたたちの内の誰かが、命を落とすと。だから余は、この身を盾に護るつもりだ」
拳が開かれ、腕の力を抜いたのか、だらりと下がる。
「ここにいる余は、あくまで分身だ。余が死んだところで、本体にはさして影響はない。……そなたたちとまともに話す機会は、失われてしまうが」
所詮自分は、分身だ。だが、彼らと語らったのは本体ではない。本体にこちらの記憶が共有されたとしても、それはどこか遠いものと成り果てるだろう。
「分身からの最後の頼みだ。この世界と、本体を救ってくれ」
そう言って魔王は、美しくも儚い微笑を浮かべた。
映像が終わり、景色が隠し部屋に戻ったところで、すみれが千尋の方を見ると、彼の表情は暗かった。
「…………ごめん。僕のせいだ」
己を責める千尋に、すみれは首を横に振る。
「いいえ。先輩は何も悪くないです」
あれは、運が悪かったとしか言えない。千尋が悪いと言うのなら、その後に挑発に乗って即死魔法を使った自分も悪い。そうしなければ、イウスティオが自分を殺しに来ることも無かったのだから。
すみれは千尋の手をそっと握る。彼の手は、微かに震えている。
「私が言えることではないかもしれませんが、きっと先輩が悲しむことを、魔王さまは望んでいないと思います」
だからこそ、魔王は水晶に残したのだ。己を悲しむ時間を作らないよう、復讐などさせぬよう、最後の頼み事をしたのだ。
「……うん、確かにそうだね。ありがとう」
そう言って千尋は、気合いを入れる為に自分の頬を強めに叩く。
「反省は後回しだ。まずは、アマリリスさんとリュウさんと情報共有をしないとね」
「はい!」
そしてすみれと千尋は、白の遺跡を後にした。
翌日、すみれと千尋は、アマリリスとリュウを連れて再び白の遺跡を訪れていた。
隠し部屋の中央にある水晶に触れて、アマリリスとリュウの記憶を取り戻すのと同時に、彼らの記憶を共有し始めた。
魔王を討伐し、ヤマトの集落で宴が開かれている頃、アマリリスとリュウは人王の居城に侵入していた。
抜け穴から広い部屋に入り、そこから廊下に出る。巡回している兵士に会わないように進みながら、城の一番北にある部屋に入る。
全体的に薄暗く、薄っすらと埃が積もっている部屋の壁の中央には、どことなく人王に似た男の肖像画が飾られている。おそらく、この部屋は先代の人王のものだったらしい。
そして、肖像画から見て左側の壁を押すと、一部が回転扉となっていていた。扉の先は石造りの階段となっていて、下へと続いている。
アマリリスとリュウが、この階段を見つけたのは、この部屋と隣の部屋の距離が異様に離れていたことと、壁の一部だけ埃がほとんどなかったからだ。
二人は下見で、階段の手前までは来た。だが、階段の先がどうなっているかは知らない。気温が徐々に下がっていくのを感じながら、階段を下りていった。
これだけ念入りに隠されていたということは、この下に本物のスグリが囚われている可能性はかなり高い。
三十段ほど階段を下りたところは、すみれが前のループで囚われていた「忘れじの塔」の牢獄とよく似ていた。おそらく、城に攻め入った者を捕らえる為のものだったのだろう。
いくつもある牢獄の中を慎重に見ながら、アマリリスとリュウは本物のスグリを探す。そして二人は見つけた。無人の牢獄の集まりの中で、一つだけ人が閉じ込められている。そこにいた青年は、髪も目も黒く、アバターで見たスグリの姿とは違う。だが、きっと彼が本物のスグリなのだろうという確証があった。
「あんたが、本物のスグリだね?」
アマリリスの声に眠っていた青年は目を覚まし、ゆっくりと体を起こす。
「…………お前たちは?」
「俺はリュウ。彼女はアマリリス。それで分かるだろう? 助けに来たよ」
そう言った直後、探るようなスグリの目から涙が零れた。
「……気づいてくれたんだな、あいつが偽者だって……」
嬉しそうなスグリの様子に、アマリリスとリュウはほっとしつつ、ここからどうしようかと悩んだ。
スグリが閉じ込められている場所は、これで完全に分かった。ループしたとしても、記憶を取り戻せば、早いうちに確実に助け出せる。だから、ここで彼を牢獄から出す必要はない。
だが、こんなに喜んでいる彼を、たとえ数十分で時間が巻き戻るとしても、このままにするのはどうかと思った。
アマリリスもリュウも同じ考えだったので、彼らは互いに頷くと、鉄格子を攻撃で壊そうとする。
その時。
「―――――それじゃあ上に音が聞こえるわ。ここはアタシに任せて」
次話は8月4日に投稿予定です。




