第72話 彼女がいない世界
十三回目のループに突入し、すみれは今までと同じく、宿舎の自室で目を覚ました。
ベッドから起き上がると、すぐに身支度を整えて、千尋が寝泊まりしている宿舎に急いで向かう。
すみれは、いつもは机の上にある日記を確認しているが、日記に触りもしなかった。早く千尋の無事を確かめたかったのだ。
すみれは、駆け足で千尋が寝泊まりをしている宿舎に向かうと。
「先輩! いらっしゃいますか!?」
いつもより強めに扉をノックすると、扉の向こうから小走りの足音が聞こえてきて、扉が開けられる。
「すみれちゃん? そんなに慌ててどうかしたの?」
千尋の元気そうな姿に、すみれは大きく息を吐き出した。
良かった。ちゃんと生き返っている。
千尋を殺したのがナオだから、おそらく大丈夫だとは分かっていたが、彼を実際に見るまでは、安心できなかったのだ。
不思議そうな顔をしている千尋に、すみれは頼む。
「先輩。私と行ってほしい場所があるんです。一緒に来て頂けますか?」
すみれの真剣な眼差しから何かを察した千尋は、特に何も聞かずに頷いた。
「分かった。すぐに準備をするから、ちょっと待っててね」
そして一度部屋に戻った千尋は、すぐにすみれの前に戻って来る。
「準備できたよ。じゃあ、行こうか」
千尋の言葉が、人間の少女に化けた時の魔王の口癖と似ていて、すみれは少しだけ心が痛む。彼女の脳裏に浮かぶのは、イウスティオの凶刃に倒れた魔王の姿だ。
正直、イウスティオのことも気になる。だが今は、魔王の安否の方が重要だ。
すみれは千尋と共に、ヤマトの集落の外に向かった。
普段、魔王の分身が待っている場所に、彼女はいなかった。
同じように彼女がいなかった時、以前はイウスティオを警戒して動かなかったが、今回は行かなければならないと思った。
前を歩くすみれに、千尋がついて行く。ヤマトの都市から離れ、境界の森のすぐ近くまで来た。そこには白い石で造られた建物があり、千尋は見覚えがあった。
「ここは……白の遺跡?」
「先輩、こちらに来てください」
すみれは千尋を促して、遺跡の入り口まで来る。
そこですみれは悩んだ。
今までは、魔王の分身が遺跡の隠し部屋へ転移させてくれていた。だが今ここに彼女はいない。
どうしたものかと考え込んでいると、足元の茂みに何かがあることに気づく。
茂みに隠すように置かれていたのは、小さな木箱だった。蓋を開けると、入っていたのは魔力で作られた金色の鍵だった。おそらく、魔王が置いたのだ。
いつからあったのかは分からない。だが魔王は、いつか自分がいなくなることを予見していたのかもしれない。
すみれは木箱から鍵を取り出すと、魔王がいつも手のひらで触れていた辺りの壁に、鍵で触れる。これできっと、隠し部屋に行けるはずだ。
すると、すみれの予想通り、赤い魔法陣が現れ、気づいた時にはすみれと千尋は遺跡の隠し部屋にいた。そこにもやはり、魔王の姿はない。
「先輩。私と、この水晶に手で触れてください」
そう言ってすみれは、部屋の中央にある薄紅色の大きな水晶に目を向ける。
「分かった」
千尋が頷き、水晶に触れたのを見て、すみれも水晶に手で触れた。
次話は7月21日に投稿予定です。




