第65話 自覚
髪を洗い、体についた血の痕を洗い流すと、すみれは先に湯船につかっていたアマリリスの隣に来る。湯船につかり、すみれはほっと息を吐き出す。
風呂は元から好きだが、あんなことがあった後だと、より気持ちよく感じる。
しばらく湯船につかっていると、隣にいたアマリリスが、すみれに声をかける。
「ちょっといい?」
そう言ってすみれの腕を手に取り、じっと見つめる。次に肩や首を見て、最後に顔に手で触れる。
「アマリリスさん……?」
「あんたは確かに強いよ。でもね……」
そう言ってアマリリスは、すみれの肩に手を置く。
「こっちとしては、あんな血まみれの姿は見たくないんだよ。あたしたちまで、苦しくなるからさ」
口調は軽いが、重い言葉に、すみれは顔をうつむかせる。
「それは……ごめんなさい」
「別にあんたを責めたいわけじゃないよ。ただ、あたしたちが甘かったなって思い知らされたっていうか」
アマリリスは軽く頭を掻いた後、すみれの頭を優しく撫でる。
「あんたがもう、傷つかないで済むように、あたしたちが必ず守るから」
「はい、ありがとうございます……!」
もしも自分に姉がいたら、アマリリスのようだったのだろうか。
その言葉も想いも、次のループに入れば、彼女は全て忘れてしまうだろう。
だからこそ、自分はできるだけ多くのことを覚えていようと、すみれはそう心に刻んだ。
すみれとアマリリスが大浴場から出ると、外で千尋が一人で立っていた。
「先輩、どうかしたんですか?」
首をかしげるすみれに、千尋が微笑む。
「アマリリスさんから、二人で大浴場に行くのは聞いていたからね。部屋まで送っていくよ」
するとアマリリスは、すみれの隣から離れて、千尋の真横を通り過ぎる時。
「あたしの出番はここまでだね。後は頼んだよ、チヒロ」
千尋の肩をぽんと叩いて、自分が住んでいる宿舎の方へ歩き出した。
「じゃあ僕たちも行こうか」
千尋の言葉にすみれは頷いた。
大浴場からすみれが住む宿舎はそこまで遠くない。少し話をしているうちに着く距離だ。
歩きながら、千尋はすみれをじっと見る。その瞳にはすぐ安堵の色が宿る。
「良かった。血は全部落ちたみたいだね」
「はい。心配をかけてすみませんでした」
アマリリスの言葉で思い知らされた。たとえ本人が平気でも、血まみれの姿というものは、他人に堪えるものなのだと。
確かに、もしも千尋が血まみれなのに平気だと言われても、心配になる。それと同じなのだ。
やがて、すみれの住む宿舎の部屋の前まで着いた。
「送っていただき、ありがとうございました」
頭を下げて部屋に入ろうとするすみれの手を、千尋が掴む。
「先輩?」
すみれの声に千尋は慌てて手を離す。
「ご、ごめん! それじゃあ、ゆっくり休んでね」
そう言って千尋はすみれの部屋を後にした。
自分の部屋に戻った千尋は、ドアを閉めると、ベッドに座り込む。その頬は赤い。
「僕は一体何を……」
すみれのことが心配だったから、傍にいたかったから、言おうとしていた。
もう少しだけ、すみれちゃんと一緒にいてもいいかな
その時のすみれの顔と手の柔らかさを思い出して、千尋の顔は耳まで赤くなる。
いつからかは分からない。大学のサークルで一緒に活動するようになってからか。それとも、高校で出会った時には既にそうだったのか。後輩だからと、気にかけてはいた。だが、この気持ちを自覚したのはついさっきだ。
「…………僕は、すみれちゃんのことが」
好きになっていたんだ。
次話は3月31日に投稿予定です。




