第58話 正しき勇者
すみれは、頭から冷水をかけられて目を覚ました。
それが、拷問再開の合図だと、すみれは無意識のうちに体を震わせていた。
何をされても、すみれは、悲鳴は上げるも情報を口に出すことはしなかった。
「―――ならば、趣向を変えるか」
そんな声が聞こえた直後。
気づいた時には、魔族の男の腕は、すみれの腹を貫通していた。
「……え」
今まで感じたことのない灼熱の痛みがすみれを襲う。
腕を引き抜かれるのと同時に肺を潰されたのか、息苦しさと共に血を吐き出した。
だがそれも、すぐに回復する。
残っているのは、痛みの記憶と口の中の、鉄の臭いだけだ。
もはやこれは拷問などではない。自分でなければ死んでしまうような、躊躇いのない攻撃だ。
「……やはり、高レベルの回復魔導士とは、凄まじいな。外傷だけでなく、損傷した臓器まで一瞬で治すのか」
血まみれの手で、魔族の男が感嘆の声を漏らす。
きっとこれは、高レベルの回復魔導士だから、やっているのだろう。だが、もしもこれを他のプレイヤーたちにもやると言うのなら、こちらが死ぬ可能性もあるが、即死魔法を使うこともいとわない。
そう思った時、魔族の男は想像していなかったことを言い出した。
「気が変わった。お前以外の人間を、解放してやろう。情報は別の手段で得られればいい」
すみれは思わず魔族の男を呆然と見上げる。
解放する? 自分以外を?
「ただし、条件がある。お前には一生、俺たちの“遊び相手”になってもらおう」
彼らの言う遊び相手は、おそらく、ほぼ死ぬことのない自分への攻撃を指すのだろう。
正直、これ以上これが続いた場合、自分の心が耐えきれるか分からない。だが、それだけで他のプレイヤーたちを解放してくれるのなら、それが一番良い。
敵がここに集まってくれるなら、即死魔法を使いやすいだろう。
そんな考えを悟られないよう、すみれは魔族の男に頷く。
「…………分かりました。その条件をのみます」
それを聞いた直後、魔族の男の瞳に、残忍な光が宿る。
「聞いたな? 他の人間を解放する。ここの位置を知られぬよう、離れた場所まで行ってから解放しろ」
男の配下らしき魔族たちは頷くと、それぞれ他のプレイヤーたちが閉じ込められている牢獄に向かう。
その様子を見て安堵していると、すみれの前に再び魔族の男が近づいてきて。
「道具を使うなんてもったいないと思っていたんだ。やはり素手がいい」
その直後、すみれの体にまた激痛が走った。
その頃、千尋は怒りのままヤマトの集落から出ようとしていた。
「待てチヒロ! どこに行くんだ!」
そう言ってスグリは、千尋の腕を掴む。
「闇雲に探したところで、見つかるとは思えない。一旦落ち着こう」
「落ち着いてなんていられません! すみれちゃんを早く助けないと―――」
振り向きざまにスグリに声を上げる千尋だったが、スグリの冷静な表情に黙り込む。
スグリは、自分たちの敵だ。それは彼が魔王の死に顔に固執し続ける以上、変わることはない。だが、自身がやりたいと望む魔王討伐に障害となりそうなものには、正しく勇者として、その力を振るうだろう。
今のスグリは、勇者の方だ。
千尋はゆっくり深呼吸をして心を落ち着かせる。
分かっている。冷静になるべきなのは、自分だ。
「……すみません。もう大丈夫です。すみれちゃんを助けるのを、手伝ってくれますか?」
千尋の問いにスグリは大きく頷く。
「もちろんだ! みんなでオレの部屋に集まって、すぐに話し合いを始めよう」
次話は12月23日に投稿予定です。




