第42話 一人で解決できないのなら
宿舎の自室で朝、すみれは目を覚ました。
ずっと苦しみ続けた悪夢から解放され、夢の中で多くのことを知った。
出来るなら、今すぐにでも魔王のところに行き、夢の中でのことを話したいが、あまりにも日数が経ちすぎている。あと二週間もすれば、“魔王”を討伐しなければならない頃だ。
大きく動くのは、次のループまで待った方がいいだろう。
すみれは一度深呼吸をすると、外に出る支度をし始めた。
世界が滅ぶまで140日。八回目の魔王討伐作戦を終えた。
そして宴が終わった後、九回目のループに突入した。
宿舎の自室で目を覚ましたすみれは、再び三か月前まで日にちが戻ったことを確認すると、外出する準備をして、いつものようにそっとヤマトの集落を出た。
前のループのように、また魔王の分身がいないかもしれないと心配になるが、同じ場所に魔王の分身の姿を見つけて、すみれはほっとする。
「じゃあ行こう、お姉ちゃん」
すみれが来たのを確認すると、魔王の分身はそう言って歩き出した。
魔王とすみれは、いつものように転移魔法で遺跡の隠し部屋に入る。魔王は本来の姿に戻ると、すみれを見て安堵した表情を見せる。
「……良かった。顔色がだいぶ良くなっている。悪夢は見なくなったのか?」
魔王からの問いにすみれは頷く。
「はい。過去に最強の七人と呼ばれていた中の、回復魔導士の方に悪夢を見ないようにしてもらいました」
すみれの言葉に、魔王がぴくりと反応する。
「過去に呼ばれていただと? どういうことだ?」
すみれははっとする。
そうか、魔王は夢の中でヴィオラチュームと会ったことがないのか。
「私の記憶を見てもらった方が早いですね」
すみれは、水晶に両手で触れて、前回のループでの出来事を水晶に残す。青い光が収束するのを確認した魔王は、水晶に近づく。
「そなたが見てきたものを、確認させてもらうぞ」
そう言って魔王は、水晶に手を触れた。
すみれが見た夢での出来事を見た魔王は、静かに水晶から手を離した。
「…………そうだったのか」
そう呟いて、魔王は黙り込んだ。
忘れかけていた記憶が蘇った。そして、ずっと疑問に思っていたことも、原因が分かった。
この世界に呼び寄せた、すみれ以外の回復魔導士。彼らはおそらく、イウスティオに殺されてしまったのだ。
回復魔導士であるヴィオラチュームが、この世界の時が何度も巻き戻っていることに気づいた。イウスティオは、他の回復魔導士も、そのうち気づいてしまうのではないかと思ったのだろう。だから殺して、最初からいなかったことにしたのだ。
そして魔王は拳を握りしめる。
自分がこちらの世界に連れてきてしまった為に、まだ死ぬはずのなかった人間達を、死なせてしまった。死んでしまっても、世界の時間が巻き戻れば生き返るから大丈夫だと、油断していた。そんな世界のルールから逸脱した者が存在する可能性から、目を逸らしていた。
魔王の頭の中で自責の念が渦巻く。
そんな魔王に、すみれは一度深呼吸をして、覚悟を決めて言った。
「―――魔王さま。私、この世界で起きていることを、他の人に話してみます」
すみれの言葉に、魔王は顔をゆっくりと上げる。その顔は驚きに満ちている。
「…………今、なんと言った?」
「この世界の時間が巻き戻っていることを、私達だけじゃなく、他の人にも話してみます」
すみれがそう言った直後、魔王はすみれに一瞬で距離を詰める。そしてすみれの胸倉を掴む。
「余がそなたに最初に言ったことを忘れたか? そなたしか信用できる者がいないから、他の者には秘密にしてほしいと言ったのだぞ? それを違えると言うのか!」
幼い少女の姿だからか。あるいは、戦う力を持たない端末だからかは分からないが、すみれの胸倉を掴む力はそれほど強くない。だが、魔王の眼光は鋭く、恐ろしい顔をしている。
すみれは魔王の手を引き剝がすことも、魔王から目を逸らすこともなく、はっきりと言う。
「もちろん、まずは本当に信頼できる一人にだけ話します。一度に大勢の人に言うと、混乱してしまいますから」
すみれの言葉に魔王は更に眉を吊り上げる。
「そういうことではない! 余は他の者には話すなと」
「もうそれだと駄目なんです、魔王さま」
魔王の言葉を遮ったすみれの声音は、とても静かだった。
「この世界の異変を正すには、もう私達だけでは、これ以上できることはありません」
魔王の態度に怒ることも悲しむこともなく、冷静に話すすみれに、魔王から怒りの感情は抜け落ちていた。
「魔王さまは、一人では解決できないから、私達プレイヤーをこの世界に連れてきたのですよね? 確かに、プレイヤーの中に裏切る人がいるかもしれません。でも、ここから先は私以外の人も信じなければ、進めないと思うんです」
すみれの言葉に、魔王はすみれからそっと手を離した。その顔に浮かぶのは怒りではなく、申し訳なさだ。
「……すまぬ。余はこうなってから、かなり臆病になってしまっていたようだな。先程はそなたに無礼なことをしてしまった。本当にすまぬ」
謝る魔王に、すみれは首を横に振って微笑む。
「いいえ。魔王さまが警戒するのも当然ですから。えっと、それで……」
そう言ってすみれは魔王を不安そうに見つめる。
魔王を説得する為に色々言ってしまったが、果たして了承してくれたのだろうか。
すると魔王は、すみれに向かって微笑んで言った。
「そなたが連れてくる者なら、信頼できる。余がいつもの場所にいる時に、連れてきてほしい」
次話は5月13日に投稿予定です。




