第40話 残夢
ヴィオラチュームとイウスティオは、この世界を元に戻す為、原因を探し続けた。その間に何度もループを繰り返したが、彼らの心が折れることは無かった。
一人ならば、とっくに諦めていたかもしれない。だが、二人だったから、彼らは互いに支え合い、世界を元に戻す為に奮闘した。
そんなある時、小さな異変が起きた。
二十回目の魔王討伐を終えた後、後方にいたヴィオラチュームは、イウスティオの傍に駆け寄った。だが、イウスティオはヴィオラチュームに気づいていないのか、その場から動こうとしない。
魔王の亡骸をいつまでも見下ろしているイウスティオに、ヴィオラチュームはそっと声をかける。
「イウスティオさん?」
するとイウスティオは、はっとしたように顔を上げて、ヴィオラチュームに眉を下げて微笑みかけた。
「……なんでもないよ。また次も頑張らないとだね」
その笑みに違和感を抱きながらも、ヴィオラチュームは、これ以上詮索はしなかった。
その後、再び世界の時が巻き戻り、魔王討伐に挑む最前線の七人が選ばれた日の夜、ヴィオラチュームたちが話し合いをしているところに、冒険者らしい男二人が突然やってきた。
「“最強の七人”だぁ? そんな寄せ集めのお前らより先に、魔王をぶっ殺してやるよ!」
「ああ! 人王の息子だか知らねえが、親のすねかじってる奴より、俺たちの方が強いって証明してやるぜ!」
そんな煽り文句を言って、男二人は笑いながら去っていった。
男たちが去っていった後、メジェカがため息をつきながら言った。
「ああいう手合いの奴らが出てくるのは予想していたけど」
するとそれに同調するようにボカーテも言う。
「どうせ魔王に返り討ちに遭うのがオチなのにねえ」
そして、明らかに喧嘩を売られたイウスティオに対して、ハスタが気を遣うように言った。
「イウスティオも気にするなよ。ただのやっかみだろうから」
ハスタの言葉に、イウスティオは頷く。
「もちろんだよ。今は彼らに関わっている余裕はないからね」
その時は、本当に気にしていないように、イウスティオは微笑みながら言った。
男二人が現れてから三日後のこと。依頼をこなした後の夕方頃、寝泊まりをしている宿舎の周りを散歩していたヴィオラチュームは、誰かの声が聞こえた気がして、近くの草木が生い茂っている場所に足を踏み入れた。
少し歩き進めると、いたのは一人だ。
見覚えのある後ろ姿に、ヴィオラチュームは声をかける。
「……イウスティオさん?」
振り返ったイウスティオを見て、ヴィオラチュームは瞠目する。
彼の頬や服のあちこちに、赤いものが飛び散っていた。
ヴィオラチュームの視線に気づいたイウスティオは、慌てることなく自分の服を確認する。
「ああ、さっき魔物を倒した時の返り血がついちゃったみたいだね」
そう言ったイウスティオの表情は晴れやかなのに、ヴィオラチュームは、なぜか薄ら寒さを感じた。
そして、その次のループでは、男二人が自分たちの前に現れることはなかった。
それからまた世界の時間は巻き戻り、数えて三十回目の時、事件は起こった。
魔王を討伐して、宴をしていた夜のことだ。
宴の輪からこっそりと抜け出したヴィオラチュームは、星が瞬く夜空を一人で眺めていた。十度目の討伐以降から、宴にはまともに参加しなくなった。
ヴィオラチュームにとって宴の時間は、祝うべきものなどない、己の行動を省みる時間になっていた。
夜風が冷たくなってきたのを感じて、ヴィオラチュームは宿舎に戻ることにした。歩いていると、風がひと際強くなり、ヴィオラチュームは思わず目をつむる。
その時。
胸元に鋭い痛みを感じて、そこに目をやると、刃が胸から生えていた。否、背中の方から貫かれていた。
「………え」
貫かれた箇所から衣が赤く染まっていく。ヴィオラチュームは緩慢な動作で後ろを振り向き、目を見張る。
この身を貫いていたのは、イウスティオだった。
「どう、して……」
かすれた声の問いに、イウスティオは淡々とした口調で答える。
「オレは気づいたら、魔王の死に際の顔に惚れていた。あの正気に戻って絶望した顔を、何度も見たいと思うようになったんだ」
イウスティオの言葉を聞いて、ヴィオラチュームは彼の今までの態度や行動を思い起こす。
そうか、彼はあの時から魔王の死に顔を好きになっていたのか。
胸元が熱い。なのに、体はどんどん冷えていく。
呼吸が浅くなっていくのを感じながら、ヴィオラチュームは、イウスティオのぞっとするほど冷たい声を聞く。
「だから、このループを終わらせるわけにはいかない。それを知っている君とは、ここでお別れだ」
刃が一気に引き抜かれ、支えを失った体が床に崩れ落ちる。その後すぐ、イウスティオの足音が遠ざかっていった。
体から生温かいものが流れ続けるのを感じながら、ヴィオラチュームは必死に顔を上げていた。
寒くて、とても眠い。
きっと目を閉じたら、そのまま目を覚ますことはないだろう。
「……残夢」
ヴィオラチュームは、最期の力を振り絞って、呪文を紡ぐ。
ここで死んでも、夢の中に人格を残す。いつかこの世界が繰り返していることに、気づく人に出会う為に。
次話は4月15日に投稿予定です。




