第36話 続く悪夢
すみれは机の上の日記の最後の日付を見て、時間が三か月前まで戻ったのを確認すると、すぐに着替え始めた。
着替え終わると、今までのように部屋を出て宿舎を出て、ヤマトの集落から抜け出す。そして、いるはずの魔王の分身を探すが、なぜかその姿がない。先に遺跡に行っているのだろうか。
すみれはそう考えて、遺跡の方に行こうとしたが、足を止める。
魔王は遺跡に向かう時、いつも誰にも見つからないように細心の注意を払っていた。ここで自分一人で遺跡に向かって、それを誰かに見られたら、自分だけでなく魔王も危険に晒すかもしれない。
正直、魔王のことは心配だが、今日は動かない方が良いだろう。
すみれはそう決めて、ヤマトの集落へ引き返した。
そしてその日、すみれは他のプレイヤーたちと依頼をこなして一日を終えた。
冷たい牢獄の中で、また罪のない人々が殺されていく。
「……たす、け―――――」
こちらに目線だけ向けて、若い女性は首筋を切り裂かれ、血の海に沈んでいった。
ばしゃり、と音を立てて体が崩れ落ち、それはぴくりとも動かない。
「―――これで五十人目だ。また休憩にしよっか」
裏切り者の男は、平然とした様子で手についた血を布で拭う。
もうやめて。無関係の人たちを巻き込まないで。
そんな気持ちが表情に出ていたのか、男はこちらに近づいてきて、笑いながら言った。
「まだ続けるよ。君の心が壊れるまで、何人でも魂を救済し続けるから」
「―――――っ!」
すみれはそこで目を覚ました。
まだ夜明け前の薄暗い部屋の中で、すみれの荒い息遣いだけが響く。
ループしたのに。あの出来事は無かったことになったのに。それでもまだ自分を苦しめ続けるというのか。
早鐘を打っている鼓動を落ち着けるように、何度も深呼吸をするが、なかなか落ち着いてくれない。
それでも何とかようやく落ち着いたところで、すみれは前髪の張り付いた額の冷たい汗を拭う。
そして、ぽつりと呟く。
「……本当にどうして」
どうして自分だけ、苦しいことを忘れさせてくれないのだろうか。
翌朝、すみれは再びヤマトの集落を抜け出し、魔王の分身を探していた。またいないのではと不安になるが、すぐに見つけてほっとする。
「じゃあ、行こう。お姉ちゃん」
魔王の分身の言葉にすみれは頷いた。
魔王とすみれは、いつものように遺跡の隠し部屋に転移魔法で来る。すると魔王は本来の姿に戻ると、すみれに頭を下げた。
「昨日はあの場所にいなくてすまなかった。そなたを不安にさせてしまったな」
謝る魔王に、すみれは首を横に振る。
「いえ。今日いてくれたので安心しました。でも、どうして……」
今まで魔王は、あの場所にいつもいた。だから、昨日いなかったのが異常なことだと感じたのだ。
そんなすみれに、魔王は複雑そうな表情で答える。
「行きたかったのだが、何者かの視線を感じてな。他の者にこの場所を知られるわけにはいかぬから、行くのをやめたのだ」
それを聞いてすみれは、胸をなでおろした。
やはり、行かなくて正解だった。もしもそのまま遺跡に向かっていたら、大変なことになっていたかもしれない。
「それよりも……」
そう言うと魔王は、すみれの頬に軽く手を添える。
「顔色が悪い。何があったのだ?」
魔王の問いに、すみれは前のループであった出来事を話した。
「……「モーサ・アウェクリアス」か。そのような者たちがいるとは……」
渋い表情をする魔王に、すみれは尋ねる。
「魔王さまは、ご存知なかったのですか?」
すみれの問いに魔王は渋い表情のまま頷く。
「ああ。すまないが、余は知らなかった。おそらく、余がこうなってから……できたのだろうな」
自嘲気味の笑みを浮かべて、魔王は呟く。それに対してすみれは何も言えなかった。
それからしばらく話をしていた間、顔色の悪いすみれに、魔王は言う。
「本来の余ならば、そのような夢など、見せないようにできるのだが……この体では無理だ。すまぬ」
謝られたすみれは、首を横に振る。
「謝らないでください。これくらいの悪夢になんて、負けませんから」
魔王は、その言葉が己だけではなく、すみれ自身に向けられたものだと分かった。
次話は2月19日に投稿予定です。




