第31話 きゅうさい
すみれは体に無機質な冷たさを感じて、そっと目を開けた。暗い灰色の床、天井、壁。正面には鉄格子。そして、後ろで動かせない手と開けない足。どうしてこんな状況になっているかは分からないが、今がどういう状況かは分かる。
自分は今、手と足を縛られた状態で、牢獄に閉じ込められている。
せめてここがどこか知りたいと、鉄格子の外を見ていると、六人の灰色のローブを来た者たちがやってきて、すみれのいる牢獄の前で止まる。
「……入っていいんだよな?」
「大丈夫だ。攻撃する力は持ってないと、教祖様はおっしゃっていた」
そんな会話の後、灰色のローブを来た者たちは、鉄格子についた扉の鍵を開けて中に入ってきた。その内の一人が、すみれと目線を合わせるようにしゃがむ。
「おはよう。回復魔導士さん。ここは「モーサ・アウェクリアス」の教会の地下だよ」
そう言ってその人物は被っていたフードを外す。その顔にすみれは瞠目する。自分と大志、絵美里と一緒だったナオだった。
「どうして……」
すみれがそう呟くと、ナオはすみれを憐れむような目で見つめる。
「そうだよね。その疑問はもっともだ。だから、教えてあげる」
そう言ってナオは続ける。
「まず一つ目。俺はここの教祖様に必要とされているから、ここにいる。二つ目。パーティにいた残りの二人は俺の協力者。そして三つ目。君をここに連れてきた理由は、君を殺す、もしくは死ぬまで監禁してほしいと、教祖様から頼まれたからだよ」
すみれは絶句した。プレイヤーの中に「モーサ・アウェクリアス」の内通者がいることもそうだが、大志と絵美里もそちら側だったことに。
そんなすみれをよそに、ナオと信者たちはそれぞれ懐からナイフを取り出す。
「まずは試しに、君を殺してみることにするよ。……まあ、高レベルの回復魔導士である君を殺せるかは微妙だけど」
そして彼らはすみれの体に刃を突き立て始めた。
「―――やっぱりダメか。全然死なないね」
そう言ってナオはため息をついて、刃を突き立てるのをやめる。
すみれが着ているローブは彼女自身の血で赤く染まっているが、すぐに回復する為、死ぬ気配は全くなかった。
「君たちもやめて。これ以上やっても意味ないよ」
ナオの言葉に、他の者たちも刃を突き立てるのをやめる。
ナオと信者たちがナイフをしまったのを見て、すみれはそっと息を吐き出す。
いくらすぐに回復すると言っても、やはり刺された直後は痛いのだ。それに耐える為、ずっと歯を食いしばっていた。
殺すのを諦めたということは、監禁するのだろうか。それならば、依頼の為に編成された他のパーティのプレイヤーたちがそのうち助けてくれるはずだ。
だが、すみれはそんな希望を持ちつつも、不安があった。
もしかしたら、自分のパーティのように「モーサ・アウェクリアス」の内通者が他にもいるかもしれない。自分が死ぬことはほぼないが、他のプレイヤーは回復しなければ死んでしまうのだ。
すみれがそんなことを考えていた時、ふいに鉄格子についた扉が閉まる音が聞こえた。音の方に目を向けると、パーティにいたナオだけが牢獄の外から出ていた。そして他の信者たちにひらひらと手を振る。
「じゃあ、ちょっと待ってて。すぐに連れてくるから」
そう言ってナオはその場から立ち去った。
それから少しして、ナオはすみれくらいの年齢の女性を連れて戻ってきた。その女性は後ろ手に縛られていて、彼女の顔は恐怖で引きつっている。
ナオは女性の首筋にナイフを当てる。
すみれは顔を真っ青にする。まさか。
「やめ……」
「まずは一人目」
そう言ってナオは、ためらうことなく女性の頸動脈を切り裂いた。彼が手を離すと、女性は無言で倒れる。首元から血が流れ、やがて止まる。
「これからずっと、君の心が壊れるまで、殺人を続ける。だから、できるだけ早く壊れてほしいな」
そしてナオは再び、牢獄の外に出ていった。
倒れたまま動かない女性から、すみれは目を離せずにいた。
自分のせいで、この人は殺されてしまった。彼の言う通りなら、まだ他にも殺される人が増えてしまう。
だが、すみれは蘇生魔法を使おうとはしなかった。
ここで蘇生魔法を使って女性を生き返らせたとしても、自分は女性を連れてここから逃げられる状態じゃない。再び女性が殺されて、今度こそ本当に生き返らせられなくなってしまう。
すると、聞きたくない声が聞こえてきた。
「おまたせ。二人目だよ」
何人も。何人もなんの罪のない人たちが殺されていく。
首から赤をまき散らしながら、骸が折り重なっていく。
すみれは目の前で起きている残酷なことに、何もできずに苦しんでいた。
逃げられないから、蘇生魔法が使えない。自分の無力さを嘆くことしかできなかった。
そしてまたナオが誰かを連れてくる為に牢獄を離れた時、残っていた信者のうちの一人がすみれに言った。
「あんたのおかげで、こいつらは神々から褒美を頂戴している。そこだけはあんたに感謝しないとなぁ!」
その時、すみれの中で何かが切れた。
「―――――即死」
そんな呪文を紡いだ直後、牢獄の中にいた信者たちは、無言でぱたりと倒れていった。HPのゲージはゼロを示す真っ白な状態になっていて、すみれの荒い息遣いだけがいやに大きく聞こえた。
次話は12月11日に投稿予定です。




