第2話 ともだち
すみれが大学に入学してから、一年が経過した。すみれは大学二年生、千尋は大学三年生になっていた。さらに千尋は美術部の副部長にもなっていた。
美術部での活動は、文化祭で展示販売するイラストを描くことと、毎年二つ以上の絵画コンクールに作品を応募することだ。
部員は全学年合わせて二十一人。四年生が三人、三年生が五人、二年生が七人、一年生が六人だ。
大学の授業と部活を両立させるのは大変だが、すみれは大学生活を楽しんでいた。あの三人が来るまでは。
授業が入っていない空きコマに、すみれは美術室でコンクール用の作品を描いていた。すると、美術室の扉がガラリと音を立てて開く。
「あ、雲井さんおはよー」
少し甲高い声にすみれはびくりと肩を震わせる。そしてそっと声の主たちに挨拶をする。
「……お、おはよう」
そんなすみれの様子を気にすることなく、美術室に入ってきた女子たちが口々に言う。
「授業がないなら空き教室とかで休んでればいいのに」
「雲井さんってホントに真面目だよねぇ」
「それ言ったら、ウチらも大概じゃね?」
そして三人は甲高い笑い声をあげる。
彼女たちはそれぞれ、吉田麗美、柴田亜里沙、太田絵美里といい、すみれの同級生であり、同じ美術部だ。
今年の二月、この三人は同時に美術部の部員になった。現在、部長の伊刈大志に誘われて、美術部に入ったらしい。確かに三人とも、絵はかなり上手い。
正直に言って、彼女たちのことは苦手だ。言い方はあれだが、自分と彼女たちでは“住む世界が違う”のだ。
元々、すみれは三人のことを知っていた。同じ学科だから受ける授業もほぼ同じで、すみれは三人を遠くの席から眺めていた。
授業ギリギリまで楽しそうに喋っている人たちだなぁ、と。
自分とは真逆で、きっと自分が彼女たちと話すことなど一生ないのだろうと思っていた。
だが、思いもしないところで、出会ってしまったのだった。
三人は、ある程度イラストを描き終えると、イラストをファイルにしまい、画材は机に置いたまま美術室から出ていこうとする。
「じゃあ、あとは片付けよろしくね、雲井さん」
「私たち、次のコマ授業入ってるんだよねぇ」
「おつかれさまー」
そう言って彼女たちは、美術室から出ていこうとする。
「えっ、でも……」
次のコマなら、自分も授業が入っている。そもそも、同じ授業を取っているじゃないか。
そう言いかけた時、絵美里がすみれに顔を近づけて。
「やってくれるよね? ウチら“友達”なんだから」
その言葉にすみれは、頭が真っ白になった。
友達。彼女たちは友達だから、私に片付けを頼んでくれている。頼ってくれているのだ。
本当に言おうと思っていた言葉を飲み込んで、すみれは別の言葉を口に出していた。
「……うん、任せて」
すみれがそう言うと、麗美たちは口々に「ありがとー」と言って、美術室を去っていった。
麗美たちの声が聞こえなくなったところで、すみれは大きくため息をついた。
分かっている。彼女たちは自分のことを本当の友達とは思っていない。友達という名の使い走りだ。
それでも心のどこかで、本当に友達だから、信頼してくれていろんなことを任せてくれるのだと思っている自分がいて、そんな自分に嫌気が差す。
―――何かあったら、遠慮しないで相談してね
唐突に千尋の言葉を思い出す。だが、すみれはいや、と踏みとどまる。
先輩はああ言ってくれたが、これくらい自分で解決しないと、彼に全て頼ってしまいそうだ。だからまだ、相談する時ではない。
すみれは一度深呼吸をすると、置きっぱなしの画材を片付け始めた。
ある日、すみれが二コマ目の授業の教室に向かっている時、部長の大志から美術部のグループチャットにメッセージが届いた。
昼休みに美術室に来れる人は来てくれ
それを読んだすみれは、「了解しました」とメッセージを送信して次の授業がある教室に向かった。
昼休みになり、すみれは部長が言っていたように美術部に来ていた。他の部員のほとんどが来ているようだ。
そして先に来ていた大志が、集まっている部員の前に出てきて、話を始めた。
「―――ゲームですか?」
そう尋ねるすみれに、大志が頷く。
「ああ。最近流行っているゲームアプリがあるだろ? 今度のコンクールの結果で、そのゲーム内の役職を決めようと思っている」
部長の思いもよらない言葉に部員たちがざわめく。千尋も初めて知ったのか、大志に複雑な表情を向ける。
「いいのか? 大事なコンクールをそんなことに使って」
そんな千尋に、大志は大丈夫だと言うように笑って返す。
「千尋は固いなぁ。こういうのが懸かれば、やる気も増すだろ?」
「でも……」
それでもまだ複雑そうな表情をしている千尋に、大志は安心させるように言う。
「まあ、無理に全員参加にはしないさ。やりたい奴だけやればいい。それで問題ないだろ?」
そこまで言われたら、こちらはもう何も言えない。
「……わかった」
千尋が渋々だが了承してくれたのを見て、大志は部員たちに視線を戻す。
「というわけだ。それで参加したい人は挙手してくれ。人数は早めに決めておきたい」
そこで挙手したのは、すみれと麗美と亜里沙と絵美里だった。
話が終わり、部員がそれぞれ解散する中、美術室に残っていたすみれに、同じく残っていた千尋が、心配そうな顔で尋ねる。
「すみれちゃんも参加するのかい? 大志も無理に参加する必要はないって言ってたけど」
すみれは千尋を安心させるように微笑んで頷く。
「はい。私も実は、そのゲームに興味があったので。それに、コンクールに応募することには変わりませんし、頑張りたいんです」
すみれが無理をしているわけではないことを察した千尋は、覚悟を決めた顔をする。
「……そっか。じゃあ、僕もやるよ。大志にああいうことを言って、自分だけ逃げるのも嫌だからね。ゲームもやるからには、とことんやってやる!」
「はい! お互いに頑張りましょう!」
すみれは千尋と同じコンクールに参加できること、そしてゲームができることがとても嬉しくて、その声はとても弾んでいた。
次話は10月3日に投稿する予定です。