幕間1
すみれが「リレヴァーメン」の世界に来る一日前の夜。人界と魔界を隔てる広大な森の中を、必死の形相で走る伊刈大志がいた。
今から二時間前、大志は麗美と亜里沙、絵美里とこの世界に来た。彼らは、すぐに自分たちの置かれている状況をある程度理解できて、まずは森を出ようと歩き出した。
この場所は「境界の森」と言い、ゲームの中では推奨レベル60以上とされている、少し難易度の高いダンジョン扱いされている森である。
大志たちはここに来たことがあり、その時はクリアしていたので、彼らは余裕で出られると思っていた。
だが、その考えが甘かった。
最初に魔物が現れ、いつものように倒そうとしたが、攻撃魔法を使っていた亜里沙が、魔物の一撃で殺された。
「は……?」
HPバーが0になり、倒れたまま動かない亜里沙を、大志たちは呆然と見下ろす。
死んだ? たったレベル60程度の魔物に?
大志たちの平均レベルは55だ。ゲーム上でこの森に来た時はもっとレベルが低かったが、それでも難なく魔物は倒せた。そのはずなのに。
大志の顔が青ざめる。パーティの仲間の死を間近に見て、彼から敵討ちをする気持ちなど少しも浮かばなかった。出たのは、この一言。
「に、逃げるぞ!」
悲鳴に近い声を上げて、大志は戦いの場から離脱し、一目散に逃げだす。麗奈と絵美里も一瞬遅れて逃げ出した。
夕暮れの薄暗い森の中を、大志たちは必死に駆けていた。森を抜ければ、後ろを追いかけてきている魔物は、追ってこなくなる。ただ、そこまで走ればいいだけなのだ。
だが、いつまで経っても森の出口は見えず、魔物は追いかけ続けている。
「お前ら、牽制してくれ!」
大志から言われ、麗美が弓を番え、麗美が攻撃魔法を魔物に向かって放とうとする。その一瞬の隙を狙い、魔物が麗美に攻撃をした。麗美も一撃で殺される。それを見て、絵美里は攻撃をやめて少し先を走る大志と再び逃げる。
二人だけになった息遣いと、魔物の足音が夜になった森の中に聞こえる。
走り続けられればいいのだが、体力の限界というものがある。
やがて絵美里の足がもつれて、転んでしまう。すぐ後ろには、疲れを知らない様子の魔物が迫ってきていた。
「……待って、部長……」
苦しげな声で助けを求める絵美里を見た大志だったが、すぐに前を向き、走っていく。
「待って、部長……助けて、助けてよ……!」
その声の直後、絵美里の悲鳴と共に、肉を切り裂く音がして、静まり返った。
三人を犠牲にしながら、大志は走り続ける。その息はかなり荒い。
呼吸は苦しくて、喉は熱くて痛い。汗をかくほど暑いのに、背中は恐怖で寒い。それでも大志の死にたくないという思いが、彼の足を何とか進ませ続けている。
だが、彼は最初から致命的なミスをしていた。
大志たちは境界の森をずっと北に向かって走っていた。もしも西か東に走っていたのなら、あの魔物とも出会わず、人界か魔界に抜け出すことができていた。
境界の森は名前の通り、人界と魔界を隔てる広大な森だ。そのまままっすぐ進んでいても、森の外に出ることは出来ない。
やがて大志にも、限界が訪れる。
疲れから足が遅くなっていた大志の背中を、魔物の爪が掠る。激痛を感じて大志は声を上げながら転ぶ。HPは残り少ないのか、目の前が赤く点滅している。
この程度の魔物から、こんなにダメージを与えられるなんて、前まではなかったのに。
そう思った大志は、そこであることに気づく。
ここにゲームで来た時は、すみれがいた。彼女がパーティにいる間は常にHPは回復し続け、防御力も格段に上がる。それに、彼女がパーティから抜けた後も、NPCの回復魔導士を常に入れていた。だから、難なく攻略ができたのだ。
死に際のやたらと回る頭で、大志は自嘲気味の笑みを浮かべる。
「今までやってこられたのは、全部あいつがいたから、かよ……」
その直後、肉を嚙み砕く音が、森の中に響いた。
次話は2月20日に投稿予定です。




